第30話 手段は決闘だけではない

 クロムは撤収作業を続ける外の喧騒に耳を傾けながら、今後の行動に関して思案を巡らせていた。

 目下、クロムが第一目標として掲げている項目は、《魔力》と《魔素》の解明だった。


 ティルトやデハーニから魔力の事に関しては、ある程度の情報を仕入れる事は出来ている。

 そしてこの世界では一般的な常識として、職業にも左右されるが基本的に魔力の保有量がそのまま個体としての強さの指標になるという事が判明していた。


 ただ解決の糸口が未だに見つからない事として、クロムは“魔力を視認出来ない”という事が挙げられる。


 これまでも道中、クロムは各センサーの感度や設定を変更し、様々角度から魔力や魔素の測定、視認を試みてきたが未だそれを捉える事が出来ていない。

 現段階でのクロムの魔力に関する見解は、魔力や魔素は物理的な波動や粒子等の概念とは全く異なる物ではないかという事。


 ティルトが魔法で火を起こす所や、魔術適正のある村の子どもが小さな水球を宙に浮かべていたのをクロムは目撃している。

 つまりクロムは魔力や魔素そのものは視認出来ないが、魔力、魔法によって実現した物理現象は視認が可能。

 よって魔素を変換して生み出されるとされる魔力は、そもそも通常の肉眼では視認不可能な熱エネルギーに似たエネルギー体ではないかとクロムは考えていた。




 するとこの天幕に接近する足音をクロムのセンサーが捉えた。

 クロムは背中を天幕の入り口に向けたまま、その最接近を待つ。


「クロム殿、ベリスです。お迎えに上がりました。お待たせして申し訳ございません。会議が終わり向こうの天幕で団長殿がお待ちです。開いても宜しいでしょうか」


「問題無い」


 では失礼をと一言告げてベリスが天幕の入り口から布を開き、外へと案内する。

 それに従ったクロムは天幕を出てベリス先導の元、キャンプ内で一番大きい天幕へと歩みを進めた。

 既に天幕もいくつかは解体され、大半の荷物や物資と共に複数停車している馬車に次々と運び込まれており、作業自体は急ピッチで進められているようだ。





「騎士団長殿。クロム殿をお連れしました」


「入って貰ってくれ」


 クロムが来たことで、入口に立っている警備担当が緊張で震えているのがわかる。

 ベリスが天幕の布を開けて、続いてクロムが天幕に入室すると室内には大きな長方形の机が中央に鎮座し、対面の上座にピエリス、その斜め後ろには名を知らない栗色の髪の女騎士が立って控えていた。


 その騎士はどのような心境かはクロムには計りかねたが、その眼は入って来た黒い男の値踏みと警戒の色を強く表している。

 ベリスはその騎士の態度に一瞬心に怒りの感情が浮かんだが、すぐさま心情を切り替え、クロムに一礼すると騎士団長の元へ歩み寄っていった。


 ―このベリスという騎士は今後、情報取集で良く働いてくれそうだな―


 これまでの一連の自身への態度や心境の変化からクロムは、ベリスに対する評価を冷静に判定していた。

 利用出来るものは例え情や恩義であっても迷わず利用する。


 それがクロムの行動原則である。






「待たせてしまって申し訳ない。クロム殿、少しは休息が取れただろうか」


 キャンプ地に一先ずは無事に帰還した事で、心の余裕が出来たピエリスは実に堂々とクロムに声を掛ける。


「問題無い。今後の騎士団の方針は決まったのか?」


 普通であれば、ここで幾つか雑談交じりで会話するのだが、クロムに社交辞令等、気の利いた対応を望めるわけも無かった。

 早速その心の余裕を崩されそうになったピエリスが、寸前で踏み留まりそれに対応する。


「あ、ああ。このまま最低限の物を残して撤収準備を進め、明朝、日が昇ると同時に出発する事が決まった。これで構わないだろうか」


「問題無い。では明朝にて」


 そういって、こちらに来て数分も立たずに天幕を出ていこうとするクロム。

 流石にこんなにも速攻で話が終わるとは想定出来ていなかった焦るピエリス。


 クロム殿ならさもあらん、それよりも隣の騎士の態度は一体何だと静かに怒るベリス。

 そして、クロムの態度に苛立ちを爆発させた栗色の髪の女騎士。


 キャンプに帰還後、胃薬を飲んだピエリスの胃痛が復活した事は言うまでも無い。

“騎士団壊滅の予兆”の再来である。


「私は副団長の一人として、お前を認めたわけでは無い!実力すら見せていないお前にそこまで尊大な対応を取らせる訳にはいかないのだ!」


「やめんかぁ!!」


 度重なるストレスと胃痛が恐怖心と混合され、絶叫に近い叱責の叫びを上げるピエリスの精神が音を立てて削られていく。

 ベリスは落ち着いている様に見えるが、その手は静かに剣の柄に手を掛けられていた。


 ただクロムはその騎士の発言にそもそも苛立ちを覚える事は無い。

 どちらかと言えば騎士の言い分にも一理あるかも知れないと、かつて戦場でエリート気取った実力もわからない指揮官が階級のみで尊大な態度を繰り返し、怒った兵士達によって私刑に処された事を思い出していた。


