第27話 失態の真相と贖罪の毒花

「デハーニ殿、最後に聞きたい事がある。なぜあのような事が起きたのだ。我々が元凶なのは明白だろう。だがそれと錬金術師との関係とは...」


 ピエリスの真剣な表情の質問の中に出てきた《錬金術師》という言葉に、クロムも興味を惹かれる。


「そういえばそうだったな。ここでもう一つ常識を教えてやる。“錬金術師を連れるなら最優先で護れ”だ。錬金術師は貴重な存在というのは幾らお前でもわかっているだろ?」


「それはわかっている。数ある職業の中でも錬金術師はとてもじゃないが軽視出来る存在じゃない」


 ピエリスは自身の無知が生んだ、デハーニをして最悪と言わせた事態の真相を必ず聞いてから帰還を果たすと心に決めていた。

 その貴重な錬金術師を失うという失態の責任を負う為にも。





「お前は錬金術師が常に持ち歩く薬品の事を把握しているか?錬金術師は戦場や討伐遠征なんかでは、その技能の得手不得手によるが現地の素材とその薬品を使い、ポーションや解毒剤、魔力回復ポーション、様々な物を作り出せる貴重な戦力でもあるだろ」


 錬金術師にも魔法適正や親和属性、魔力保有量によって各個人で得手不得手に大きな幅が存在する。

 ティルトの様に魔力で物質の構造を把握出来る能力の様な、固有の才能を持つ者も多い。


 ポーションを作る才能で言えば《薬術師》、治癒に関して言えば《治癒術師》に、その他に各専門性を突き詰めれば、錬金術師はその足元にも及ばない。

 それでも下級~中級程度であれば幅広く対応可能なのが錬金術師の強みでもあった。


「臨機応変な対応が求められる戦場に連れていくにはもってこいの才能だが、錬金術師には致命的とも言える欠点があるのは知ってるな?」


「全体的に戦闘に必要とされる能力が低いという事...だな」


 錬金術師は成長過程において、他の職業や一般人とも比べて身体能力が全体的に低く、成長も非常に遅いとされていた。

 そして成長の限界も魔力を除いて他の職業に比べて圧倒的に頭打ちが早かった。


 故に戦場で重宝されるが、単体での戦闘能力の低さから損耗率が非常に高いというジレンマを抱えている。


「そしてこれが一番の問題だ。錬金術師はその特性上、さっきも言ったが数多くの薬品を常に持ち歩く。その中にはポーション等に使う《魔力親和剤》、その効果を高める為の《特性増幅剤》、毒性を反転し解毒薬なんかを作る為の《効果反転剤》、効果の属性を操作する《属性転換剤》、代表的な薬剤だけでも最低限これだけは持ち歩く」


 錬金術師との行軍速度は通常の7割を想定する理由がここにある。

 彼らしか扱えない貴重な薬剤を慎重に輸送する必要があり、それらの薬剤は厳しい監視の元、錬金術師以外の所持が禁じられている。


「ここまで話したらいくらお前でも、錬金術師が事の恐ろしさがわからないか?術師を喰らった魔物の腹の中でそれらの薬剤が漏れ出した場合、その魔物にどのような変化が起きるのか、それくらいは想像出来るよな?ましてや魔石が不安定な王〇種ドミナスなら受ける影響は想定の範囲外になるだろうよ」


 あの王猪種ドミナスボアも騎士団が護り切れなかった錬金術師を薬剤もろとも喰らった。

 体内の不安定な魔石に魔力親和や特性増幅、属性転換等が強烈に作用し、原形を留めない程の変成を起こして異形化するのも不思議では無かった。


「だから錬金術師を同行させる場合、まず最優先に奴らを護らないとダメなんだよ。最悪の場合、多少の犠牲を出したとしても錬金術師は必ず逃がすのも鉄則だ。お前と騎士団はそれを怠り、最悪の事態を招いた。いや最悪なのはあれが討伐出来ずに更に逃亡を許す事なんだがな」


 そこまで聞いたピエリスは、失態が招いた事の重大さを思い知った。

 もしデハーニ達と出会わずに、あのままドミナスボアを取り逃がしていたら。

 あのまま森のどこかで異形化し、魔力を求めて森の外に出てきていたら。

 我々が皆喰われて、より強力な異形に成長していたら。


 ピエリスが顔を青ざめさせながら、考え得た被害の想定はどれも騎士団一つ、騎士団長一人の命では到底つり合いが取れない。

 何より確実にピエリスの主にもその余波が及ぶのは火を見るに明らかだった。


 そしてピエリスは立ったまま無言でデハーニの話を聴いている黒い戦士を見上げる。

 この異常とも言える恐ろしい戦闘を見せつけた男。

 漆黒の全身鎧を身に纏い、見た事も無い仮面を付けている“異形”の戦士。


 およそ関わり合いを避けるべきと直感でわかるこの男が居なければ、間違いなくデハーニもピエリスも生きてはいなかった。

 この男があの異形種を倒してくれなければ、もっと多くの被害が出た事は間違いない。


 意図的にデハーニがクロムの名前を呼ぶのを避けている為、ピエリスには黒い戦士の名前がわからなかった。

 デハーニによりこれ以上の詮索を禁止されている以上、名前を伺う事も出来ない。






「...っ。私達は何という...」


「お前も責任の取り方と行動をしっかり考えて動かないと、とんでもない火の粉の飛び方をしちまうぞ。俺はお前がどうなろうが知ったこっちゃないが、絶対に俺達を巻き込むな」


