第7話 剣士デハーニの覚悟


 俺はデハーニ。


 ここから馬車で2日程進んだ森の中に隠れ里みてぇな集落の剣士だ。


 まぁ剣や腕っぷしにはそれなりに自身があるってんで、集落の皆の遠征の護衛から魔物狩りで肉や素材を持って帰るみたいな事をやっている。

 そんなこんなでいつの間にか、集落のリーダーみたいな立ち位置まで祭り上げられちまった。


 でも、結局の所、俺にはこの剣を振る事しか出来ねぇ男だ。

 魔法も使えねぇし、皆の傷を治癒魔法で癒してやることも、剣や鎧を打つ事も出来ねぇ。

 才能が無いなら腕っぷし一つでのし上がって見せるって意気込んで、故郷を飛び出た俺は結局、紆余曲折を経てここにいる。


 それでも皆に、か弱い女子供に頼られて、必死になってそいつらの為に剣を振り、護り抜くっていうのも悪くない。

 俺の強さで、こいつらは絶対に護り抜くってこの剣に誓った。


 まぁこの剣も曲がっちまったが。

 そんでもって、俺はその剣士としての強さの自身すらもひん曲げられて、折られそうになっている。


 一体、何だってんだ今日は。




 あれは奇跡か悪夢かどっちかと言われると未だに答えられない。

 そもそもあんなところでサイクロプスと遭遇する時点で、俺達は最悪の運命と結末を覚悟した。

 せめて女子供が乗っている馬車だけでも逃がす時間を稼ぐ事、それが俺にとって出来る最後の仕事。


 あの時はもう死を覚悟していたのは確かだ。


 別に英雄に憧れていたわけじゃねぇ。


 情けねぇな...俺の構えた剣先が震えてやがる。


 ただあの馬車の中で震えている奴らを守るっていう拾った者としての責任だけでも全うしなければと、柄にもない正義感で剣を構えただけだ。




 重税に次ぐ重税でもう生きて行けない、そのまま死ぬのを待っているだけの村人十数人を拾い上げて、俺達の拠点に帰る途中で現れた緑の巨人サイクロプス。

 必死に剣を振るい何とか傷を負わせる事が出来たが、情けない事にそれでもアイツの命には到底届かなかった。

 気が付いた時には、既に仲間があの岩みたいなゲンコツの犠牲になって3人あの世に旅立ち、動ける者ももう数名。


 そもそも騎士団1個小隊が総がかりで対処する魔物がどうしてこんな所をうろついてたんだ?


 そして今、その魔物の死体をバックに目の前で座り、対話をしようとしているこの黒い戦士は一体何者だ?


 わからない。


 何もかもが俺にはわからない。




 こいつとの遭遇はあまりにも突然過ぎた。


 いきなり魔の森から現れて、とんでもない勢いでその辺の石っころをサイクロプスにぶん投げたかと思うと、サイクロプスの顔面半分を抉り取りやがった。

 何度か戦場で戦士クラスの投石スキルでの攻撃を見た事があったが、あそこまで馬鹿みたいな威力じゃなかった筈だ。

 サイクロプスの放つ威圧も全く効いてる様に思えねぇし、全く恐れる気配も全くなかった。


 超が付くほどの鈍感野郎か、超が付くほどの強者か。


 それよりもなんだあの全身黒ずくめの不気味な格好。


 仮面に不気味な緑の二つの眼と小さな赤い眼が張り付き、見た事も無い黒い全身鎧を着こんで、しかも武器は持っていない。

 無手の格闘術を使う格闘家はあんな鎧は装備せずに、身軽な装備を好んでいたはずだったよな。

 手足の数が俺と同じっていう薄っぺらい共通点がある事が、俺の中でこいつを人間の枠組みにかろうじて入れる事が出来た。


 そうでなければ言い伝えに残る悪魔という呼び名以外、さっぱり思いつかねぇ。


 ただその他があまりにも人間離れしてやがった。

 普通なら一撃で人間なんぞミンチにされかねないサイクロプスの殴打を、あろうことかろくに防御せずにそのまま生身で受けていた。


 サイクロプスの全力がぶつかると、あんな凄まじい音がなるんだな。


 裏拳一発で吹っ飛ばされて、胸の骨と肺を一発でオシャカにされた俺の立場はどうなるってんだよチクショウ。


 ポーション飲ませてもらわなきゃ確実にあの世に飛び込んでたぞ。




 ただ俺が吹っ飛ばされてボロボロにされた後、こいつが二度目の投石でサイクロプスの左腕をぶっ壊した辺りから、色々な意味で風向きが変わったのを感じた。


 信じられないが事に、生き残った奴らに怪我した仲間の救出を指示しやがった。


 あの時は皆が何としても生き残ろうと必死に戦った挙句、万策尽きてからの絶望だったのもあって、ろくに疑いもせず指示に従って動けた結果、仲間を死ぬ寸前から引っ張り上げる事が出来たんだがな。


 まぁ、あんな投石を見せられた後に指示されて誰が無視出来るんだとも思えるが。


 何はともあれ、それでも確実にこいつは仲間の命を救った。


 あの状況も手伝って、その行動1つで俺もその周りもこいつは人型の魔物とか悪魔なんかじゃなく、見た目が不気味過ぎるクソ強い戦士なんだろうって「勘違い」したんだろうな。


