第1章 生体兵器と未知の世界
第1話 生体兵器の再起動
― 次元航行実験船クリスパ05 木星宙域に到達 次元断層突入予定ポイントまでのルート固定 突入準備完了 ―
― クリスパ05 データ収集システム 航行システム 最終チェック完了 ユニット966のコア起動準備に入ります ―
― カウント3,2,1...ユニット966 コア起動信号受信確認 アラガミ5式の起動を確認しました 出力30%を維持 ―
『あー、あー、聞こえるかい966?まぁ意識はガッツリ落としてるから聞こえるわきゃないな。ははは。そんな事はどうでもいい。もう間もなくお前は遠い遠い知らない場所に投げ出される。戻る事の無い旅だがそう悲観する事はないぞ。このワタシが惜しみなくお前を切り刻み、お前もそれを耐え抜いた』
― クリスパ05 エンジン点火 突入開始 安全装置解除 ルート維持 ユニット966 問題無し ―
『思う存分やらせてもらった。もし万が一、その向こうにある星なんかに生きて辿り着いたらワタシの成果を確認し歓喜で震えてくれ。まぁ正直な所、お前の運命等には微塵も興味が無い。これからワタシがお前の身体を蹂躙している記録映像を見返しながら酒でも楽しむとするよ』
― クリスパ05 イオンエンジン 最大出力 噴射開始 次元断層突入面に接近 カウント5,4,3,2,1 突入開始 ―
― ユニット966 重力異常による負荷増大 生命維持システム緊急展開 コア出力45% 50% 55% なお上昇中 ―
― クリスパ05 次元断層内航行中 データ送信継続中 送受信可能限界まで残り18秒 確認限界点 突破します ―
『おお、頑張るね。それで...そ...ワタ...せいぜ...良...を...ガザザ...ザ...』
― 航行支...テム 異...生 緊...開... 船...負荷...報... ―
― コア出力最大 生命維持システム 最大展開 強化薬投与 要求 ―
数年ぶりに味わう「寝ぼけ」の感覚に966はふと人間だった頃を思い出す。
数分前、不意に意識が開けるも感覚器官は全てブラックアウトを継続、試してみるも身体を動かす事も叶わなかった。
コアはセーフモードながらも問題なく稼働している事を確認すると、アラガミの再起動要求と自身が搭乗しているであろう船の管理システムにアクセスを試みる。
意識の中に浮かぶコンソールにエラーの文字が大量に流れている事、そして意識を閉じている間に記録されているデータを一部照合した結果、予定通り刑が執行された事が判明した。
意識を絶たれてから、どれくらいの時間が経過しているのか。
ただ船体の管理システムからの応答が未だ得られず、外部の状況は一向に掴めない。
少なくとも、自身はまだ生きているという事実を踏まえて、966は意識の届く範囲から順番に対応を開始した。
どうやら966を運んでいた船体はかなりの損傷を受けているらしく、復旧不可能な程に損傷した箇所が相当数ある事がわかる。
管理システムも致命的な損傷を回避するべく緊急シャットダウンを行ったようで、復旧と一部修復に管理者権限でのアクセスを求めてきた。
― システム復旧と再起動に管理者権限でのアクセスが必要です 管理者にアクセスを要求 NO DATA 再度管理者にアクセスを試みます NO DATA ―
― 再度管理者にアクセスを試みます NO DATA 管理者へのアクセス復旧の可能性 極低 クリスパ05管理システムの管理者権限の委譲を提案します 管理者権限のオーバライドを承認しますか? ―
「管理者権限のオーバーライドを承認する」
966が管理者権限を受け取ると、今まで赤く閉ざされていたシステムのゲートが青く変わり、いくつものコンソールが展開される。
― 管理システムよりアラガミ5式改の起動コード送信しました アラガミ5式改 再起動中 ―
― 生体機能安定材の投薬中止 シリンダーカートリッジ 戦闘強化薬 充填開始 ―
管理システムがアラガミの起動権限を保有していたらしく、管理システムと並行してアラガミも起動準備に入った。
コアの稼働率が上昇し、僅かながらではあるが徐々に体内にエネルギーの循環し始めるのを966は感じ取る。
幾つかの機能がまだリカバリー状態ではあるものの、966の感覚器官が稼働を開始、ようやく現在の状況が見え始めてきた。
