第18話 村娘に憧れた少女

 天気は快晴。

 村の入り口付近に20名程の武装した村人が集合していた。

 それぞれが剣や槍、弓を持ち、それ以外にも背中に大きな背嚢を背負っている者も見受けられる。

 加えて小さな軽く小回りの利く荷車も2台脇に用意してあった。


「すまねぇなクロム。折角の時間を奪っちまって」


 空を見上げながら村の入り口までの短い距離を歩いているクロムに、横から赤毛の偉丈夫であるデハーニが声を掛けた。

 デハーニは前回のサイクロプス戦で破損した剣を新調したので機嫌が良い。


「いや、問題無い。ティルトは参加しないで暫く作業で部屋に籠ると言っていたな」


「あぁ、久々にティルトが部屋に籠るたぁ何か良い閃きか天啓でも降りてきたのかね」


 デハーニがニヤニヤとした表情で、クロムが目を向けていた空に同じく視線を移す。


 魔法の話から更に数日後、いつもの様にティルトの家で読書をしていた時、デハーニが家にやって来てクロムに狩りに参加しないかと誘ってきた。

 当初は参加する様子を見せなかったクロムだが、今回の狩りはいつもより規模を大きくし、魔物狩りと薬草その他の資源採取も兼ねているという。


 それを聞いたクロムは、実際に書籍から得た薬草等の知識を再確認する良い機会だと判断し、同行を承諾した。

 ティルトもそれを聞いて、現在、村で不足気味の薬草や素材のリストをデハーニに渡していたようだ。


「ボクは今回は参加は見送ります。ちょっと体調崩した人がいるので離れられないです。あとちょっとその間、久々に部屋に籠ってやってみたい事が見つかったので」


 そう言って、ティルトは今回の不参加を表明した。

 ここ数日間、中から金属音がする木箱や薬品等を奥の部屋に運び込んでいる場面をクロムは本を片手に横目で見ている。

 クロムはティルトも自分自身の役目を果たそうとしているんだろう、と特に気にも留めていない。


「でも俺が言うのも何だが、その、ありがとよクロム。最近のティルトは以前より調子というか雰囲気が良さそうでよ」


「よくわからんが、俺はティルトの家に居候して本を読んでいるだけで何もしていない」


 実際の所、クロムは必要以上に言葉を発しない。

 ティルトもそれを見越してか、必要以上にクロムに話しかける事をせずにクロムが質問した際には、これを良い機会と思ったのか非常に楽しそうに饒舌に喋り始めるのだった。


 二人の間に大半の時間において流れる沈黙が、ティルトにとって特に気まずさがある訳ではなかった。

 クロムの方は言わずもがな、沈黙をそもそも認識すらしていない。


「まぁそれでも感謝してるんだよ。良くわからんでもいいから素直に受け取っておいてくれ」


「そうしよう」


 クロムはデハーニとそんな会話をしながら村の入り口の集合場所に到着すると、野太い大声で叫んだ。


「よし!全員装備の再点検と道具やらを確認しろ!出来次第、森に出発する!久々の大規模の狩りだ、締まっていくぞぉっ!!」


「おおっ!!」


「今回の狩りはサイクロプスを単機でボコった常識外れのコイツも参加する!だが森はおめぇらの庭だ、負けんじゃねーぞ!」


「ううっすっ!!」


 意気揚々の応答を見せる狩りに参加するメンバーの声が多数重なり、森の入り口の空気を震わせる。

 その光景にどこか懐かしい物を感じていると、またしても横から声を掛けられるクロム。


「あ、あのっ!黒騎士様!!」


 クロムは一瞬、誰の呼称か理解出来ず、それでもその声の方へ視線を向けるとティルトより更に低い場所に緊張した少女の顔があった。

 年は10~12歳程のその少女は二つの茶色のお下げ髪を揺らし、幼さの残る顔で両手を握り締めてクロムを真っすぐに見上げている。


