第33話 災い呼ぶのは運命か黒騎士か

 一連のやり取りが終わり、クロムが残した畏敬や畏怖の念を僅かに残した騎士団は、隊列を組み一路森の出口を目指して行軍を開始した。

 森の外縁部は周辺住民の資源獲得の為にある程度の手が入っており、行軍速度はさほど落ちないだろうとピエリスはクロムに告げた。


 ピエリスとベリスは軍馬に跨り先頭を行き、クロムはその脇を歩いている。

 もう一人の副団長ウィオラは、戦闘がまだ満足に行えないという理由で隊の中央に配置された物資輸送の馬車に乗り込み、周辺警戒と輸送部隊の指揮を行っていた。


 当然、魔力結晶を積み込んでいる性質上、かなりの厳戒態勢を敷いており、実質騎士団の戦力の半分以上はその馬車を中心に展開されている。


 ただその戦力集中にも多少の問題は発生している。

 魔力結晶から絶えず放出されている魔力が、その濃度の為か魔力遮断効果のある幌では完全に抑えきれないようで、長時間その傍にいると《魔力飽和》による軽度の頭痛や倦怠感の症状が現れていた。


 ウィオラやベリスに貸与されている上級騎士の全身鎧は魔法付与の恩恵にて耐えられたが、一般騎士の装備では防ぎきれていなかった。

 それ故に、一定時間で配置替えを行う為の停止を余儀なくされる。


 何度目かの配置転換で停止している時、馬車でその指揮をしていたウィオラは前方で立っているクロムの後姿を見つめていた。

 騎士団長からの授与が終わった際に、ウィオラはクロムに謝罪の機会を与えて貰おうと近づいたが、首を横に振るクロムの片手によって制された。


 それを見たピエリスが感謝すると一言クロムに告げると、ウィオラに向かってこう言った。


「クロム殿の心遣い、無駄にせぬよう」


 そう言って、騎士団の行軍が開始される。

 当初は、謝罪の機会すらも与えて貰えない焦燥と苛立ちを心に持ったウィオラだったが、隣のベリスがそれを察知した様に釘を刺してきた。


「部下の騎士達の前で、これ以上無様な姿を晒させまいとするクロム殿の心遣いに、よもや苛立ちなど覚えてはいないでしょうね?」


 実際はクロムが面倒に感じたという単純な理由だったが、それが良い方向での解釈となってベリスに伝わったようだ。

 加えて、クロム自身はあのウィオラの行動に関し、特に何も思う事は無い。

 よって騎士団側の思惑は別として、謝罪など最初から必要としていなかった。

 その時の冷え切ったベリスの目線を思い出し、無事だった左手を強く握り締めるウィオラ。


 そしてそれからウィオラの謝罪の機会も訪れないままに、森の外縁部に到着。

 騎士達にとっては、安堵と解放感を十二分に感じ取れる石畳の街道が目の前に姿を現した。




「やっと...やっと森を抜けられたか...何年も森に居たような気分だ...」


 馬上で、ピエリスが周りの部下達の存在を全く気にせずに、大きなため息と共に項垂れた。


「全くです。一時はどうなる事かと思いました...」


 普段は落ち着いた雰囲気を纏っているベリスも、流石に緊張の解れから疲れが出たのか、ピエリスと同じような仕草をする。

 街道上で隊列を整えている間、ピエリスはクロムに今後の予定を軽く説明した。


「クロム殿。このままこの街道沿いに東に向かえば、今の行軍が維持出来れば半日も掛からず中継地点のラプタニラに付くだろう。今日はその街に滞在する予定になる。宜しいか?」


「了解した。基本的に俺は騎士団の行動方針に合わせるつもりだ。よって同意を求める必要は無い。こちらが独自に動く場合は、こちらから伝えるつもりだ」


 そう答えながら、クロムはしゃがみ込んで石畳を拳でコンコンと軽く叩き、指で石材の表面を撫でる。


 ― 色や音の反射、硬さからみて玄武岩と似たようなものか。あちらは安山岩か。想定していた文明レベルの上方修正が必要だな ―


 鉤爪で表面を目立たない程度に引っ掻く等、その都度コアにその情報を送り、データとして蓄積させていくクロム。

 音波探査等も可能であるが、今ここで急ぐ必要性は無い。


 石畳は大きく分けて白色と黒色の石材で構成されており、クロムはそれが機械加工には及ばないものの、正方形を基本形としてそれなりに高い加工精度で削られている点に注目していた。


 またその表面も凹凸が目立たない程度にまで処理された加工が見受けられる。

 クロムは文明との接触が現状デハーニの隠れ里しか無かった為、そこから想定していた文明レベルに誤差が生じていた。


「クロム殿?どうかしたのか?」


 ピエリスが怪訝そうにクロムの様子を伺っていた。


「いや。問題無い。かなり整備された街道だと思っただけだ」


「この街道は東西を結ぶ交易路の一つで、王国の指定した戦略上の主要街道でもあるのでな。整備や治安は領主様が可能な限りで力を入れている。オルキス領ネブロシルヴァの生命線だ」