「今すぐ私と立ち会え!その態度に見合うだけの力を私に示して見せろ!」


「ウィオラ!いい加減にしないか!」


 ピエリスは額に青筋を浮かばせて怒りを露わにし、剣に手を掛けている。

 だが、一日で配下の騎士を二人も斬り捨てるという所業を犯す事に大きな抵抗を感じていた。


 クロムにもそのピエリスの葛藤は見えている。

 それにクロムはそのウィオラと呼ばれた騎士の発言と、先だって処刑されたプエラの発言とは根本的な所で異なる事も理解していた。


「なるほど。言い分は理解した。ただ他の騎士達が休み無く撤収準備に追われる中、たかが“実力を知る”為だけに個人的な立ち合いを行うのは避けたい。面倒だ」


 自身の立ち合いの申し出を平然と“たかが”と、面倒だと言い放ったクロムに絶句するウィオラ。

 彼女が言葉を投げ付けようとするが、それにクロムが機先を制する形で葛藤と、この場の穏便な収め方をも模索しているピエリスに質問を投げかけた。


「この騎士に実力を示せというなら示しても構わない。それに別に俺は怒っているわけでは無いのでピエリスの考えている事態は起こらない。だがその前に質問がある。まずその騎士が持つ剣と鎧は、思い入れのあるような特別な物か?答えろ」


 丁寧に聞いているようで、騎士団長を呼び捨てにし自身の立場を強調した上で、更に最後に答えろと明確な命令を口にするクロム。

 クロムの“思い入れのある”という言葉に、僅かながら反応するベリス。


「き、貴様ぁ...!」


 激高したウィオラが剣が鞘から抜くのと同時に、ピエリスがクロムの問いに答える。


「剣は私の知る限りではこの者にとって特別な物では無い筈。ただ剣自体は王家より支給された剣ゆえに業物とはいかないものの、腕の良い鍛冶師が作った上質な騎士剣だ。そして騎士鎧は国家機密に関わる故、詳細は省かせて頂くが、防御系の魔法が幾つか施された魔法武具になっている」


「なるほど。なら問題は無いな」


「なっ!騎士団長殿なぜ!?貴様、相手の武具の事を聞くなど、卑怯とは思わないのか!?」


「思わないな。卑怯でも卑劣でも、勝者が正義を掲げれば、敗者の正義など紙くず同然。今のお前の状況だと俺の要求に従い、その上で俺に負けを認めさせ、自身の正義を正当化する以外に道は無い」


 ウィオラは一方的に実力を示せと立ち合いを仕掛け、取り決めも無いままに相手を卑怯と罵った上で、剣を抜いた。

 これでクロムの要求を認めずに、ウィオラの主張する立ち合いを強行するという選択は、騎士である彼女に出来る筈もない。


 それに勝ったとしても負けたとしても、もはやそこには騎士の残骸が残るのみ。

 ましてや騎士団長ともう一人の副団長が立ち会っている。


「ク、クロム殿...」


 事態を重く見たピエリスが、クロムの語る正義の解釈に嫌な予感と戸惑いを覚え、心配そうな声を上げた。

 一方、剣を手に掛けたままのベリスは、目を閉じて何か思考を巡らせているようだ。


 クロムはおもむろに剣を構えるウィオラの目の前まで歩み寄る。

 ウィオラはその行動に剣を両手持ちで構えるも、クロムの行動の意味を計りかねていた。


「騎士ウィオラ。実力を示せという要求を受ける。俺の要求は一つ。絶対に剣から手を離すな。離した時点でお前は騎士として俺に敗北すると思え」


「なにを!?」


 そう告げると、その場の騎士3人が反応出来ない程の速さでクロムの手が動き、その右手が剣先を、左手がその僅か下を、剥き身の刀身に全くの躊躇を見せないクロムによって掴まれた。