966の肉体はコクピットと思しき空間に半ば無理やり押し込められた形で鎮座、大小様々なチューブで接続固定されている。
管理システムの情報より、この船体がほぼ復旧不可能なレベルで損傷、コックピット部分を含む前方部が引き裂かれる形でどこか不明な場所に墜落しているらしい。
エンジン部分で構成される後方部は、記録から推察するに既に墜落前の次元断層航行の途中で喪失している事が判明した。
現段階での情報では船外の大気成分は一部不明であるものの、地球の大気成分に近似した構成であり、その他気温や放射線量等も致命的な数値では無いようだ。
「船体からの接続離脱を要求」
身体の動作感覚が戻って来たのを確認し、966は解放を要求した。
― 被検体No.966の要求を承認します ケーブル接続解除 船外脱出の為に船体保護シールド解除します ―
― 船体記録データの保管完了 クリスパ05より作戦本部へデータ送信開始...送信エラー データ送信開始...送信エラー 送信データを緊急措置にて被検体No.966に格納保存を開始します ―
966の頭の奥に鋭い感覚と熱を感知し、この場で上位権限を持つ管理システムから問答無用で大量のデータが放り込まれてくる。
― 送信データ内容の一部は第1級秘匿コードにより保護されています データ移送完了を確認 最終チェック 船外シールド解除準備...シールド解除します ―
船体が振動、キャノピーを覆っていたシールドが解除され、目の前に映し出されたのは、鬱蒼と茂る深い森。
小さな金属音が背中から響き、次々とチューブが外され、966が抑制から解放された。
狭い空間内で黒い外骨格に覆われた身体を捩る。
次に人間の手よりも二回りほど大きく、凶悪にも見える程に発達させた両手を見つめ、握って開く。
先端が鉤爪のように鋭い形状をしている手足の指を1本1本ゆっくりと動作させ感覚が行き渡っている事も確認した。
意識を失う前には装着されていなかった戦闘用ヘルメットと顔全面を隙間無く覆う防護マスクも既定の位置に装着されていた。
これらの
装備に内蔵された各種センサーが、接続された頭部を介してコアに情報を伝達、それらの情報をコアが演算、情報処理を行い最適な運用を実現していた。
融合強化外骨格と同じ素材で製造されている事から、言うまでも無く防御力は非常に高い。
― アラガミ5式 起動完了 コア稼働 問題無し ―
男性の声を模した低音のマシンボイスがコアからの報告を意識内で読み上げると、アラガミの目覚めを表すように、マスクに付いた丸眼鏡のような二つのセンサーアイがぼんやりと淡い緑色に光り始める。
その脇にある昆虫の単眼の様な小さなセンサー群も同様に点滅を繰り返しながら小さな光を次々と宿していった。
― 頭部センサー群 音響センサー 動態センサー 作動不能 復旧見込み 無し ―
― ユニット966 情報収集機能 問題無し センサー拡張機能 該当センサー 作動不能 機能停止 ―
墜落の影響か、ヘッドパーツに内蔵されていた各種センサーの一部に損傷が発生したようだ。
966自体も常人とは比較にならない感覚機能を持ち合わせているが、これらのセンサー機能はヘッドパーツによって機能が拡張されて、コアに伝達されている。
広範囲での情報収集能力がかなり制限されるという事だ。
それに続く形で管理システムが流れるようにメッセージを流した。
― 船外周辺に動態反応無し 周辺大気成分に判定不明の成分を確認しました 危険度はD⁻と判定 被検体No.966の生命活動に問題なしと判断します ―
― 現段階での外部情報では完全な安全性を予測不可能です。防護マスクの装着維持を推奨します ―
― 管理システム及びクリスパ05の継続的な状態維持は困難と判断 機密保護プログラムに基づきデミフレアナパームによる船体及びシステムの完全破壊措置を実行します ハッチ解放後猶予500秒カウントダウン ―
― 物資コンテナの使用を許可 回収後速やかな退避を推奨します ―
「ハッチ開放 船外脱出」
― ハッチ開放 完全破壊プログラム実行 カウントダウンを開始します ―
ハッチが作動し、コックピット内部に未知の世界の空気が待ち焦がれたように流れ込んでくる。
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