 ピエリスが馬上から遠くを眺めながら答えた。

 街道を境として、片側に森を、その反対側の見渡す限り続く平原には緩やかな風が吹き、バイザーを上げたピエリスはその風を受けて心地良さげに眼を細めていた。


 そんなやり取りとしていると、隊の再編成が完了し一行はラプタニラの街に向けて行軍を開始した。

 森の中とは違い、馬車や前後の要所で紋章をあしらった騎士団旗が掲げられ風を受けてはためいていた。


 白や銀を基調とした一段の中で、外套とその身体を真っ黒に染め上げたクロムの姿はかなり異様に映るようで、時折すれ違う商隊とおぼしき一団が脇で停止し、騎士団の通過を見送る際に一様にクロムの姿を凝視していた。


 本来であれば騎士団として抜き打ちで荷物の改めも行うが、今回は急ぎという事、そして輸送物の関係上、商人札を掲げ幌を上げて荷物を公開している商隊は素通りである。

 少なくとも総勢50名程の完全武装の騎士団を襲撃する盗賊団等は、周辺には存在しなかった。


 平和な行軍が続く中、ベリスが馬を寄せてクロムに話しかけてきた。


「クロムさ...殿。水も口にせずに歩き続けておられますが、お身体は大丈夫なのですか?」


 ピエリスはその妙に湿ベリスの声に若干の違和感を感じたが、そのまま聞き流す。


「問題無い。ベリスに聞きたい事があるのだが、この外套に装着した魔石の魔力はどれくらいの時間維持出来るのだろうか。それと魔力の補給というのは可能なのか?」


 クロムは魔石と魔力の取り扱いや、その性質を知る為に質問した。


「その純度と等級の魔石であれば、一カ月は十分に維持出来るかと。魔力の残量によって輝きが失われていくので、その時は錬金術師やその他、魔法を扱える者に魔力補充の依頼をするのがよろしいかと思います。後、完全に魔力を失った魔石は大きさによりますが一般的な物で数日~十日でヒビが入り、崩壊してしまいますのでご注意を」


「等級とは?」


「等級は魔石の大きさや純度、内包できる魔力量によって王国の規定で定められます。基本的に強い魔物、大きい魔物から取れる魔石は等級が高いです。等級によって値段等の価値もかなり変わってきます。魔物狩りを中心に生計を立てている冒険者の方々は特にこの等級を重視されますね」


《魔石鑑定ギルド》が取り決めた魔石の等級では、ゴブリンやコボルトといった小型の魔物で最低ランクの5級。

 クロムが屠ったサイクロプスが3級として位置し、そしてこの3級が境界線となる。

 それ以上の等級になると魔物の種類よりも魔力保有量、それに比例する大きさが重視され、そこに色や純度、その他様々な要素が加味された上で等級が決定された。

 2級~1級が家宝や宝物レベル、そして国宝レベルに相当する特1級、その上には番外級ウニクスが存在していた。


 番外級ウニクスに関して言えば、魔石だけに限らず武具や遺物等の別の等級管理がなされている分野も全て含めて、現状の技術では解明、模倣等が不可能なオーパーツ的な扱いとなっていた。


 ― 遺物か ―


 クロムが新たに入手した単語に興味を示す。


「感謝する。また何か聞く事もあるだろう。その時は宜しく頼む」


「いえ、お役に立てたのであれば嬉しい限りです」


 ベリスがバイザーを上げて、朗らかに笑った。





 そこから騎士団とクロムは更に歩を進め、その間こちらの世界における人間の立ち位置から始めり、職業や冒険者といった存在の情報をピエリスやベリスから収集していた。

 また遺物なる物があるという事で、クロムはそれが産出された経緯や実物を見るにはどうしたらいいか、そしてこの世界の歴史に関しても伝承を含めて話を聞いていた。


 ピエリスやベリス、会話を聞いていた騎士達は、クロムの事を俗世の知識や常識に疎い世捨て人に似た“ナニカ”という扱いにしたようで、多少の非常識な質問に関しても特に疑問に思う事が無くなっていた。


 すると、街に近付いているという事で街に先触れとして先行させていた伝令役の騎士が戻って来た。

 やけに戻るのが早いなと、ピエリスが呟くと息の荒い伝令の口から報告が上げられる。





「緊急伝令!ラプタニラ西門付近にて進軍中の魔物の集団を発見!現在、ラプタニラ防衛隊及び在籍冒険者数名が先遣隊と思われるゴブリン、コボルトの群れと交戦中!その数60!ラプタニラ管理官より騎士団に対し応援要請あり!以上!」