「き、貴様、気でも触れたか!?」


「クロム殿!?」


「っ!?」


 三者三様の反応を見せる中、只一人冷静なクロムは両手の力をゆっくりと込め始める。

 ウィオラは驚きのあまり、剣を引こうするが既に万力と化したクロムの握力がそれを許す筈が無い。


 剣を手放す事も出来たが剣を離せば騎士として負けると、半ばクロムの言葉によって暗示に掛けられたようにウィオラの思考が同じ場所を回転していた。


 メキメキと剣から聞いた事の無い悲鳴が天幕に響く。

 そしてバキンという音と共にクロムの右手が、上質と言われた剣の刀身を容易くへし折った。


 クロムはゆっくりとその折れた刀身を床に落とし、右手で再び刀身を、今度は左手の下を握り込む。

 先程と同じように左手が剣をへし折り、床に落とす。


 そして右手が剣をへし折り...を繰り返す。

 ウィオラの握る剣から刀身が消えていく。


 クロムの刀身を握る手からウィオラの力がダイレクトに伝わってきていたが、常人のそれよりは遙かに密度の濃い力だった。

 鍛えられた力に感心しながらもクロムは、刀身に掴む場所が無くなると今度は未だ柄を握っているウィオラの右手を覆うように、左手で上から掴み込んだ。


「なっ!?しまっ!?」


 クロムに掴まれてから、ウィオラはようやく反応を見せたがもうウィオラに逃れられる機会は二度と訪れない。

 刀身の時と同じ力で握られたウィオラの手は尋常では無いクロムの握力によって、柄とそれ以上に硬いクロムの左手に挟まれた。


 クロムの握力が徐々に増していく。


「あぐぅぅぅぅ!がぁぁぁ!」


 手が潰されていく苦痛による叫びと脂汗を絞り出しながら、必死にクロムの手から逃れようと自由の利く左手でクロムの胸を押し、身体を突っ張って身を捩るも離れる事は叶わない。


 そしてクロムは、最後に残っていた刀身を柄の根元から折って床に捨てると、右手で今度はウィオラの肩を鎧の上から掴んだ。

 この時点でクロムが何をしようとしているか、その場の3人の騎士は想像がついた。


 だが、ウィオラは当然として他二人も動けなかった。


 天幕の中で行なわれているであろう話し合いの、その範疇を超えた騒ぎの異常性に気が付いた警備兵が、天幕の中に飛び込んでくるが目の前の光景に思わず立ちすくむ。

 ウィオラの呻き声に我に返った警備兵が槍をクロムに向けようとした瞬間、ピエリスが手でそれを制した。


 「手出し無用!これはウィオラ副団長がクロム殿に挑んだ立ち合いである!」


 そんな外野のやり取りもクロムはまるで意に介さない。

 クロムはもがくウィオラに顔を近づけると一言、感情無く告げた。


「後少しだけ付き合って貰う」


「!?や、やめ...」


 ウィオラの声を無視して、クロムの禍々しい右手が今度は彼女の肩を鎧ごと搾り上げる。

 するとミキミキと軋む鎧の反応と共に、クロムは意外な硬さを手から感じ取る。


 ―これが魔法が掛けられた鎧の硬さという事か?―


 防御系魔法が掛けられているというピエリスの言葉の意味をかみ砕く様に、クロムは更に握力を込める。

 コアが絶えずその様子をモニタリングし、意識内で様々な情報を数値化して記録していった。


 やむ事の無い鎧の発する悲鳴と、ウィオラの途切れる事の無い呻き声が同時に響く。

 ただその悲鳴は、データ収集を優先しているクロムの心に微塵も影響を及ぼさない。


 



 すると突然、クロムが掴んでいた鎧の肩から赤い火花が散り始めた。

 無数の小さく赤い火花が、無残に潰れ始めている金属の表面を走っている。

 それでも貴重なデータを収集する事に余念がないクロムは、力を緩めるどころか更に増加させる。


「い、いかん!防御魔法が崩壊する!クロム殿!それ以上はやめてくれ!!」


 ピエリスが恐怖心も忘れて、必死の形相でクロムの手にしがみついてきた。

 あまりに必死の表情のピエリスにクロムは、ここでようやくウィオラを開放した。


 そのまま呻き声を上げながら倒れ伏すウィオラ。

 未だパチパチと赤い火花を散らす鎧。


 ウィオラの手からようやく離れ、床に転がる刀身の無くなった剣。

 へし折られた剣の残骸が床に散らばり、ウィオラの右手は手甲ごとひしゃげていた。


「まさか鎧ごと防御魔法を握り潰すとは...信じられん...」


 クロムに無謀なやり方で立ち合い挑んだ者の末路を、ピエリスは胃痛を感じながら見下ろす。


 本来であれば、命令を無視して正式な手順も踏まず立ち合いを挑み、結果無残に敗北したウィオラを罰する事を考えなければならない。

 だがそれよりも優先すべきは、衛生兵の手配と私の胃薬だと心の中で叫んだピエリスは、衛生兵を呼び出した。


 ようやく動き出した警備兵と、招集された衛生兵に運び出されるウィオラ。

 既にウィオラの存在を意識から外し、何事も無かったように情報の整理と思考を巡らすクロム。


「クロム殿。この立ち合いは騎士団長ピエリス・アルト・ウィリディスと副団長ベリス・プレニーの立ち合いの元、クロム殿が勝利を収められた。慣例により敗者のウィオラ・トリコに対する如何なる責任もクロム殿は負わないものとする」


 クロム殿は恐らく聞いていないだろうと思いつつもピエリスは最低限、騎士団長としての責任を果たす為、その口上を述べた。


 ピエリスは明日の予定を伝えるだけの筈が、何故こんなことにと胃を抑えながら机に突っ伏すと、絶妙なタイミングで水入りコップと胃薬がベリスによって差し出される。


 何故か上機嫌のベリスを薬を飲みながら睨むピエリスだが、その思いはどうにもこの副団長には伝わらないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る