異世界ラストクルセイド

黒堅ケトル

第0話 鹵獲兵器への判決

「被告人は有罪。第1級戦犯として人権消費型人体改造実験の被験者として使用した後、未到達宙域への有人次元航行実験の生体部品として消費するものとする。なお生還は一切認めない」


 通常の人間の致死量を大幅に超える筋弛緩剤を投与され、更に全身を頑強な拘束器具で固定、台車に乗せられた男に刑が告げられる。


 その判決を受け取る為の聴覚以外の感覚は全て遮断され、意志の伝達はその脳内信号を変換、簡略化された文章が裁判官の前に浮かぶモニターに投影するのみだった。


 そんな男に対し一方的に言い渡された判決は、対象を人として扱う事の無い人体実験の材料になる事、そして限りなく極刑に近い「流刑」だった。


「ただし、戦場より帰還した我が連邦軍の上級士官2名から刑の僅かな軽減を要望する嘆願があった。これらを精査した結果、これを考慮するものとし、被告人への刑罰として課せられる改造手術において肉体的苦痛を最大限軽減する事でその嘆願に報いる事とする」


 目の機能が奪われている男の表情は微動だにせず、その与えられた僅かな温情にもモニターが反応する事は無かった。




 

資源が枯渇し始めた地球において、生存競争に勝利する為に地球人口の約半分をまとめ上げた、アジア圏多民族統一国家「タオティエ帝国」


 そしてそれに対抗するべく樹立されたアメリカ欧州連合国家群「アーサー連邦」


 2極化した世界大戦はその規模を宇宙規模にまで発展させ、互いに追い詰められた戦局と戦争という舞台が生み出した負の遺産と狂気、無尽蔵に消費される資源、そしてその果てに膨大な数の命と人権が咀嚼され、それが大幅な技術進歩を促した。


 今、拘束され裁判を受けているタオティエ帝国所属の軍人だったこの男も人権消費の極致とも呼ばれた帝国の人体改造手術が施されていた。

 生きた人間を素体パーツとして利用するという帝国が選択した兵器製造方針。


 この人体改造技術は通称「アラガミ」と呼ばれ、身体能力の大幅な強化から始まり、睡眠や食事、状況によっては呼吸すらも必要としない身体を実現する。


 人体の主要な内部構造はコアと呼ばれる物に集約し置き換えられ、生命維持や免疫能力、思考処理能力の強化、改造強化された細胞によって増大した筋力と頑強な内部骨格を集中管理を行う。

 コアの機能によって記憶や経験、技術は全て情報化され、バックアップや共有化すらも可能とした。


 融合強化外骨格と呼ばれるこの漆黒の全身装甲は、アラガミ5式強化人間に装着され、生物学的に装着者の肉体と完全に融合し、文字通り肉体と一体化する。


 生物工学や兵器工学、その他様々な技術を結集されたこの全身装甲は、アラガミの戦闘システムとコアの演算処理によって中途半端な破壊力の攻撃等はいとも簡単に無効化するほど。


 コアを経由した指令による思考制御や作戦行動の遠隔操作、感情抑制、強烈な殺戮衝動の発現等から始まり、兵器としての運用を前提とした人道無視の設計思想。

 普通の人間では知覚出来ない程の速度で動く運動能力と同時に反射神経も人間のそれを大きく凌駕する狂戦士。


 加えて例え四肢や頭部が一部欠損しても、身体に幾つもの穴を穿たれても時間をかければ再生し、場合によっては即座に戦闘行動を強制的に再開させる程の細胞活性能力。


 そして切り札として戦闘強化薬と呼ばれる薬剤を体内に注入する事により、自身の肉体が再生が間に合わず崩壊する程の圧倒的な暴力を発生させ、戦場に恐怖と地獄を振り撒いた。


 一度戦線に投入されれば、命令次第で敵味方識別信号に反応の無い者は軍民問わず無差別にその命を叩き潰し、敵はおろか味方でさえも震撼させる血みどろの戦いを繰り広げる。

 

 敵に対する大量殺戮と破壊を目的として生み出された改造人間。

 命令のまま戦場に暴力を叩き付ける兵器。


 そんな男に対して裁判を執り行う事自体が、最大限の慈悲だったのかも知れない。


 彼は“人”では無い。

 ただこの時だけは“人”として扱われていた。


 この兵器を使っていた者達は既に“人”として自らの手でこの世を去り、残された者達が全ての咎を背負う。

 “末路”や“成れの果て”という言葉が最も似合う存在だった。





 そのような男に下された判決は、決して帰る事の無い死出の旅。


 それでも男は感情を外に出す事も無く、また精神を乱す事無くその判決の言葉を耳に通す。

 

「この判決をもって現時点で被告人は【改造被検体 No.966】と呼称を改め、準備が出来次第、即座に刑を執行するものとする。被告人、最期に何か言い残す事はあるか」


 そう告げられ男は、声のする方向に顔をわずかに振って応えた。


 ― 特に言い残す事は何もない ―


 裁判官の目の前のモニターに、呼称を書き換えられた男から変換されて送られてきた、短く簡潔な言葉が打ち出された。





 男はこれから更なる改造手術を受け、もはや微塵も人間とは言えない身体になった後、果ての無い暗い宇宙に投げ出される。

 次元航行実験にてそのままあっさりと消滅するのか、永遠とも言える時間をかけてその身を引き裂かれるのか。


 それでも男は反省する事も無く、振り返る事も無く、後悔も無い。


 拘束された男が震える銃口を突き付けられながら運ばれた先に待ち構える厳重に閉鎖された扉。

 それとは裏腹に軽やかに、無機質な音と共に扉が開き、その先には数人の技術者と機械に囲まれた手術台らしき物が所狭しと並んでいた。


「やぁニンゲンモドキ君。待ちに待った機会が訪れてくれたんだ。早速始めよう。股座が濡れ疼くほどにワクワクしているよ。君はワタシの望みををどこまで叶えてくれるのだろうか」


 白衣姿で棒付きキャンディを舌で弄ぶ女性研究者が歓びを隠し切れずに男に話しかける。


 彼女の指示で周囲の研究者が動き出し、様々な機器類の作動音が部屋に鳴り響いた。


「判決の通り、君には一切の苦痛は与えられない。この手術の耐えがたい苦痛こそ最後の贖罪の機会だというのに本当に残念だよ。でも安心したまえ。死ぬことは許さない。例え君が醜悪な肉塊に成り果てても死なせはしない。君はワタシの想いをどこまで受け止めてくれるのだろうね」


 男は反応しなかった。


 そして手術台に乗せられて、身体に機器類が装着されていく。


「よし、おっ始めよう。そして願わくばそのおぞましく醜悪な身体をもってワタシの最高傑作になってくれ」


 その瞬間、僅かに稼働していたコアが停止、アラガミと共に男は完全に意識を絶たれた。

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