第13話 森林の隠れ里

 危なげなく終結したゴブリンとの戦闘の後、大小様々な状態のそれらの死体を皆で一か所に集め、焼却処分とした。

 デハーニはクロムに、本来ならば、ゴブリンの耳を片方切除し町の冒険者ギルドに引き渡す事で小遣い程度の報奨金が受け取れるとの事だったが、数も少なく先を急ぐので今回は無しだと伝えていた。


 クロムの手に掛かったゴブリン達のその耳とやらがどこに飛び散ったか、形が残っているかといった問題はあったが、流石にクロムにそれを追及する勇気を持ち合わせた者はいない。

 足早に隊列を整え、馬車とデハーニの一団は目的地の“底無しの大森林”へと進路を取った。


 デハーニ達の拠点となっている村は、周囲には“底無しの大森林”呼ばれている広大な森林地帯の中にあるという。

 犯罪等の悪事以外の理由で土地を追われたものが、森の中に逃げ込んで、その中で出会い集まり、助け合いながらいつしかその森林の中で隠れ里を作ったという。

 デハーニはとあるキッカケでそこに迷い込む形で行き着き、そこで受けた一宿一飯の恩義に報いる為に周辺の魔物を狩り、肉や素材の提供や自衛手段としての訓練を村人に施していると言う。

 その結果、次第にその村の中に自分の居場所を感じていったデハーニは、その村で暮らす事を決意した。


 クロムは自分の様な存在がそこに侵入しても大丈夫なのかと尋ねたが、ここにいる皆がクロムに恩がある、だからその恩は返すのが筋だといって半ば強引にクロムを納得させた。


 その日は、本来ならば道中の安全な場所で夜は野営をし休息を取った後、翌朝再び進むという予定だったが、先程のゴブリンの襲撃と後処理や仲間の遺体等の事もあって、可能な限り夜も進むという判断をデハーニが下した。

 他の仲間達も早く村に帰りたいという焦る思いもあったのか、それを満場一致で了承する。

 クロムも一応その方針について相談されたが、人の枠から外れている彼は数カ月以上飲まず食わずで進軍する事も可能な肉体である為、特に考える事も無くそれを二つ返事で了承、従っていた。


 デハーニやティルトは、出会ってから一度も食事はおろか水すらも摂らず、一切ペースを落とす事無く行動するクロムに度々心配の言葉を掛けたが、その度に、


「問題無い」


 と短く一言返事が返ってくるだけで、今はその質問はしなくなっていた。


 また普段であれば夜間の行動は暗闇から魔物に不意を突かれる可能性が高く、軍事行動ならいざ知らず、余程の事が無い限りはしないのが鉄則だが、今回に至ってはクロムの常人離れした索敵能力で可能となっている。

 半径数十メートルの範囲で物音を聞き分け、熱源感知で暗闇の中でも正確に位置と数を把握するクロムに最初は疑い半分で対応していた者達も、寸分違わぬその索敵に今や全幅の信頼を置いていた。

 それでもゴブリンの時の様に、音による索敵は信頼性が低い事をあらかじめクロムはデハーニ達に告げ、あまり当てにはしないようにと警告はしておいた。


「いや、普通は森の中を移動する魔物の存在を、その距離で察知出来る事自体が異常なんだからな」


 そのクロムの警告を受けたデハーニは、呆れた顔で言い返していた。


 そのクロムの能力の成果は非常に大きなもので、事前に察知出来ていた襲撃は夜間であっても難無く撃退し、状況に応じて確実に戦闘を避ける行動を取れるのは何よりも素晴らしい物だった。


 加えてその道中、道から少し外れた森の中で魔物の反応を察知したクロムが偵察に向かうと、またしても少数のゴブリンの集団と遭遇する。

 クロムが瞬く間に全て肉塊に変えた後、そこには魔物か野党に襲撃され略奪後に打ち捨てられたと思われる横倒しの小型の馬車を発見。

 荷物等は既に持ち去られ周囲に死体等も無く、馬車自体はまだ使用に耐える状態であった。


 その上、その馬車には持ち主の所有権を示す紋章や車体に付けられる焼き印が付いて無かった為、持ち主不在不明の拾得物としてデハーニ達が合法的に持ち帰ることが出来た。

 後からクロムに追いつき、思わぬ収穫があった事を喜ぶデハーニ達の前で、おもむろにクロムがたった一人で馬車を持ち上げ、態勢を立て直した事で再び若干の混乱が起こったのも皆の記憶に新しい。


