異世界ラストクルセイド

黒堅ケトル

プロローグ

「被告人は有罪。第1級戦犯として人権消費型人体改造実験の被験者として使用した後、未到達宙域への有人次元航行実験の生体部品として消費するものとする。なお生還は一切認めない」


 通常の人間の致死量を大幅に超える筋弛緩剤を投与され、更に全身を頑強な拘束器具で固定、台車に乗せられた男に刑が告げられる。

 当然ながら鹵獲時に頭部を覆っていた頭部追加装甲や戦闘用ヘルメットバトルヘル等の身体装備も根こそぎ没収され、顔面を含めて数少ない肌の露出した箇所に走る鹵獲時に追った傷も、乱雑な治療措置が施された上で包帯が巻かれていた。


 古傷が多数走る首には、後頸部にある外部端末接続用のポートから強化人間システムの強制停止信号を中枢に送り続ける拘束用の首輪が嵌められ、殆どの身体機能を落とされている。


 判決を受け取る為の聴覚以外の感覚は全て遮断され、意志の伝達はその脳内信号を変換、簡略化された文章が裁判官の前に浮かぶモニターに投影するのみだった。


 静かに佇むその姿は、白い拘束器具とは対照的に全身を隙間なく覆う黒い装甲が硬質な体表面が光を反射していたが、よく目を凝らすと柔軟な印象を与える関節部を中心として全身に細かな傷が見えた。

 これは戦場の傷跡では無く、裁判時の安全策でその黒い装甲を排除しようとした技術者の努力の痕跡。


 装着者の身体に生物学的に融合し二度とその身体を離す事の無い、一体化した黒く禍々しい輝きを放つ強化外骨格。

 ただそれも僅かな引っかき傷を残すのみ。

 そして機能が回復すれば、時間経過で再生する。


 その痛々しくも見える姿に向けて周囲から向けられるのは、哀れみでは無く、憎悪と恐怖。

 敗戦国の戦争犯罪人に弁護士など付く筈もなく、その代わりに脇を固めるのは完全武装のパワードスーツに身を包んだ兵士。

 そんな男に対し一方的に言い渡された判決は、対象を人として扱う事の無い人体実験の材料になる事、そして限りなく極刑に近い「流刑」だった。


「ただし、戦場より帰還した我が連邦軍の上級士官2名から刑の僅かな軽減を要望する嘆願があった。これらを精査した結果、これを考慮するものとし、被告人への刑罰として課せられる改造手術において肉体的苦痛を最大限軽減する事でその嘆願に報いる事とする」


 目の機能が奪われている男の表情は微動だにせず、その与えられた僅かな温情にもモニターが反応する事は無かった。




 環境破壊や人口爆発による資源の枯渇に窮した地球における国家資源戦争は、今や太陽系内に留まらず、他星系にまで及ぶ勢いの状況になっている。

 

資源が枯渇し始めた地球において、生存競争に勝利する為に地球人口の約半分をまとめ上げた、アジア圏多民族統一国家「タオティエ帝国」


 そしてそれに対抗するべく樹立されたアメリカ欧州連合国家群「アーサー連邦」


 2極化した世界大戦はその規模を宇宙規模にまで発展させ、互いに追い詰められた戦局と戦争という舞台が生み出した負の遺産と狂気、無尽蔵に消費される資源、そしてその果てに膨大な数の命と人権が咀嚼され、それが大幅な技術進歩を促した。


 より多くの人命を奪う為に発達した人体強化改造技術。


 どこまでも遠くに貪欲に資源を貪る為に開発された長距離次元航行技術。


 今、拘束され裁判を受けているタオティエ帝国所属の軍人だったこの男も人権消費の極致とも呼ばれた帝国の人体改造手術が施されていた。

 物資不足、コスト削減というただそれだけの理由で、国民を、生きた人間を素体パーツとして利用するという帝国が選択した兵器製造方針。


 この人体改造技術は通称「アラガミ」と呼ばれ、改造度が低い「アラガミ1式」から最高改造度の「アラガミ5式」まで存在していると言われていた。

 身体能力の大幅な強化から始まり、睡眠や食事、状況によっては呼吸すらも必要としない身体。


 改造度が深まるにつれ、その改造項目が増えていく。


 人体の主要な内部構造はコアと呼ばれる物に置き換えられ、生命維持や免疫能力、思考処理能力の強化、改造強化された細胞によって増大した筋力と頑強な内部骨格。

 コアの機能によって記憶や経験、技術は全て情報化され、バックアップや共有化すらも可能とした。


 そしてそれを覆い、護り抜く黒い装甲。


 融合強化外骨格と呼ばれるこの全身装甲は、アラガミ5式強化人間に装着され、生物学的に装着者の肉体と完全に融合し、文字通り肉体と一体化する。

 生物工学や兵器工学、その他様々な技術を結集されたこの全身装甲は、アラガミの戦闘システムとコアの演算処理によって中途半端な破壊力の攻撃等はいとも簡単に無効化するほど。


 ただし生身の肉体と外骨格の生物学的な融合時に莫大な負荷がその身を襲い、未強化の人間であればものの数分で死に至る。

 身体を書き換え、別の細胞で再構成するというこの狂気の改造手術は、現段階でこの肉体負荷に耐えた上で更に生還する為にはアラガミ5式強化改造が必須かつ、それでも高確率で負荷に耐えきれず落命するという結論に至っている。


