第25話 剣士が呼び出した悪魔
全身を魔力結晶の棘で覆われた異形の怪物が、デハーニの発した声に乗せられた魔力に反応し、その食指を伸ばそうと這い寄って来た。
地面に横たわり身動きが出来ないデハーニ。
そしてその側で座り込み、顔を青ざめて絶望するピエリス。
「デ、デハーニ殿?もはやこれまでという事か?」
「このまま何も起こらなければ、もうお終いだな。てめぇはアイツが俺に注目している間に逃げろ。悪いがてめぇみたいな奴と心中するのだけは勘弁して欲しいんだがな。死んでも死にきれねぇ」
「うぐっ。何という言われようだ...」
「歩ける足がまだあるなら今すぐ逃げろ。てめぇを食ってあのバケモノが食当たりで死んでくれるなら今すぐ食われて来い。代わりに墓に花の1本でも供えてやるよ」
ピエリスの顔を見ようともせずに、デハーニは空を見上げて罵詈雑言を吐き出す。
「ぐ...よくぞそこまでの言葉がスラスラと...」
そういうとピエリスは立ち上がり、コキリと首を鳴らした。
「はやく行け。運良く逃げられたらもう騎士団は廃業しろよ。迷惑にしかならん」
その言葉を聞いたピエリスは最後の1本であるポーションを、おもむろにデハーニに全量をぶちまけた。
デハーニの全身から滅多刺しの方がマシかと思うような激痛が走る。
「うぐぁぁぁぁぁ!てめぇこのクソアマ!ぶち殺されてぇのか!?」
「その身体で出来るならやってみるが良いさ」
そう言って腰に下げていた剣をスラリと引き抜いて、異形とデハーニの間に立ちふさがった。
「何やってる!馬鹿野郎さっさと逃げろ!アイツに餌をやってどうする!いいかアイツは食った分だけ強くなっていく正真正銘の災害だぞ!」
「すまない。でも今更生きて帰れたとして、そこには断罪という死があるのみ。申し訳ございません我が主よ。私はウィルゴ・クラーワ騎士団 騎士団長 ピエリス・アルト・ウィリディス!願わくば我が犯したこの大罪、この死をもって償われん事を!」
その威勢とは裏腹に脚は震え、剣先もブレている。
その姿にデハーニは、あの日サイクロプスと相対した時の自分を重ねてしまう。
― 馬鹿だ。こいつは正真正銘の馬鹿だ。動けるなら今すぐにその首刈り取ってやりてぇ ―
本気でこの身が動かない事を悔やむデハーニの耳に、一瞬空気を切り裂く様な音が突っ込んでくる。
「はは、良かったなクソ騎士団長様よ。俺にはまだ運が残ってたみたいだぜ...」
その次の瞬間、ズガンという轟音と衝撃が目の前の怪物の横腹付近に巻き起こり、異形が吹き飛ばされた。
異形の半身を丸ごと抉り取ったその攻撃で、粉々に砕け散った魔力結晶がダイヤモンドダストの様に周囲にキラキラと舞う。
そして上空から滅茶苦茶にひん曲がった鉄の槍の残骸が、ピエリスの目の前に降って来た。
「ひぃっ!?あ...や、槍?...え...?」
キュオオオオオオ!!
異形の叫び声が変わる。
巻き上がった土煙の中から触手を地面に叩き付けながら体勢を整えて、その醜悪な巨体が姿を現す。
異形の抉り取られた横腹から夥しい量の黒い液体が零れ、地面に悪臭立ち込める液溜まりを作った。
すると今度は斜め上空から黒い人間サイズの塊が飛来し、それが異形の頭部に当たった瞬間、ドパンという音を発してその頭部が大地を砕く威力で叩き付けられた。
そしてピエリスはようやくそれが人間と同じ姿で、あろう事か素手であの異形の怪物を殴り倒した事を理解する。
突然の出来事に理解は出来ても、全く思考が追いついて来ないピエリスは、つい先ほど騎士の名において死の覚悟を見せた事すら忘れ、剣先を下げて構えを解いてしまっていた。
「デハーニ殿!?これはどういうことだ!」
「うるせぇよ。てめぇには関係の無い事だ。いいから黙ってそこから離れろ。下手しなくても巻き込まれて死ぬぞ」
デハーニは完全に状況を把握し、安心しきった顔で異形と対峙するクロムに眼を向けた。
「すまねぇ。俺はやっぱ弱ぇわ...でもいつかお前さんに恩を返して見せるからよ...」
そう言い残してデハーニは穏やかな表情のまま意識を手放した。
「あぁっ!デハーニ殿!」
あわててピエリスがデハーニに駆け寄る。
「思った以上に硬いな」
先程のクロムの拳は確実に頭部を打ち抜いたが、それでも致命傷には届かなかった。