 デハーニがこの上ない厳しい眼でピエリスに釘を刺す。


「わ、わかっている!しかし...我々の実力でドミナスボア、ましてや異形化したモノを倒して結晶を持ちかえったとは、説明に無理が出て来るのだ!だが...我々には大きな成果を持ち帰るという...うぁぁ我々は一体どうしたらいいのだ!?」


 時間が経つにつれて、現実が良く見えてきたピエリスは焦ったように頭を抱えてデハーニに弁明しながら、現実に押し潰されそうになっている。


「どう考えてもお前らの実力じゃ、はぐれオーク位の討伐が関の山だろうしな...待て、そもそも何でお前達はその程度の実力であんなものに手を出したんだ?無理な事は流石に分かるだろうが」


 デハーニが嫌な想像をして、したくもない質問を投げかけた。

 クロムはそんなデハーニの様子を見て、まだ引き続き状況が動き出しそうな気配を察知する。


「わ、我々にとっても、我が主にとっても..、もう時間がないのだ...戦果を挙げなければ...」


 その悲壮とも言えるピエリスの表情を見て、デハーニはその背後にあるものを朧気ながら察知した。

 危険を察知するデハーニの察知能力が、それを気付かせてしまう。


 眼を覆い隠すように掌を顔に当て、現実に追い込まれているピエリスを更に上から圧し潰さんばかりに、一段階トーンを下げた声を吐き出した。


「もしかして...お前の騎士団は“贖罪の毒花ヘレボルス”か...今となったら俺はそれしか思いつかねぇぞ、くそが...」


「っ!?デハーニ殿が何故それを!?」





 贖罪の毒花ヘレボルスは政治的や国民感情的等で、問題を起こしたとしてもその処分の判断が非常に難しい立場を持つ者に、王家が派遣する騎士団、つまり王家から差し向けられた毒の短剣だった。


 そして騎士団はその者を主として定め忠誠を、その者もまた騎士団と運命を共にするという誓いを互いに立てるよう王家より命令を授けられる。


 騎士団が主の名の元に戦果を上げればその功績は主の贖罪として消費され、逆に問題を起こせば、配下の失態の責任を取るという名目で、主が毒酒をあおり名誉の自害を果たす。

 当然の事ながら、騎士団も真相を知るモノとして運命を共にする事は決定事項だった。


 主が更なる罪を犯すのであれば騎士団がその主を忠誠の元で謀殺し、その後、主殺しの大罪を無理矢理に背負わされた騎士団は全員斬首される。

 主従共に後ろには常に死が控えている、文字通り崖っぷちの集団だった。


「それに想像だが、お前の騎士団はその名が示すように全員が女騎士、しかも騎士団長が俺が知らねぇ木っ端貴族の癖に、最底辺であれ無駄に貴重な緑の末裔ウィリディスで箔付けときたら、もうお前らの主はアイツしか俺には浮かばねぇ...!」


 騎士団とそれを率いる騎士団長にもそれ相応の箔が要求される地位の主。

 騎士団の構成が全て女騎士という事は、主は決して間違いが起こってはいけない女。


 今度はデハーニが頭を抱えて呻く。


「くそが!あの野郎、よりにもよって何でこの森にこの役立たずの馬鹿共を放し飼いにしやがった!よし、作戦変更だ。今からコイツを含めた騎士団を皆殺しにして、森に埋めて帰ろう。協力してくれるよな!?」


「んなぁ!?デハーニ殿何を言い出すのだ!黒い戦士殿も静かに拳を握るのをやめてくれ!これ以上は私の心が持たない!も、漏らしてしまう!いいのかデハーニ殿!?目の前で乙女が漏らすぞ!」


「知るかぁ!だったら精々盛大に漏らして森の肥料にでもなりやがれ!このクソポンコツが!」


 晴天の下、いい歳の剣士と若い女騎士が互いに頭を抱えて罵り合うという、あまりに低次元で醜い言い争いが繰り広げられ、やはり仲が良いなと場違いな感想を漏らすクロム。


 デハーニの様子からして、騎士団を利用していざとなれば使い潰すという自分の考えは少しリスクが大きいかも知れないと、完全に無視を決め込んだクロムは一人で思案を巡らせていた。


「あまりに思慮の浅い目的での協力はしないぞデハーニ。その様子だと相手は権力者、少なくとも上位の権限を持つ者と推測したのだが?」


 頭に血が上り、肩で息をしているデハーニにクロムは問う。


「はぁはぁ...くそ身体がいてぇ...ああそうだ。相手はオランテ・ファレノプシス・ソラリス・オルキス。この国の伯爵だ。この森の外の一帯を治めていて、かなりの数の情報武官を抱えている厄介な貴族だよ」