「なんだと!?くそっ...良し!騎士団総員に次ぐ!これより最大戦速にてラプタニラに急行する!至急隊形を整えよ!伝令は馬を変え、至急その旨をラプラニラに伝えろ!」


「はっ!」


「先日から一体何が起こっている?あまりにもタイミングが良すぎるぞ」


 ピエリスが親指の爪を噛みながら、街のある方面を睨みつけている。


「60もの数の群れで、しかもそれが先遣隊と予想されるとなれば、上位の魔物、しかも統率持ちの魔物の存在が濃厚です」


 手綱を握る手に力を込めたベリスが、隣で険しい表情を浮かべるピエリスに進言した。


「隊列変更完了!」


「よし!騎士団総員、進軍開始!接敵次第、我々は戦闘に加わり防衛隊及び冒険者と共に敵を殲滅する!ウィオラ副団長は輸送隊を率いてそのまま街に入り、緊急時に備え防御陣地を構築せよ!」


「なっ!?私も戦列に!」


「愚か者!その身の状態を今一度確認しろ!そして貴様に与えられた使命は、あの結晶を守り無事に持ち帰る事だろう!身の程を弁えよ!これを貴様に与える処罰とする!さっさと戻れウィオラ副団長!」


「り、了解致しました!ご武運をっ!」


 ウィオラは激昂するピエリスの言葉を受け感情を揺らしたが、そこは騎士としての精神がそれを許さず、すぐさま後方の輸送隊へ戻っていった。


「総員、死ぬことは許さんぞ!」


「「「「はいっ!」」」」


 石畳を削る勢いで、騎士団の一行はラプタニラに向け進軍を開始した。






「クロム殿はどうする?先行するか?」


 ピエリスは駆ける馬の上から前屈みでクロムに問いかけた。


「いや俺は街やその人命を救助する義務は無い。このまま騎士団と進軍し状況に応じて独自の判断で行動する。そして俺に対する指揮権はそちらには無い」


「了解した。勝てば結果に応じて報酬も出るだろう」


「興味はないが、貰えるものは素直に貰っておこうか」


 珍しく軽口を叩きながら、勢いに乗った騎士団の増し続ける進軍スピードに難無く追従するクロム。

 風に引き千切られそうな勢いで、授与されたばかりの黒い外套が暴れる様にはためいている。


 ― 黒い尾を引き、戦場を駆ける地獄の猟犬 ―


 ピエリスとベリスはふと同時にそんな事を考えていた。


 騎士団の進軍スピードは速く、馬に乗らなければ到底追従する事は出来ない。

 クロムが興味深そうに見ていたが、進軍準備中にて騎士の乗る馬に輸送隊が持ち手のついた細長いソリのような物を接続していた。


 どのような原理かは見ているだけのクロムにはわからなかったが、そのソリに5名程の徒歩だった騎士が片足を乗せ、持ち手と前の騎士の腰紐を掴む。

 そして全員がソリに乗ると、騎士団はそのソリを引っ張りながらかなりのスピードで進軍を始めた。


 クロムが進軍中にその様子を走りながら振り返って見ていると、ベリスが声を掛ける。


「珍しいですよね。これを採用しているのは我々のような少し特殊な騎士団のみだと思いますよ。それに今みたいな整備された石畳じゃないと、流石にこの速度は無理ですね」


 能力的な観点から女性は男性に比べて、体格や体力、腕力、フィジカル面で劣るものの、身体の軽さや敏捷性、魔力操作によるバランス感覚に優れていた。

 こういった能力的な棲み分けを明確にし、老若男女問わず、力ある者全てが各個に戦う事を義務付けられる世界。

 これがこのカルコソーマと呼ばれる異世界の現状だった。


 ただ大戦末期、しかも敗戦濃厚な陣営、官民総特攻の雰囲気が支配する悲惨な戦場を渡り歩いてきたクロムにとっては、ある意味代り映えがしない世界かも知れない。





 クロムがいち早く、戦場の臭いと音を感知する。

 かなりの規模の戦闘が繰り広げられている様子が、コアが意識内に羅列する情報から容易に推測出来た。


「見えてきたぞ!ラプラニラ西門だ!騎士団総員、戦闘準備!このまま敵戦列側面を突いてゴブリン共を刈り取るぞ!輸送隊は離脱後、一気に街まで駆け抜けろ!」


「「「了解!ご武運を!!」」」


「クロム殿、ご武運を!まぁ心配はしていないがなっ!」


 剣を抜き、その切っ先を前方に突き付けたピエリスの快活な声が響く。


!私はもう迷いません!私の戦う姿を見ていてください!」


 槍を天高く掲げながらベリスが、心の底なし沼に沈めていた感情を最早隠さずに叫ぶ。


「ベリス!一体何を言っとるんだ貴様ぁ!?総員...突撃ぃぃぃ!!!」


 クロムが戦列を離れ、土煙を巻き上げる騎士団が大地を踏み揺らしながら魔物の群れの側面目掛けて突撃を敢行する。

 クロムはそれを無言で見送り、足を止めて戦況を確認した。


「さて、どうしたものか。統率能力のある指揮官がいると言っていったな。ああ、この外套、誰かに預けるべきだったか」



 クロムの眼が獲物を選別していた。

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