第11話 飲むのは毒か薬か

 馬車に積み込まれた貴重な素材の山を見て、周囲が歓びの声を掛け合っている中で、クロムとデハーニが視線を合わせている。


「詳しく話せないが、こちらの事をまだ何も知らない。どこに何があるのかもわからない。適当に進むしかないな」


「まだ所々聞き取りにくいが、クロム、お前さん本当に俺達の言葉をこの短い間で覚えているんだな」


 既に多少の会話なら難なくこなしているいるクロムを見て、若干、顔を引き攣らせるデハーニ。


「もしクロムがその気なら、一緒に俺達の村に来ないか?一応皆にもこの話はしてあるし、皆賛同してくれている。お前さんが問題ない...ならでいいんだ。礼も何とか払う。正直、これから先の道中も今回みたいな危険が無いとは言えねぇ。正直、頼りになる戦力としても期待しているという汚ねぇ部分もある」


 それを聞いてクロムは、裏の計算も明らかにして交渉してきたデハーニに好感を覚えた。

 自身を戦力として期待し、陣営に引き入れるたいという“契約”を持ちかけてきたのだから。

 クロムは自身は傭兵という認識は持っていない。

 ただ命令に従って自身の強大な力を敵と認識した物に振るう心無き兵器。

 それにある程度、信頼感という土台を形成出来ている集団に一時的にでも食い込む事が出来れば、当初の目的達成への大きな足掛かりになるだろう。


「わかった。要望を受け入れる。報酬に関しては必要ない。だが、そちらの問題にならない範囲で何らかの協力を願い出る事はあるかもしれない」


「い、いいのか?いやまぁ、こっちから頼んだからむしろ有難いのだが、そんな即答で決めちまっても大丈夫か?深くは聞かねぇ。でもありがとよ。」


「問題無い。これから言葉も更に覚えていきたいので協力を頼みたい。それに戦力として期待してくれているなら多少は役に立つだろう」


 デハーニは“多少は”というクロムの言葉に、こいつはまだ言葉を覚えきれてないなと内心冷や汗を垂らしながらも、彼の即決即断とも言える選択を大いに喜んだ。


「クロムさん、一緒に来てくれるんですか!?」


「うおっ!お、おい、いきなり会話に入ってくるんじゃねぇ!」


 解体作業が終わり、デハーニから与えられた仕事の完了を言い渡された直後から、どこか不満げに、加えて言うなら寂しげに言葉数を少なくしていたティルトが割り込んできた。


「ああ。まだ先の事はわからないが、まずはお前たちの村までは同行させてもらう。宜しく頼む」


「はい!!こちらこそよろしくお願いします!!それじゃあ、出発の準備に取り掛かります!」


 見ていて微妙にむず痒くなるスキップを披露しながら馬車へ駆けていくティルト。


「お、おい、何なんだよ一体。あんなティルト初めて見るかも知れねぇ...クロム、一体何があった?」


「知らん」


“わからない”とは答えずに“知らない”と答えたクロムは、既にティルトに関する推測を放棄していた。

 そして何もなかったように意識内でコアに指令を下す。


 「状況を警戒態勢と認識しコア出力50%を稼働上限とする。言語翻訳機能の分配率を別命あるまで常時15%で固定。戦闘システムの即時発動を基本状態とし、余剰分は任意で情報演算に回せ」