 おめでたいもんだ。


 揃いも揃って、あの場にいたやつら全員がもしかして助かるかも知れんと小さな希望の光を見てたんだよな多分。





 ただそれも次の戦いを見て、いろんな意味でドン底に叩き落された。


 絶句したのは俺だけじゃないと思う。

 あろうことかあの野郎、サイクロプスとド正面から組み合って文字通り押し潰しやがった。

 腕は身体にブチ込むわ、頭は締め潰すわ、もう意味が解らん。

 しかもゆっくりと味わうように潰されていくなんて、今でもその光景を思い出すと鳥肌が立ちやがる。


 サイクロプスのあんな悲痛な叫び声聞いた事もねぇ。


 あんなえげつない殺され方されたサイクロプスに少しだけ同情するぜ。


 あの巨人があっさりぶっ殺された後、何やら考え事を始めたようで俺は皆で一気に逃げようとも思った。

 するとあの投石を思い出してその考えも吹き飛んだ。


 あんなものがぶっ飛んできた日にゃ馬車ごとバラバラにされちまう。


 となると、後は何とか穏便に森に帰って頂く事を願うだけだが、今思うとなんで俺はせっかく拾った命をぶん投げるようなあんな無謀な事をしたんだ?

 俺はそいつに近づいて行って、予備の剣を抜き突き付けた挙句に「てめぇナニモンだ!!」って叫んじまった。


 あれに本気で勝てると思ったんだろうか。


 あれに?


 誰が?


 俺が?


 ふざけんじゃねぇ。マジであの時の俺をぶん殴ってやりたい。




「SUMANAI GA SOTIRA NO KOTOBA GA RIKAI DEKINAI」


 突然、意味の解らない言葉を喋りやがった時は、真面目に心臓が飛び出るかと思った。


 何かとんでもない呪術か魔法の詠唱かと思い、思わず「てめぇ何言ってやがるんだ!?やる気かこの野郎!?」って叫んじまったんだ。


 マジでイカれてたよなあの時の俺。


 直ぐに正気に戻った時、心の底から後悔したぞ。


 まだ心の奥で、俺達を助けてくれたっていう考えがほんの少し残ってたからな。




 どこの国の言葉が分からなかった。


 不思議なイントネーションと抑揚で、今まで色んな町で色んな種族に出会って来たつもりだったがそれでも何言ってるかわからなかった。

 するとアイツいきなりサイクロプスの身体から力ずくでぶっこ抜いた魔石を俺に向かって放り投げやがった。

 魔石は普通は倒した後、死体を解体しながら拾い上げるもんなんだが、魔物の身体の中から生きたまま素手で魔石をぶっこ抜くなんて荒業今まで生きてきて見た事ねぇよ。


 しかも俺に拾え、くれてやるっていう身振り付だ。


 その手も魔石も色んなものがくっついてデロンデロンなのが本気で怖かったんだがな。




 サイクロプスの魔石って言えば、そもそも騎士団クラスの討伐対象だから市場に出回る事なんて滅多にねぇし、売ればかなりの金額になる代物だ。

 街や王都で魔石屋辺りに売り飛ばせば今から帰る俺の集落全員の1か月分か、それ以上の収入になってくれる。

 売らずに持っていても、錬金術や魔道具の素材に使える高級品であって、簡単にやるよって言ってポイと投げつけられるような魔石じゃない。

 意図が全く読めずに戸惑っていると、今度はその場に座り込んで今度は俺にもわかる言葉が聞こえたんだ。


「俺、敵、違う」


 聞き間違いかと思ったが、明らかに俺達の言葉が途切れ途切れで聞こえた。

 すると今度は両手を上げて無抵抗の合図をこちらに向けてきた。


 いやいや、普通ならこっちが両手を上げて降参したいんだよ!


 こっちが降参したら見逃してくれるのか!?


 見逃してくださいマジで。


 この時点で俺はハッキリと僅かながらに希望の光を見た気がした。


 無抵抗じゃなく、こちらに危害を加えるつもりは無い。


 魔石も敵対していないという意思表示なんじゃねーかと。


 マジでこの魔石もらっても良いのか?


 希望的観測なんてもんは冒険者もやってる俺には絶対持ったらダメなんだが、ここまできたら希望に縋ってみても良い、駄目なら死んででも他の奴らの逃げる時間は作る。


 そんな気持ちが沸き上がっていた。




 すると次にコイツから出た言葉は、さっきよりも流暢で強い意志を感じるものだった。


「敵ではない」


 言葉を発する度に言葉が上手くなっていく事と突然、あの戦いの最中にコイツから感じた強烈な意思の様なものを纏った言葉を投げ付けられて、驚いて思わずエコーバードみたいに言葉を返してしまった。

 こいつの緑の眼が強く光るが、それはどこか殺意とかそういった物では無く、別の意味が込められた強い意志に感じてしまった。


「敵ではない?」


 俺の返しに目の前の化物は大きく頷いて更に言葉を投げてきた。


「殺さない」


 この物騒な単語を含む言葉を聞いて、俺はこの時点で腹を括った。


 話し合いが出来るかもしれない。

 この場を生きて切り抜けられる。

 生きて帰る事が出来る。


 まだ終わっちゃいない。


 そう思うと同時に俺は剣を鞘に納めて、更に歩を進めてそいつの前に座る決心をした。

 やつの緑の眼が、俺の全身を観察している。


 今思うとこれがいろんな意味で俺達の運命の分かれ道だったのかも知れないな。




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