第2章 黒騎士と異世界

第28話 処断する一振り

 現場へと戻って来た部下達はデハーニの無事に歓喜し、未だに治癒しきらない深い傷跡を見て慌てふためく等、喧騒には事欠かない状況がしばらく続いた。

 デハーニは時間が惜しい状況を部下達に伝え、これから村に急遽戻ると宣言。

 中継地にて設営したばかりの前哨基地の解体作業に入った。


 数名の斥候はデハーニの指示を受け、森の中に逃亡した騎士達の捜索に向かった。

 騎士団長ピエリスの名で、現場に戻る様に指令が出された事を伝えるように命令されていた。

 現状、デハーニの負傷を含めこの事態を引き起こし、その元凶が殺し合い寸前まで対峙していた騎士団だと知った部下達は、未だにピエリスに向けて殺気の籠る視線を向けていた。


 針の筵と化していたピエリスの元に、斥候に発見され伝言を受け取ったとみられる騎士達がまばらであるが現場へと戻ってくる。

 だが、その姿を見てまたも膨れ上がる部下達の殺気が、騎士達を森の木の陰に押し込めていた。


 それを面倒に思ったデハーニは戦果の確認と称してその空気を入れ替えようと、今まで放置していた魔力結晶の分配を行う事にする。

 分配は頭部を含めた3割を騎士団に、残りの7割をデハーニ達という線で一応の決着を見せる。


 これまでの経緯から分配自体に異議を唱える部下も一部にはいた。

 騎士団側はピエリスをはじめ、未だ怒り冷めやらぬデハーニ一行に既に怯えきっている状況で異議すら出てこない。


 デハーニも信頼している部下達に心配をかけた手前、そこまで厳しく前には出る事叶わず、その分配に関して詳しく事情を説明しようと努力した。

 だが元々性格的にデハーニと同様、荒事方面の強い精神性を持ち合わせる部下達を納得させるのは至難の業だった。


 するとその様子を見て、時間的効率を最優先としたクロムが近くの騎士の一人から鉄製の槍を借り受けた。

 実際はクロムが近づいただけで武器を手放してその騎士が降伏の姿勢を示したという、借り受けたとはとても言えないものだったが。


 その槍を手に未だに魔力結晶の塊の前で、辛抱強く説得を続けるデハーニ達の会話に強引に割り込むクロム。


「デハーニ、7:3で分配するのだな」


「あ、ああ。それで合意した」


 その会話を聞いた頭に血が上った部下達が抗議を再開し始める。


 それを横目にクロムは鉄の槍の末端を右腕一本で持ち上げ、握り締めて、半身の体勢で目一杯振りかぶる。

 その姿にデハーニが驚きの表情を浮かべ、その顔と目線の先に気が付いた部下達が遅れて目を見開いた。


 そして次の瞬間、クロムがそのまま結晶の塊にそれをフルスイングで叩き込む。


 近くの木々の葉が舞い散る程の豪快な破壊音と衝撃が発生し、槍を叩き付けられた部分の結晶が粉々に砕け散った。

 舞い上がった土煙と煌めく結晶の粉末が収まったそこには、目測で7:3の部分で真っ二つに分断された魔力結晶があった。


 この場にいるクロム以外の人間が一様に絶句する中、何事も無かったように槍を元の持ち主の騎士に返却するクロム。

 その槍は先端の刃の部分は既にあの衝撃で砕け散って喪失し、長い柄の部分は折れ曲がっている訳では無く、状態だった。


 変形した槍を返却された騎士は、クロムの目の前で一拍遅れて小さくひぃと悲鳴を上げてその場にへたり込む。


 あっけに取られ固まっているデハーニに向かってクロムは「急いでいるのだろう」と一言告げた。

 デハーニ以下、周りの人間はクロムが「ウダウダ言ってないでさっさと動け」と、かなりイラついていると見事に勘違いし、全員、首を縦に高速で振ると速攻で解散し、分割された結晶の積み込み作業に入った。


 そしてクロムはこれから行動を共にするという事もあり、少し距離は開けつつも、その黒い身をピエリスの側に置いている。

 それを見た周囲は、状況が既に自分達の手から離れていると否が応でも納得させられ、この場の雰囲気は急速に平坦な物になっていった。


 ピエリスは傍らに立つクロムの姿を強制的に認識させられ、一向に恐怖心が収まる気配を見せない。

 だがそれと同時に、クロムの放つ圧倒的な強者の立ち姿に自分は今、彼に守護されていると錯覚を覚え始める。


 それは周りの未だ木々の陰から怯え隠れる騎士達も同様で、騎士団長の側に立っている謎の黒い“騎士”の存在感にある種の守護者の様な感覚を覚え、次第に森から姿を出し始めた。