 こういった背景からアラガミは非人道的改造手術の最高到達点と言われていた。


 コアを経由した上位指令による思考制御や作戦行動の遠隔操作、感情抑制、強烈な殺戮衝動の発現等から始まり、兵器としての運用を前提とした人道無視の設計思想。

 普通の人間では知覚出来ない程の速度で動く運動能力と同時に反射神経も人間のそれを大きく凌駕する狂戦士。

 加えて例え四肢や頭部が一部欠損しても、身体に幾つもの穴を穿たれても時間をかければ再生し、場合によっては即座に戦闘行動を強制的に再開させる程の細胞活性能力。


 そして切り札として戦闘強化薬と呼ばれる薬剤を体内に注入する事により、自身の肉体が再生が間に合わず崩壊する程の圧倒的な暴力を発生させ、戦場に恐怖と地獄を振り撒いた。

 戦争末期、経済的な疲弊が色濃くなった帝国がそれらの運用に限界を迎え、半ば戦場でその亡骸を打ち捨てられていた哀れなアラガミ5式改造兵を連邦が鹵獲に成功。


 何としても戦況を覆そうと試みた帝国の捨て石、特攻作戦の末路である。


 回収し調査目的で解剖した軍医や研究者は、一様に顔色を変えながらレポートにこう書き残した。


 ― これを人間と呼んで良いのか判断が出来なかった。あれを人間と呼ぶならば人間という単語の再定義が必要になってくるだろう ―


 更に研究者を震撼させたのは、生命活動が完全に停止しているにも関わらず、一部の細胞は薬剤を投与すれば再び身体の再生を目指して活動を開始し始めたのだ。

 報告を読んだ軍上層部や参謀本部は、その人体改造の正体に「狂気という言葉すら生温い。狂気を超えた何か」と評した。


 一部の軍の中では、戦争終結後、生きたまま鹵獲した改造兵をそのまま連邦の技術で上書きし運用しようという動きが出たが、研究途中に取り扱いを誤った技術者によって被検体が暴走、その場にいた施設関係者十数名を瞬く間に殺害、その果てにコアを暴走させた自爆攻撃によって研究所の一部が壊滅するという凄惨な事故が発生。


 そしてこの大きな被害を生んだ問題の被検体がアラガミ5式ではなく、まだ取り扱いが安全と言われていた3式であったことから、軍上層部は改造レベルに関わらずアラガミは厳重管理下において、必要な研究、データ収集、人体実験が完了次第、完全廃棄の方針を固めた。




 そのような背景の中、この男に下された判決は異例とも言えたのかも知れない。


 ただし内容は決して帰る事の無い死出の旅だった。


 それでも男は感情を外に出す事も無く、また精神を乱す事無くその判決の言葉を耳に通す。

 ありとあらゆる手段でアラガミの能力は抑制され、身動きすら出来ない程に力を奪われた虜囚。


「この判決をもって現時点で被告人は【改造被検体 No.966】と呼称を改め、準備が出来次第、即座に刑を執行するものとする。被告人、最期に何か言い残す事はあるか」


 そう告げられ男は、声のする方向に顔をわずかに振って応えた。


 ― 特に言い残す事は何もない ―


 裁判官の目の前のモニターに、呼称を書き換えられた男から変換されて送られてきた、短く簡潔な言葉が打ち出された。


「そうか。せめてもの償いとして我々の役に立ってから果てよ。もっともお前の罪はこれ如きで償いきれるものかどうかはわからんが」


 その言葉が閉廷の合図となり、男は銃を兵士に突き付けられながら法廷から運び出される。

 判決が下された虜囚に銃を向ける兵士の銃口が震えていた。

 それは目の前の封じられたアラガミへの恐怖か、それとも仲間を殺された憎悪によるものか。




 男はこれから更なる改造手術を受け、もはや微塵も人間とは言えない身体になった後、果ての無い暗い宇宙に投げ出される。

 次元航行実験にてそのままあっさりと消滅するのか、永遠とも言える時間をかけてその身を引き裂かれるのか。


 それでも男は反省する事も無く、振り返る事も無く、後悔も無い。


 拘束された男が震える銃口を突き付けられながら運ばれた先に待ち構える厳重に閉鎖された扉。

 それとは裏腹に軽やかに、無機質な音と共に扉が開き、その先には数人の技術者と機械に囲まれた手術台らしき物が所狭しと並んでいた。


「やぁニンゲンモドキ君。待ちに待った機会が訪れてくれたんだ。早速始めよう。股座が濡れ疼くほどにワクワクしているよ。君はワタシの望みををどこまで叶えてくれるのだろうか」


 白衣姿で棒付きキャンディを舌で弄ぶ女性研究者が歓びを隠し切れずに男に話しかける。


 彼女の指示で周囲の研究者が動き出し、様々な機器類の作動音が部屋に鳴り響いた。


「判決の通り、君には一切の苦痛は与えられない。この手術の耐えがたい苦痛こそ最後の贖罪の機会だというのに本当に残念だよ。でも安心したまえ。死ぬことは許さない。例え君が醜悪な肉塊に成り果てても死なせはしない。君はワタシの想いをどこまで受け止めてくれるのだろうね」


 男は反応しなかった。


 そして手術台に乗せられて、身体に機器類が装着されていく。


「よし、おっ始めよう。そして願わくばそのおぞましく醜悪な身体をもってワタシの最高傑作になってくれ」


 その瞬間、僅かに稼働していたコアが停止、アラガミと共に男は完全に意識を絶たれた。

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