第2話 流刑囚の第一歩
― 完全破壊措置までカウントダウン開始 500...499...498... ―
コックピットからスルリと抜け出し、966は新鮮な空気を堪能する間もなく周囲の状況確認を開始した。
身を屈めながら、目まぐるしく視線を動かし、稼働可能なセンサー群が基本的な周辺の環境測定、大気成分のフィルタリング測定、生命体の検知、現状の危険度の数値化等と情報を貪欲に収集し始める。
戦場での作戦行動開始と変わらない行動を即座に行い、即座に稼働率を上げたコアがそれらを処理していく。
小さな爆発音が船体から起こり、一抱え程の大きさの物資コンテナがコックピット後部より射出された。
それを手早く回収すると周囲の中で一番大きく背の高い木に駆け寄る。
木の情報のスキャンを済ませ、手足の鉤爪を木の幹に食い込ませ一気に登り切った。
残された船体からカウントダウンの音声が聞こえる中、コンテナの中身を手早く確認する。
内容は軍支給の耐爆防水仕様の金属ポーチが2個入っているだけ。
空間の無駄遣いが甚だしい。
「馬鹿にしているのか?」
感情の起伏はコアによって現在制御されている筈だが、口から出たのは無意味な只の恨み節。
966が未知の世界に降り立って最初に口にした言葉がこれだった。
生体認証で自動開閉するポーチの中には、1個目には強化改造兵に標準配備される戦闘強化薬や細胞再生促進剤が充填されたカートリッジ。
もう1つには止血剤や包帯、メス等を含む一般兵が持ち歩く救急医療器キットが入っていた。
「無いよりはマシか」
966はそう言って慣れた手つきでポーチを装着する。
物資の中でも特に戦闘強化薬の残量には気を付けなければいけない。
強化薬の主な使用目的は戦闘能力の大幅な向上の為なのだが、ごく微量ながら定期的に体内に摂取しなければコアや肉体の能力低下を引き起こしてしまう。
生命活動には支障はないが、純粋に戦闘能力が落ちるという意味で兵士として致命的だった。
― 3,2,1...完全破壊プログラムを実行します デミフレアナパーム点火 ―
966が先程まで眠っていた船体から眩いばかりの閃光が溢れ出す。
宇宙空間の航行を難無く実現する船体を灰にする程の圧倒的な熱量がコックピット中心から放出され、形成された熱球が瞬間的に船体を包み込むまでに膨張していった。
物資ボックスも同時に焼却処理する為、木の上から投げ入れる。
特に強固な物質で製造されていないボックスは瞬時に灰になり、その欠片すら残さずに消滅した。
その熱球に触れた大気がプラズマ化し、破壊的な爆音が森に響き渡る。
墜落の衝撃か、それとも他の要因か、船体周辺の地面や草木はそれを中心に直径数十メートルの範囲で削り取られている為、延焼を引き起こす事はなかったが、それでも圧倒的な熱量に晒された周辺の木々が徐々に焼け焦げていく。
966の体表温度もコアの計測で一気に3桁を超えている事から、生身の人間だとこの位置に居るだけで全身が焼け爛れるだろう。
966は徐々に小さくなる熱球の熱に晒されながら、完全破壊プログラムの完遂を見届ける。
圧倒的な暴力が吹き荒れる戦場というのは、例え見知らぬ世界とは言えども同じような光景なのだなとふと思考を巡らせた。
熱球が完全に消滅した後に残されたものは、超高温によってガラス化した地面と焼け焦げた周辺の木々、そして完全に白化した船体の残骸。
それもまたそよ風に軽く撫でられただけで、サラリと空中を舞い大空に飲み込まれ消えていく。
使用済みの兵器が辿る末路の一例。
「役目ご苦労」
966はそう呟くと、今後の方針を決めるために行動を開始する。
まずはここから高台のある方向へ向かい、周辺の地形情報を収集後、大気に含まれる未知の成分の解析、周辺に生息する生命体の調査と脅威度の判定。
そしてコアに残されたデータからこちらでの行動方針を決定。
966自身、やってきた事は偵察行動、戦闘行動と簡単な分類で2つのみという単純極まる経験しかない為、行動方針の決定は最重要事項だった。
ただ極刑に限りなく近い刑を言い渡された犯罪人が、辿り着いた先で生存を前提の戦略を練らねばならないという事態をどう収めるのか。
現状、一番コアの演算能力を割かなければならない気がするこの問題は、同時進行で様々な思考を回転させる966にとって、絶妙に噛み合わない歯車を無理矢理組み込んだ機械を見ている様な居心地の悪さを意識に残した。