 そこで今更ながら森の奥から姿を現し、たった今現場に帰って来た一人の騎士がまたも問題を引き起こす。


「貴様!何者だ!薄汚い姿で緑の末裔ウィリディスであられる騎士団長殿の横に並び立つとは無礼極まる!今すぐ跪き、下賤の身らしく頭を垂れよ!」


 ピエリスの側に立つクロムを目視した瞬間に叫び、信じられない事に腰の剣を抜き去ってクロムに剣先を向ける女騎士プエラ。

 それはあのデハーニを怒らせ、穏便に済ませようとした交渉を破壊した挙句に、戦端を開く寸前まで状況を悪化させた張本人である。


 加えて今度は背を向けたクロムに対し、剣を向けるという明確な敵対行為までやらかしている。

 話し合いにて何回か浮上した“騎士団皆殺し案”の復活の兆しといっても過言ではない。


「敵意には即座に対処する」


 クロムのこの言葉を脳内で反芻しているピエリスは、もうここまで来ると流石に精神が限界を突破し、恐怖心を忘れるくらいに心が凍て付き始めた。



 その声と言葉を耳にしたデハーニ達から、先程までとは比較にならない位の怒気と殺気が沸き上がる。

 今すぐにでも戦闘を開始しかねない程の緊張感が、形だけでも平穏だったこの場を塗り潰し始めた。


 そして既に先に現場に戻り、クロムの一連の行動を見ていた騎士達はそのプエラの言動がデハーニを激怒させたという事実を、この状況によって鮮明に思い出させた。

 

 そして今それをあろう事かクロムに対してその再現を始めたプエラに対し、仲間である騎士達ですら殺気を放ち始める。

 クロムに槍を貸した騎士に至っては、プエラに向けて本気で殺意を抱き、剣を抜こうと柄に手を掛けていた。


「クロム殿。部下の許されざる無礼、ここに謝罪する。しばし時間を頂きたく...」


 この状況を完全に無視し、視線すら動かさず作業を見守っていたクロムに身体を向けピエリスは頭を下げる。

 クロムはこの事態に全く興味を示さずそのまま動きもしなければ、一言も発する事は無い。


 ピエリスはそのままゆっくりと頭を上げると、全く声に耳を貸さないクロムに更なる苛立ちを向けるプエラの前に歩いて行った。

 プエラはピエリスがクロムに頭を下げた事、そしてそれを完全にクロムが無視した事を見て、クロムに対し身勝手な口上を再び放ち始める。

 だが、凍て付いたピエリスの騎士団長としての言葉が、それを押さえつけた。


「騎士プエラ。今までの騎士団への献身と働きご苦労であった。この騎士団で共に騎士の道を歩んだそなたを、私は生涯忘れる事はないだろう」


「貴様はだいた...は?は、はい!この騎士プエラ、ピエリス騎士団長殿とこれからも共に」


 すぐさま剣を収め、醜く歪んだ憤怒の表情から一転、歓喜の表情に変わったプエラの言葉は最後まで紡がれる事はなかった。


 対して表情を一切変えないピエリスは、今までのイメージからは想像出来ない速さで柄に手を掛け、残像が見える程の速度でその身を一回転させながら腰の剣を抜き放つ。


 身体の回転で発生した遠心力で速度と威力を増加させたその斬撃は、一閃と呼ぶに相応しい剣筋でプエラの首を胴体から切り離した。

 驚愕する時間すら与えられず、歓喜の表情のまま空を舞うプエラの首。

 遅れてその胴体の首元から盛大に血が噴き出し、やがて膝から崩れ落ち地面に倒れ、鮮血の血溜まりを作った。


 血飛沫を避けてバックジャンプしたピエリスの頬に、数滴プエラの鮮血が付着する。

 それを手の甲で拭い、遠くでそれを見ているデハーニに向かって最敬礼の角度で腰を折った。


 デハーニはそれを見て、何も反応する事無く、何事も無かったかのように作業を再開する。

 そして再びクロムの横に戻ると、クロムに対しても頭を下げるピエリス。


「愚か者の不始末、時間を取らせてしまい申し訳ない。お見苦しい所を見せた事も含めて、重ねて謝罪を」


 クロムは頭を上げないピエリスに対し、僅かに顔を向けると静かにそれに答えた。


「美しい気配を放つ見事な一振りだった」


 そのクロムの言葉に、ピエリスは心からの安堵と喜びを覚えてしまう。


「そのお言葉、しかと胸に刻み込ませて頂く」


 声を僅かに弾ませて頭を上げるとピエリスは「後処理もありますので、しばし騎士達の所へ行って参ります」と小さくクロムに告げ、周りで息を飲んでその様子を伺っていた後方の騎士達の元へと向かっていった。




 デハーニ達の撤収作業が一段落した頃、ピエリスはプエラはこのまま森に埋葬するという決断を下し、そちらの作業に集中していた。

 無用な衝突を避ける為、騎士団の帰還作業はデハーニ達の後と予め取り決めていたので、これから離れた所に置いたままの騎士団の馬車まで戦利品である結晶を運ぶ作業が始まる。