 所々に補修した箇所はあれど、非常に清潔感のある若草色のワンピースに腰から白いエプロンをかけていた。

 緊張で震えているがそれは恐怖では無く、高揚と気恥ずかしさによるものらしく、頬がほんのり桜色に染まっていた。


「お父さんを守ってくれてありがとうございました!黒騎士様、こ、これをっ!」


 そういって、更に桜色に染まっていく幼い顔を隠すように下を向きながら、小さな両手の上に乗せた物をクロムに差し出す。

 それは赤や青、様々な色が組み合わさった色鮮やかな長めの組紐で、前の世界の情報で言えばミサンガや帯紐に近い物。


「私の作ったお守りですっ!あの...まだ上手く編めないからちょっと不細工だけど、もし良かったら...あのぅ」


 最初の勢いある言葉が、次第に冷静さを取り戻すように小さくなっていく。

 クロムは可能な限り目線をその少女に合わせようと、ゆっくりと膝を下ろす。

 そして、指の鉤爪の先端で少女の柔肌を傷付けない様、その組紐をそっと受け取った。


「素晴らしい贈り物に感謝する。出来れば君が付けてくれないか」


 そういってクロムは少女に対してわかりやすく、さも不器用そうに手の指を動かして見せた。

 それを見た少女は、クロムの言葉と仕草に驚きを隠せず唖然とした表情を浮かべていたが、それもすぐさま安堵と喜びの表情に入れ替わる。


「はい!私で良ければ!」


 そういって、クロムの手から再び組紐を手に取った少女は、緊張感で震える指先を器用に操りクロムの黒く盛り上がる左の二の腕に巻きつけ、結ぶ。

 漆黒の外骨格に際立つ極彩色の組紐。

 その先端で纏められた長めの房がフワリと風に揺れる。


 そんな少女と黒騎士と呼ばれたクロムの作り出す情景に、周囲の村人からも自然と和やかな雰囲気が溢れて出していた。


「感謝する。汚さないように気を付けないとな。名は何という?」


 巻かれた組紐にそっと手を添えながら、クロムはその緑の眼を真っすぐ少女に向ける。

 至近距離から真っすぐに向けられるクロムの機械仕掛けの眼は、実際かなりの威圧感があるものだが、目の前の黒騎士に心躍らせるこの少女には効き目が無いようだ。


「私はレピといいます!もっと綺麗なのを編めるように頑張ります!もし汚れたり切れたりしても大丈夫です!」


「レピか。では次も期待させて貰う」


 クロムに名を呼ばれたレピの潤い豊かな瞳が、陽光を反射し煌めいていた。


「あ、ありがとうございますっ!黒騎士様、どうかご無事でっ!皆様も!」


 そう言って、勢いよく長めのスカートを靡かせながらレピは離れた所で心配そうに見守っていた母親の所まで駆けていく。

 レピは母親の腰に飛びつくと、先程までのクロムとの会話の感想と、このままでは行き場を失いそうな程に大きくなった喜びの感情を一気に投げかけた。

 母親は興奮冷めやらぬレピの頭をゆっくりと撫で、娘の奮闘を労うと目線の合ったクロムに向かって深く礼をする。


 クロムは手で軽くそれに応じると目線を外し、再び出発前の装備点検をしている集団に身体を向けた。

 隣でその様子を見ていたデハーニがクロムに声を掛ける。


「黒騎士様かぁ。えらく好かれちまったみてぇだな。あのレピって子は前の遠征で馬車に乗っていた商人上がりの男の一人娘だ。昨日から森を抜けた近くの町に色々と仕入れに出掛けてる。あれからクロムは会ってねぇだろうが随分と感謝していたぜ」


「そうか。あと黒騎士とはなんだ?」


「あー、子供が好きなカルコソーマ英雄譚っていう有名な話があってな、突然天より現れた世界を滅ぼそうと企む邪竜達と戦う英雄達の話の中に、他の英雄とは共に歩まずに最期までたった一人で戦い続けた黒い鎧の騎士が出て来るんだよ。まぁ一部じゃぁ《闇夜の騎士ノックス・アートラ》とか呼ばれて悪役みたいな扱いをされている事もあるんだがな」