しかも拳を叩き込んだ箇所に入ったヒビが音を立てながら、徐々に再生している事が確認出来る。
ただ最初の投擲の一撃で出来た損傷個所は未だ再生が追いつかずに、黒い液体を流し続けている。
それを見たクロムが行き着いた最適解は“圧倒的な暴力でその肉体を磨り潰す”だった。
再生が追いつかない速度でその肉体を潰してしまえば、いずれ弱点をも砕く事が出来るだろうという単純明快な結論だった。
「アラガミ5式 システムを段階的に解放」
― アラガミ5式 システム解放 稼働10% 強化細胞活性 開始―
クロムは襲い掛かって来た無数の触手を右腕1本であしらい、必要に応じて無造作に触手を両手でつかみ取って捻り、そして千切り捨てる。
幾つかの触手の攻撃を腕部装甲で垂直、鋭角、様々な角度で防御してみたが、どれも装甲に致命的な損傷を与えるものでは無かった。
それでも今までクロムが受けた衝撃の中では、現時点で最も大きい。
― 対光学兵器用防御被膜 1層から3層 剥離 再生 3m42sec ―
表層被膜は物理攻撃に対して多少の防御力が期待出来る程度ではあるが、現状数層を剥離されるのみで対処が出来ている。
だが、攻撃に関しては徒手格闘でこの異形の怪物を圧倒出来てはいるものの、決定打に欠けているのが問題だった。
「やはり何か武装を検討すべきか」
そう言いながら、クロムは体当たりを繰り出してきた異形の頭部を躱しつつ、カウンターで廻し蹴りを叩き込む。
クロムの脚が盛大にめり込み頭部を弾くが、異形を支えている触手の群れが見た目に反して高度な姿勢制御を実現しているようで、先程までの様に吹き飛ぶといった事が無い。
ただクロムにとっては、すぐに戻って来たその頭部を再度殴り付けるだけの単純な作業ではあった。
「埒が明かないな。システム解放25% ヒートターミネータ 起動準備」
― アラガミ5式 システム解放25% 腕部装甲 境界層分離 超振動開始 ―
クロムの前腕部装甲が変形し、内蔵武装の稼働を開始する。
「な、何者なんだ一体...」
目の前で繰り広げられる現実とは思えない戦闘。
人間と同じくらいの黒い生物が、異形の攻撃を難無く防御し弾き返し、そして殴り飛ばす。
殴り飛ばされる度にその部位から肉片がゴッソリと吹き飛び、異形が叫び声を上げていた。
まるで一連の動作を流れ作業で行なっているかの様な、迷いの感じない圧倒的な攻撃と破壊。
「うわぁぁぁ!?」
クロムによって蹴り飛ばされた異形の怪物が、ピエリスと横たわるデハーニの前まで飛ばされ地面に叩き付けられた。
巻き上げられた石や土が二人を襲うが、ピエリスがデハーニに多い被さりそれを身をもって防ぐ。
「せ、せめてこれくらい...わぁぁぁぁ!」
ピエリスが必死の叫びでデハーニを土砂から庇い、それが収まると涙目の顔を上げた。
目の前には、ついでとばかりに二人を捕食しようとする異形の歪に裂けた頭部。
異様な臭気を放つその裂け目の中には、牙の様に魔力結晶が立ち並んでいた。
「ひぃっ...」
「何をしている」
いつの間にかすぐ側に立っていたクロムがその頭部を下から殴り上げ、そこから流れる様に身体を半回転させて異形を難無く蹴り飛ばす。
「あ、あの...」
「そこから動くな」
右の前腕部の装甲をを超振動させたクロムは一言、硬直しているピエリスのそう告げて態勢を立て直した異形と正面から向き合う。
― ヒートターミネータ 起動準備 完了 強化細胞 耐熱変性 完了―
掌を開いた状態で軽く上に掲げられたクロムの右前腕装甲が、視覚的にぼやけて見える程に振動している。
前腕部の装甲が外層内層の二つにミクロン単位で分離し、それらが相互に超振動を起こしていた。
「ヒートターミネータ 起動」
クロムは起動の合図と同時に拳を握り締めた。
相互に超振動を起こしていた装甲が瞬間的に全面接触を起こし、とてつもない破裂音が響く。
その超振動摩擦によって引き起こされた摩擦熱が、瞬く間に1000℃以上の熱源を生み出した。
物質間における摩擦熱の最高温度は、通常その物質の融点が限界値であるが、クロムの積層装甲の融点は通常の金属の遥か上の温度。
先の世界での宇宙戦闘艦の装甲に並ぶ強度を誇る。