「それなら諜報もお手の物か...ああなるほどな。デハーニとの関係もそういう事か」


「まぁお前さんなら幾ら勘ぐってもいいんだけどよ。色々とあるんだよこっちも。後この間抜け騎士の主はその娘ヒューメ・ファレノプシス・ソラリス・オルキスで間違いねぇ」


 クロムは相手の諜報に長けた上位権力という情報に幾分かの興味をそそられていた。

 ただこの騎士団はあまり能力的に期待が出来ないという事実に、リスクとリターンの釣り合いが取れるのかどうかが微妙な所であった。


 デハーニやその仲間達への今後の影響を考慮すると、騎士団のあまり楽観的な利用は控えるべきかとクロムは考える。

 情報収集を優先するのであれば、デハーニの所から早々に離脱し、クロム単独で騎士団を利用して伯爵に接近するのも作戦の一つとして有効か。


「少なくとも俺の中で色々と繋がった以上、このまま放っておく事が出来なくなっちまったぞ。おいお漏らし騎士、事情が変わった。お前は主の元に戻ったら、そのまま伯爵に伝えろ。居留守は認めねぇぞ」


「なんだその呼び方は!私はまだ漏らしてないぞ!」


 クロムはあまりに会話の程度が最底辺過ぎるこの流れを、一通り傍観する事を決め、再び思考と演算の海へ潜っていく。


「伯爵に会談を要求する。場所は領主邸。事の内容によっては、今後の対応を変える準備がある。隠さずに事情を話せ。交換条件付きで戦果も譲ってやっても良い。よく考えろと伝えろ。一言一句そのまま話せ。脚色も言い換えもするな。わかったな」


「当主様に何という...わ、わかったからもう睨まないでくれ!」


 ピエリスはますますこのデハーニという男の正体が分からなくなっていた。

 この森を庭の様に話し、僅かな情報から騎士団の正体、そしてそこから繋がる貴族の詳細まで知っているこの男。


 しかも主の父にあたる伯爵に対する不敬極まる態度を示せるのも理解が出来ない。

 そして黒い戦士と友誼とも言える程の関係性を示しているが、多数の情報を持つデハーニとは正反対の黒い戦士から見え隠れする“世間知らず感”が謎を一層深めていた。


 一体、この二人は何者なんだ。


 そこまで考えて、ピエリスは「詮索するな」という警告を思い出し、あわてて思考を止める。

 デハーニがまるで心を読んでいるかのような思考力と勘の鋭さを持っているという事は、この短時間で嫌という程に味わった。


 ピエリスはこれ以上、藪を突いて怪物を出したくは無かった。





「もうこの際、名前は良いか。すまないクロム、事情が変わった。俺は今から仲間と合流して急ぎ一旦村まで戻り、同行者を連れて森を出て伯爵と会う。クロムは騎士団と一緒に先に森を出て、途中の街で俺達の到着を待っていて欲しい。それまでは自由に行動してくれて構わん。そもそもクロムの行動を縛るつもりはないけどよ」


「それは騎士団の監視とその処遇を俺に一任するという事か」


クロムは敢えて同行者の詳細を騙らないデハーニの意思を汲み取る。


 色々な事が目の前で勝手に決められていき、その物騒な内容にピエリスは言葉を失い、口を挟む事すら出来ない。


「もしこの連中がつまらん事を考えたり、下手な入れ知恵で馬鹿げた行動を起こすようならクロムの判断で容赦無く完全に始末してくれ。ある程度の巻き添えも気にしなくていい。尻拭いは俺がやる」


 クロムを見つめるデハーニの眼は、真剣かつその中に明確な殺意も含まれていた。

 デハーニの要望に了解の意思を示しつつ、クロムは何やらブツブツとうわ言の様に呟きながら、空を眺めているピエリスに身体を向け声を掛けた。


「確かあの時の名乗りに聞き間違えが無ければ、名はピエリスだったか。これより貴殿と暫く行動を共にする事になりそうだ。宜しく頼む。それと俺に対する敵意は大小、事情、そして相手に関わらず、全て敵対行為として即座に対処するからそのつもりでいてくれ」


クロムは異形の前でデハーニを庇いながら名乗りを上げたピエリスの声を、あの突撃時に聞いていた。

そして最低限の礼儀として、ピエリスを“貴殿”と呼ぶ。


「ひぃっ...わかり、ました...黒い、いやクロム殿...」


 今にも倒れそうな程に顔から血を下げるピエリス。


「あとデハーニ。村に戻るならこれをレピに渡してくれ。千切れそうなので修復して欲しい。後すまないと一言伝言を頼みたい」


 そういってクロムは異形との交戦でかなりのダメージを受けた千切れかけのレピの組紐を腕から外し、デハーニに手渡した。


「おう。確かに受け取った。面倒かけてすまねぇな。代わりに相当良いもんをあのタヌキ伯爵様からぶんどってやる」


 デハーニの眼が盗賊のそれと大差なく妖しく光る。

 一方で、これから先の未来を予想しているピエリスは、再び呆然と青空を見上げながらその会話が耳が入らない程に現実から目を背けていた。

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