 そう言って、デハーニは顎下の髭をさすりながら横目でクロムの左腕を見る。


 ― あの英雄譚でも確か一人の村娘が戦いで傷付いた黒騎士の腕に、包帯代わりの腰紐を巻いたって話あったよな ―


「似合ってるぜ。クロム」


「そうか」


 クロムの中では既に完結した出来事ではあったが、デハーニは横に静かに佇む黒騎士と呼ばれた男のこれからに大いに関心が寄せられた。

 間違いなく俺達にとっては英雄なんだがなとデハーニは心の中で呟くと、ちょうどそのタイミングで装備点検完了の報告を受ける。


「良し!それじゃてめぇら、絶対に死ぬんじゃねーぞ!大物を狩りに狩って、素材に薬草にたんまり持って帰ってくるぞ!」


「おおっすっ!!」


 拳を蒼天に突き上げたデハーニに続き、男達の拳もまた空を突く。


「アンタ!無事に帰ってくるんだよ!」

「いってらっしゃい!」

「期待して待ってるぜ!」

「父さん!怪我しないようにね!」


 後方から見送りに集まった村人たちが思い思いに声援を上げる。

 クロムがふと昨日まで閉じこもっていた家の方を見ると、玄関先に立って遠くからこちらを見ているティルトが見えた。


 ― クロムさんならまず心配はないと思いますが、それでもお気をつけて。必ず無事に帰ってきて下さい ―


 家から出る際に、そう言って出立する同居人を見送ったティルトが手を振っている姿をクロムが視界に捉え、先程の様に軽く手を上げてそれに返答した。


 隊列はまず2台の荷車と薬草等の知識や取り扱いに長けた非戦闘要員や戦闘補助系の人員を中央に置き、前後には戦闘に秀でた人員を配置されている。

 デハーニは中央にて隊の状況把握や全体指揮を行う司令塔兼、側面からの攻撃を引き受ける役目を担っていた。

 クロムもまたデハーニと同様、隊の中央で行動し指揮等は行わないものの戦闘時は即座に対応するようにデハーニに伝えられていた。


 ― 緊急時には独自の判断にて行動を起こしてくれ ―


 デハーニ自身もクロムを制御する事自体を最初から諦めている。

 一方クロムは、今回の狩りに関してはクロム自身から何か積極的な行動は起こさないと決めていた。

 それはこの世界の熟達した戦士の力量を推し量る為であり、緊急時の救援や要請された時以外はクロムは特に動く気は無い。


「よし!出発!!」


 デハーニの掛け声で、ゆっくりと隊が動き始めた。

 ある者は見送りの村人や家族に手を振り、またある者は生きて帰るという強い意志を込めて拳を強く握っていた。

 一際大きくなる声援に後押しされるように、隊は深い森林に侵入していく。


「黒騎士様ー!」


 先程のレピが母親の横で、スカートの裾を握って背一杯の声援をクロムに投げ掛けていた。

 そんなレピの声を聴き、クロムはふと自身の左腕に巻かれた組紐を見て呟く。


「肉体活性化をある程度に抑えなければ、切れてしまいそうだな」


 クロムは振り返らずに森に向かって歩を進める。

 レピもその様子を見て、落ち込む事も無かった。

 レピの目には自分が心を込めて作ったお守りの組紐が、ゆっくりと遠ざかる黒騎士の腕に巻かれているという事実のみで心から満足していた。


 まるで英雄譚の村娘と黒騎士のワンシーン。

 しかし少女の目の前に広がる現実は英雄譚の様な壮大なものでは無い。

 それは夢見る少女であるレピにもわかっていた。


 ― それでも...あの時...あの瞬間だけは、私はあの英雄譚の話に出て来る村娘になって黒騎士様の横に立てたんだ ―


 レピは祈るようにそっと両手を胸に当てると、いつもよりも大きく響く鼓動が布越しでも十分に伝わってくる。


 心が熱い。


 ― 期待している ―


「黒騎士様...」


 あのクロムの言葉をレピは頭の中で反芻し、一人で顔の温度を上げるのだった。


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