尚も急速に増大していく摩擦熱はクロムの前腕部のみならず肘の上部迄を赤熱化させ、赤く輝き光を放出させる。
瞬間的に発生した熱源によって加熱された周辺の空気が、水蒸気を伴って膨張し熱風となって吹き荒れた。
「いくぞ」
クロムが赤熱した腕を広げ、異形に突貫する。
異形はそれに触手を無数に振るって応戦するが、軽く振るわれた数千度のクロムの手が一瞬にしてそれを焼却、炭化させ千切り飛ばす。
異形に肉薄したクロムが繰り出した右腕が超高熱の顎と化し、その異形の肉体に喰らい付き、力任せに抉り込まれた。
瞬間的に内部が加熱され沸騰した体液によって、異形の胴体がボコボコと膨らみその大半を破裂させる。
一瞬にして肉が焼け焦げ、炭化した肉片が飛び散り、普通の人間では吐き気を催し気を失う程の悪臭を周囲に漂わせた。
大地を揺るがし、身体の大半を消し飛ばされた異形の怪物が力無く倒れる。
「あ...悪魔...」
それを力の抜けた身体で呆然とその光景を眺めていたピエリスが一言漏らす。
降り注ぐ異形の黒い体液をその身に浴び、真っ赤に燃える右腕を掲げる黒い悪魔。
デハーニ殿はこんな化物と契約を結んでいるのか。
ピエリスは青を通り越して白くなった顔を、穏やかな表情で意識を失うデハーニ向けた。
デハーニ達に死の運命を確定させていた怪物が今、目の前で倒されたというのにその恐怖は一向に消えない。
むしろピエリスは、それを難無く屠ったクロムにそれ以上の恐怖を植え付けられる。
すると突然、死んだと思われていた異形の頭部が蠢いた。
脇に立っていたクロムに喰らいつこうとその口を大きく開けて最期の力で襲い掛かる。
だがそれもクロムの左脚が下顎踏み押さえ、左手が上顎をつかみ取り、それを簡単に受け止め抑え込んだ。
「やはり胴体だけでは死なないか。ならば」
クロムはその生命力に感心しながら、尚も力ずくで食らい付こうとする異形の頭部に未だ高熱を孕む右手を向けた。
その頭部には最初の一撃でヒビを入れた一際目立つ魔石の塊が尚も光を放っている。
本来であれば、至近距離に立つだけでこの異形の放つ魔力によって並みの生物は魔力飽和を起こし、身体に多大な悪影響を受ける。
だが、そもそも内部構造自体がこの世界の生物と根本的に異なるクロムには全く影響を及ぼさなかった。
「これならどうだ」
クロムはその燃え輝く右の掌を開いて、中枢と思われる魔石の塊を鷲掴みにする。
「ヒートターミネータ 出力最大」
― 超振動摩擦 出力最大 強化細胞 熱耐久限界 30sec ―
モーター音に似た高周波を含む駆動音が響き始め、それは加速度的に大きくなっていく。
それと同時にクロムの右腕が、赤から更に明るい白が交じり合う赤に変化していった。
装甲表面に小さな紫電が舞い始め、その熱の余波のみで異形の頭部が急速に損壊し始める。
その後、最大出力発動から僅か10秒ほどで異形の怪物はその動きを停止、完全に沈黙した。
既に頭部もその原型を留めてはいなかった。
「ヒートターミネータ 作動停止」
― ヒートターミネータ 停止 強制冷却機構 装甲展開 強制放熱 開始 ―
クロムの右腕の装甲各部がそれぞれ前後左右に展開し、その隙間から常人では耐えがたい温度の熱風が大きな噴出音を上げながら大気解放された。
「状況終了 戦闘システム解除」
― アラガミ5式 待機 冷却機構稼働中 ―
現段階で強化細胞を制御しているアラガミのシステム完全停止を行うと、未だ高熱を宿している右腕が自らの細胞を焼き尽くしてしまう。
完全に冷却が完了するまでは、強化細胞の耐熱変性を解除する事は出来ない。
右腕の赤熱が展開した冷却機構によって、その色をゆっくりと黒へ戻されていく。
クロムは掴んでいた魔石から右手を離し、指の動作を確認するように二回三回と開閉させた。
クロムによって掴まれ、この世界において史上最高の高温に晒されたであろう魔石は真っ白に灰化し、冷却機構によって発生した熱風で表面からサラサラと崩れていった。
「デハーニはどうやらまだ生きているようだな」
各種情報集と整理を終えたクロムは、離れた場所で横たわるデハーニと騎士らしからぬ座り方で呆然とへたり込むピエリスの方へ視線を向けた。
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