周辺を見渡しながら移動を開始すると、966は程なくして岩肌が剝きだした高さ80メートル程の断崖絶壁を発見し、崖を見上げ足掛かりになりそうなポイントを視認、距離を計算し身体に力を漲らせる。
腰を落としながら脚の筋肉に力を溜め、最初の足掛かりに向けて跳躍。
全力ではないが一気に20メートル程跳躍し、ポイントに定めた岩の張り出しに手を掛け、握り込む。
そして今度は腕に力を込めて一気に引き上げると、黒い身体は引き絞って放たれた矢のように上方に向けて飛び出した。
仮に失敗して落下し、地面に激突したとしても、966の肉体に損害が発生する事は無い。
難無く崖の登頂に成功した966は高台から周辺の状況を偵察する。
視界に映った映像は例えどんなに細かい情報も即座にデータ化され、コアによって統合、意識内に精密なマッピングデータを作成。
同時に風の向きや温度、湿度、上空を流れる雲の形状、ありとあらゆる情報をもって未だ内容の見えない世界の情報を予想していく。
966の緑の双眸が未知の世界を舐めまわす。
― 周辺データ 取得完了 周辺環境 予測開始 コア出力50% コア演算能力 分配20% ―
「コア出力の分配は環境予測15%とする」
966の行動は全てコアの稼働率と演算能力の割り振りにて実現している。
例えば今開始された環境予測の演算にコアの能力を割り振る形で、その比率によって処理速度が変わってくる。
早く終わらせようとするならば、可能な限り環境予測に演算割合を割り振れば良いのだが、移動等、戦闘状態以外の通常時のコアは稼働率50%を上限とし運用されていた。
現状、何が起こるかわからない状況もあり、最も大きな演算が必要になる戦闘システム関連の十全な稼働余力を残す為、予測演算に大きく演算能力を割り振る訳にもいかない。
多少時間は消費する事になるが、不意の戦闘も考慮し要求よりも少ない15%とした。
― 環境予測 残り5時間36分12秒 ―
意識内に響く無機質なコアの音声に耳を傾けながら、地平線まで広がる森林地帯をズームを駆使しながらつぶさに観察していると、ふとかつて戦場だった地球を思い出す。
環境破壊と資源採取で荒れ果てたあの頃の地球の大地には、こんなに豊かな森林など残っていなかった。
このような光景は、帝国にあった歴史博物館か時折戦場で読んでいた略奪品の書籍の中でのみ見た事がある。
この世界が予想以上に広いのか、それとも人類のような文明をもった生命体が数少ない、もしくは存在していないのか。
いずれにしても、まずはこの世界の主要生命体の発見、それに伴う文化的要素の発見が最優先かも知れない。
あともう一つ気がかりなのは、大気中に数値にして約17%程含まれる正体不明の物質。
定期的に呼吸にて体内に摂取しているが、体内にて何か作用する事も無く、毒性があるわけでも無い。
エネルギーに変換されることも無く、一通り解析した後、大気に吐き戻すという行動を繰り返しているだけで、この物質に関しても、環境予測のデータ解析と合わせて5%ほど演算を割り振っていた。
ただ現段階ではコアも解決予想時間すら提示しておらず、時間が解決する問題では無い事が伺える。
「情報が足りない」
966はそう呟きながら、眼下の森林に目を向けていた。
すると眼下の森林、ここから約4キロ前方の森で1本の木が倒れるのが見えた。
ここからでも十分視認できる程の土煙が舞い上がり、その衝撃と規模の大きさを物語っている。
「現在作業中の演算を全て解除 周辺警戒と身体強化に演算を割り振る 戦闘システム 起動準備」
― 演算解除 戦闘システム 起動準備 戦闘強化薬シリンダー装填 センサー緊急展開 ―
腰を落とし脚部にエネルギーを集中させる。
凝縮されたエネルギーは脚部の筋肉と強化細胞を急激に活性化させ、それを包む脚部装甲は内側から強烈な圧力を受けて、ギシギシと軋み始めた。
「行動開始」
引き絞られた脚力が一気に大地に放たれ、ドズンという振動と共に足先の鉤爪が盛大に地面を抉り取り、966は崖上から文字通り「発射」される。
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