― 警戒態勢 戦闘システム 待機 アラガミ5式 待機 ―





 馬車の周囲が出発準備の為、騒がしくなり最後に先程の戦いで命を落とした3名の布に包まれた亡骸が馬車に連結された荷車に積み込まれた。

 何名かは未だに別れを受け入れられない様子で涙を流している。


「俺達はいつ誰がどこで死体になるかわからねぇ。本当ならこれに慣れちゃいけねぇところなんだがな...」


 仲間が悲しみに暮れる様子を見て、クロムの隣で寂しげに呟くデハーニ。


「慣れようが慣れまいがどちらでも構わない。それ自体を無くさなければまだ人間でいられる」


 デハーニの今持ち合わせている感情を何一つ心に持たないクロムはそう答える。


「...そうか」


 同じく目の前の光景を見ているクロムの言葉を受けたデハーニは横目でその仮面の男を見た。

 黒い仮面の下で彼がどのような表情をしているのか。

 その虚ろにも見えるその緑の双眸の奥にある瞳はどのような色を見せているのか。

 隣の黒い男に疑問持てば、キリが無い事は十分に分かっていた。


 ただデハーニにはクロムは自分達とは比較にならない程の命を刈り取り、気の遠くなるような数の死体を積み上げ、それを平然と見てきたという事だけは確信出来た。

 それは命を奪う剣を振り続けてきた剣士としての、第六感に近しいもの。

 サイクロプスを屠った後、そして今、これから先、どのタイミングでもクロムの言った歯車が一つでも間違って噛み合えば、あの黒い拳が瞬く間に俺達に向けられる。

 あの容赦の無い暴力が、抵抗する事も許されずに吹き荒れ、全てを引き裂くのだろう。


 一瞬だが、デハーニの脳裏に誘った事が正解なのか、必要のない歯車を抱え込んでしまったのかと後悔を含む疑問が過った。

 だがそれも消え去る。

 その時デハーニの第六感が密かに告げていた事。


 ― ここで別れたら、いつか必ずクロムは敵として俺達の前に現れる ―


 この予感に確信も根拠も存在しない。

 だが、デハーニにとってはこれから先、どんな窮地に陥る場面があろうともクロムと敵として相対する事よりはまだ救いがあると思えていた。





「では出発します!」


 4頭の馬が繋がる馬車の御者席に座ったティルトの号令によって集団が移動を開始する。

 馬車には幼児や10歳に満たない子供4名と成熟した女が3名が乗り、時折馬車の外に顔を出してはしゃぐ子供を嗜めていた。

 その際、脇を馬車に合わせて歩いているクロムに視線を向けるも、女達は慌てた様子で子供を抱きかかえて引き込ませる。


 視線やその行動に気が付いているが、気にも留めない様子のクロムは移り変わる周囲の環境を情報を逐一記録し、解析していた。

 鬱蒼と茂る森の中を走る、一本の舗装されていない幅20メートル程の道を馬車が軋みながら進む。

 時折、空を横切るように飛ぶ鳥を見かけるが、それらの色合いや姿形がどれもクロムの持つ地球上の生物と特徴が一致しない。


 休憩の為に水場の側で立ち止まった時も、周囲の草花や水辺で及び魚と思われる生物も同じように未知のものばかりであった。

 クロムは特に今しかないという場面でない限り、経口摂取によるサンプル分析は控え、それ以外の感覚で可能な限りの情報を収集していた。


「あの...疲れてはいませんか?クロムさんは交代しないでずっと歩かれてますが...」


 目の前を流れる小川の前でしゃがみ込み、手で水に触れていたクロムの後ろから遠慮がちに声が掛けられる。


「問題無い」


「そ、そうですか...あまり無理はしないでくださいね。まだ先は長いですし明日の昼まで移動しますから」


「わかった」


 あまりに素っ気ない回答となりはしたが、クロムは特に気にする様子もない。

 声を掛けたティルトは、それ以降の会話のきっかけを掴めずに残念そうな雰囲気で離れていった。


 浮かない顔で戻って来たティルトを見て、慰めるような素振りを見せる男達。

 特にその光景に対して疑問を感じていないクロムを見て、デハーニが肩を竦めていた。






― 警戒 センサー反応 総数不明 ―


 太陽が傾き、風景から夕方に差し掛かっていると思われる頃、馬車を取り囲むように接近してくる10を超える気配をクロムのセンサーが感じ取った。

 デハーニ達はまだ気が付いていない様子だが、馬車を中心に約50メートルの範囲内で明らかにこちらを目標にした動きである事は確かだ。

 クロムの音響センサーと動態センサーが使用不能な現在、クロム本体の聴覚を最大限鋭敏化してもこの範囲が限界だったか、それでもデハーニの索敵能力を上回っていた。

 クロムは周囲を警戒しながら歩いているデハーニに付かづくと端的に告げる。


「デハーニ。周りに10を超える動くものがいる。こちらを取り囲むように移動中だ」


「なっ!?本当か!?いや...クロムが言うならほぼ間違いじゃねぇな。この辺りで集団行動するとなったらゴブリンか」


 やはり気が付いていなかったようで、デハーニはそれを即座に周囲の戦える人間に伝え、ティルトには目線だけで馬車を止めるように指示を出す。

 ただしすぐに止める訳でもなく、可能な限り森が開けた場所まで進み、周囲の人間もそれを理解している様子だ。


 少しばかり道が広がった所で馬車が停止、デハーニの言うゴブリンという生物の集団が15メートル程の距離まで近づいたタイミングで、剣を抜いた男達が場所を護る形で配置についた。

 ティルトも荷台から小型のクロスボウと思われる射撃武器を取り出して、既に矢を装填している。


― 警告 周囲半径15メートル 熱源反応 総数不明 ―


 そこでクロムの熱源センサーがティルトの身長の半分程度の生物の集団を捉えた。

 森の温度が低い事もあり、熱源のコントラストが強く表れている為、誤認の可能性は限りなく低い。


「馬車前方から右に7、左に9の反応。その内左右から各4が馬車前後に向けて動き有り。距離は馬車2台分」


 距離に関しては、互いに認識している距離の単位が違う可能性が高い為、咄嗟に馬車で換算した。

 数値の正確性は低いが、確実の伝達は出来るとクロムの判断である。

 前後左右に関しては、既に実証済みだ。


 クロムは周囲に聞こえる声でそう告げると、事前に予想していた敵の数と実際の数の差がかなり違う事実に、聴覚での予測はあまり当てにならないと意識を切り替えた。

 そんなクロムの内心を知らぬデハーニを始めとする周囲の男達は、その報告に驚いている。


「敵接近。警戒せよ」


― 戦闘状態と認識 戦闘システム 起動 コア出力65% ―


 ひと際、低く重く冷たいクロムの言葉が男達に向けられる。

 戦闘クロムの全身の細胞が戦いに沸き立つように唸りを上げ始めた。


 クロムの歩いていた馬車の左側で捉えた反応は9個。

 対して馬車の左はクロムを含めた3名、右は反応7に対しデハーニ以下4名。

 その中で一部の反応は馬車の前後を塞ぐように動きを見せている。

 クロムが前方をカバーするように独自で動いている事を察知したデハーニは、それに合わせて後方のカバーが出来る位置に移動していた。


「ぎゃぎゃぎゃ!!!」


 クロムが初めて聞く叫び声と共に、サイクロプスと同じような体色の小さな人型生物があちこちから一気に飛び出してきた。

 その瞬間、ガシュンという音と共に馬車から矢が1本撃ち込まれる。

 ティルトの放ったボウガンの矢が運悪くファーストブラッドに選ばれた1匹のゴブリンに命中。

 矢が胸部に深々と突き刺さったそのゴブリンは、血飛沫と断末魔を上げて倒れ伏した後、僅かな痙攣の跡に絶命した。


「皆さん、お願いします!」


 ティルトが大声で叫んだ。

 それが戦闘の合図となり、ゴブリンの群れとの集団戦闘の幕が上がった。


 「アラガミ5式 システム解放」


 黒い暴力が再び舞い戻る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る