「移動を含めて15日程度を目途に、可能な限り早く向かうから宜しく頼む。道中にはラプタニラっていう小さな町があるだけだ。そこで待つか、場合によってはそのまま領主直轄領のネブロシルヴァまで騎士団と向かってくれても大丈夫だ。面倒な手間が無いのは後者の方かもな。まぁクロムに判断に任せる」


「了解した」


 クロムは特にそれ以外の言葉はデハーニに掛けず、デハーニも疑問を一切持たずに握手をしてそのまま部下に号令を下してこの場を離れていく。

 その姿が森の中に消えて、見えなくなるまでピエリスはその頭を下げ続け、部下の騎士達も最敬礼でピエリスに同調していた。


「各騎士に告げる。これより戦利品の馬車への輸送作業を開始する。状況を次第では本日中にこの森を出立し、途中ラプタニラにて物資の補給を済ませた後に、我らが主の待つネブロシルヴァへ帰還する。気は一切抜くな!」


「「「了解しました!」」」


 ピエリスのデハーニやクロムへの対応のおかげもあり、ある程度は気力を持ち直した騎士達の応答の声に生気が戻っていた。

 やはり恐怖心は最後まで残り続けたらしく、デハーニ達の姿が見えなくなった時点で、何人かは極度の緊張感からの解放で腰が抜けた者もいた。


「こちらの黒い鎧の御仁は名をクロムという。一騎当千の強者としての最大限の礼節を持って応対せよ。これは最優先事項だ。決してけっっっして無礼な態度は取らぬように。返事は!!」


「「「は、はいっ。了解しました!団長殿!」」」


 ピエリスの言葉を聞いた全ての騎士達の脳内に、思い出したくも無い先程の出来事の風景が瞬間的に飛来する。

 団長が下したプエラへの処遇に関して言えば、満場一致で是とされていた。


 当初は遺体を持ち帰る案も出るには出たが、あの遺体を運ぶ事自体を断固拒否する騎士達が大半で、理由としては「あの黒騎士を徒に刺激して、無駄に命を落としたくない。あの遺体にまで精神を振り回されたくない」という、およそ騎士らしからぬものだった。


「現在の時刻は?あと馬車の所要時間は?」


 クロムはマッピングが出来ていない方面への行軍であるがゆえに、まず情報の収集を行う。


「日没までは約3ホーラといった具合かと。結晶を輸送する事も考えて、馬車迄は5ホーラを見積っている。道中、夜になるが軽い休憩を挟むのみで強行したい」


「それでは時間がかかり過ぎる。日没までの目的地到着を目標とする」


「い、いやクロム殿、流石にこの大きさの魔力結晶の運搬となると、偵察、警戒、戦闘と要員を割いた上となるので、少々無茶が...」


 ピエリスは目の前に鎮座する縦×横×幅がそれぞれ1m×2m×1.5mの大きさの魔力結晶を横目にクロムの要求に焦って回答した。

 常人よりは力あるとはいえ、女騎士数人でようやく持ち上げられると思われる物体である。

 当初の大きさから7割小さくなったとはいえ、それでもここまで巨大な魔力結晶はそう簡単には運べない。


 あまりにも貴重な物ゆえに、不注意で落下させてこれ以上傷をつけようものなら、ピエリスは帰還前に吐血してしまうだろう。

 ピエリスの考えでは周辺の木を切り倒し、簡易のソリを作りそれで運ぶ事を想定していた。


「よし。まず確認する。騎士各員の戦闘能力はあくまで一般的な魔物であれば多少の群れでも十分に対処は可能か?昼間のあれは別だ」


「それは大丈夫だ。そこまで情けない騎士達では無い。この辺りで出るであろうゴブリンやオーク、コボルト程度であれば群れでも十分に対処が出来る」


「わかった。それでは幅が太い革紐を集められるだけ集めろ」


「え?もしや...」


「集めろ」


 ピエリスの言葉をクロムの声が一言で圧し潰す。


「は、はい!今すぐに!」


 焦り過ぎてクロムに対して思わず敬語になってしまっている事に、ピエリスも周囲も気が付いていない。


 ここから黒騎士クロムと騎士団長ピエリス率いる《ウィルゴ・クラーワ騎士団》の帰還の旅が始まるのだった。




 余談であるが、クロムが結晶を叩き割った際に一振りで歪んだ鉄の槍は、廃棄される事無く、持ち主の騎士によって丁重に持ち帰られた。

 そしてウィルゴ・クラーワ騎士団の訓練所入り口にて《黒騎士の槍一本振り》という名を付けられ、丁寧に飾られる事になる。

 そしてそれを見た騎士達は修練を重ね、いつかクロムの様に一振りでこの槍を作り出すという、騎士として、そして人間の限界を超える為の目標として多くの騎士達を導いていく。

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