 四頭居た馬を二つに分け、二台になった馬車に荷物も適度に振り分けた結果、進行速度が大幅に上昇し、尚且つ夜通しの強行軍でもクロム以外の皆が交代で十分に休息を取りながら目的地へ急ぐ事が出来た。

 そして夜が明けて、空が白み始めた頃には、予定よりも半日程早く村のある底なしの大森林の入り口まで到達したのである。


「クロム、お前さんはまず心配無いとは思うがな、この森は一度迷うと普通は生きて出る事が出来ない森だ。ここからはちょっと複雑な進路を取るから注意して付いてきてくれ」


「わかった。あと順路や秘密に関しては他言しない」


 デハーニは関係者以外に村の場所を察知される事を一番警戒していたが、クロムを警戒対象に入れる事を最後まで迷っていた。


 他言は無用。

 秘密は厳守。


 この事をここに来るまでに何度も危機を救ってくれたクロムに対して、言っていい物かと。

 最終的にクロムの気遣いという受け取り方をしたデハーニは安堵の息を漏らした。


「誘ったのはこっちだというのに、気を使わせてすまねぇ。クロム、ありがとよ」


 そう言ってクロムの返事を聞く事も無く、隊列の前に向かっていった。

 そこから先、慎重に二台の馬車を警護しつつ、デハーニの先導で鬱蒼と広がる森の中を右に左に進んでいった。

 関係者にしかわからないであろう目印や岩、他にも色々な外敵侵入防止のダミー等を経由し次第に暗く深くなっていく森を更に進んでいく。

 途中、馬車が通行不可能な段差等にも行き当たったが、近くに隠してあった専用に作られた頑丈な木の板を使う事で通過していく。


 ― 確かにこれは迷ったら、普通なら出てこれないな ―


 その中には当然自分自身は含まれていないが、それでも森をスキャンし情報収集と同時進行でマッピングをしているコアの解析状況を確認すると、その森の内部地形の複雑さに驚いた。

 そして各方面に偵察に出ていた他の男達の情報を元に魔物との遭遇を避けながら、に森の中を進む事、数時間が経過した頃にクロムの感覚器官とセンサーが森林の中では似つかわしくない人工的な音と匂いを感知した。


 クロムがその反応の方に顔を向けていると、馬車の御者を交代し近くを歩いていたティルトが声を掛けてきた。


「やっぱりこの距離で色々ともう気付かれているんですね。流石ですクロムさん」


「流石にここまで主張されるとな」


「普通は気付けないものなんですが。まさか一緒に来て下さるとは思っていませんでした。あ、あの...と、とても嬉しいです。村に着いて落ち着いたらまたお話させてもらっても良いですか?」


 そういってクロムの顔を覗き込むように見上げてくるティルトの表情は、どこか不安感が混じっていた。


「ああ。こちらとしても問題無い。こちらからも色々と聞きたい事があるかも知れない。その時は宜しく頼む」


 クロムのその言葉を聞いて先程の表情から一転、花が咲いた様な笑顔を見せたティルトは、道中数多くの魔物を屠って来たクロムの禍々しくも見える黒い手を恐れる事無く両手で握り締める。


「こちらこそよろしくお願いします!ああっ!す、すみませんっ!で、ではまた後程!」


 慌てて手を放して、耳まで真っ赤にしたティルトが小走りで前に走っていく姿を見送ると、クロムは何事も無かったかのように周辺の情報収集に再び意識を向けた。


 集団の先頭が少々騒がしくなり、どうやら何人かの者が近くにあるであろう目的地の村に先触れとして向かっていたのだろう。

 クロムが察知している村と思われる場所の反応も動きが慌ただしくなっていた。


「皆、本当にご苦労だった!!帰って来たぞ!俺達の村に!」


 集団の先端を歩いていたデハーニが後ろを振り返り、大声で皆を労うと村への帰還の宣言をした。

 その声を聴いて、周囲が安堵と歓喜に包まれ、それに後押しされるように自然と皆の歩く速度が上がっていく。


 程なくして、森の奥の景色が一気に開かれ、防護柵と堀を周囲に備えた小さな集落の入り口がクロムの目に飛び込んできた。

 既に堀を渡る為の跳ね橋は下ろされ、入口の前には物見櫓を含めて多数の村人らしき姿がデハーニ達を迎える為に集まっている。


「皆、待たせたな!何とか帰って来たぞ!」


 そう言ってデハーニ達が剣を空に掲げると、クロムの周囲と村の入り口から次々と帰還を喜ぶ歓声が上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る