エピローグ

 東雲しののめの山林の中で、男は巨木の裏に身を潜めていた。辛うじて砂利で整備された山道を見据えて、目標の出現を待っている。

「来た……」

 男の目線の先には、近付いてくる荷馬車の姿があった。馬車の積荷は、各地へと配給する食糧に違いない。

 腰に佩いた得物を抜き、男は刀身に舌を這わせた。高鳴る鼓動が胸を打つ。馬車が通り過ぎるのを待ち、息を殺して荷台の背後に身を躍らせた。

 そして積荷を奪うべく、男が太刀を構えた時だった――。

「――止まれ」

「――――!」

 背後から声を掛けられ、男は身を硬直させた。

 声の主は、目と鼻の先まで近接している。足音を立てることなく砂利道を歩き、気配なく男の背後を取ったのだ。明らかに只者ではない。

 男は振り返ると同時に、手に持つ太刀を横薙ぎに振り抜いた。

 しかし、男の斬撃は空を切った。身構えて背後に立つ者の姿を確認すると、なんとその正体は小柄な少女であった。

「なんだ、子どもか……驚かせやがって……」

 少女は黒髪を風に靡かせ、男の眼をじっと見据えている。

 少女の紅い瞳を見ていると、男は背筋が凍る感覚に襲われた。

「……お主、廃刀令違反だ」

 そう言って、黒髪の少女は男に一歩近付いた。

 すると男は高速で飛び退り、少女との距離を取った。男は黄の妖気を身に纏い、身体をパチパチと帯電させている。

「お主、妖憑なのか? 一石二鳥だ。安心しろ、わしが憑き物を落としてやる」

 黒髪の少女は、錆びた脇差を抜いた。

 少女を取り巻く黒い靄が、次第に辺りを覆い尽くしていく――。


    ◇


 戦火に焼かれた十二国の跡地を統合し、佐越は宏闊な領地を手にした。

 今回の事変の首謀者である太刀川刀乃と大嵐荒士、かつての修羅狩りである二名は重責に押し潰されていた。二人は自ら死刑を求めたが、士隆はこれを拒否した。二人の幕府への忠誠心を買い、自国の修羅狩りとして雇い入れたのだ。

 黒斬刃、水姫雫玖、神楽詩音、磐座大地、太刀川刀乃、大嵐荒士――以上六名を佐越の修羅狩りとして登録した。佐越は日輪が誇る、比類なき武力を得ることとなった。

 雫玖の進言により、士隆は諸各国に二つの通知を流した。新たな修羅狩り契約と、領地拡大による新体制の発足。それから、領民に紛れる殺し屋の存在を世に警告した。他国に知らせを送ることは、倒幕以降で初の試みであった。

 雫玖の智略が功を奏し、日輪に現存する大半の国が佐越に同盟を申し出た。その数――なんと五百七箇国。各地の領主は乱世に疲弊し、限界間近であったようだ。どこかの国が天下を取ってくれと、心中では強く願っていたのだ。結果として武力の傘に頼る形となったが、修羅狩りの後ろ盾は絶大な効力を発揮した。士隆が同盟国の保護を約束したことで、佐越はいつしか日輪の中心となっていった。

 だが佐越の領主――神代士隆は、壟断を望まなかった。同盟国との議論の場を設け、各地の領主と隔意のない意見を交わした。

 そうして、規範となる式目を各地の領主と共に作り上げた。共通の理念は、武力衝突の回避。もう二度と戦禍を繰り返さないという誓いを立て、同盟国はこれに同意した。武家政権は幕を閉じ、新たな時代の暁鐘が鳴り響いたのだ。

 そうして可決されたのは、主に三つの法案だ。

 まず一つ。生命、財産の保護。

 暴行、殺生、窃盗、あらゆる蛮行を禁じた。この法案には廃刀令も含まれているが、修羅狩りのみ当該法令から除外されている。

 そして二つ目に、戸籍の登録。

 主な目的は領民の保護だ。まだ殺し屋が領地に隠れている可能性は充分にある。同盟国を含む全領民に登録を義務付けることで、殺し屋は鳴りを潜めるどころか殺し屋稼業から足を洗うこととなった。

 更に、日輪には異形なる妖怪も存在している。士隆は妖怪との共生を目指した。妖怪と禍月は似て非なる存在であり、清い心を持つ者もいるという。心を通わせられる者には人権を与え、人間と同様に戸籍の登録を行った。

 そして三つ目に、禍月との断絶だ。

 禍月との契約を禁じ、妖憑は幕府への報告義務を負った。もう二度と禍月の思念体を顕現させないために、刃による妖憑の浄化を行った。


 佐越が修羅狩りという武力を保持していることに対して、同盟国からの反発は一切なかった。廃刀令による接収を受け入れ、修羅狩りの帯刀をあっさりと認めたのだ。修羅狩りは護りの要であり、侵攻のための力ではない。刃達の奮闘が実を結び、修羅狩りの功績を誰しもが認めていたのだ。

 しかし、殺し屋の暗躍は完全に治まったわけではない。今も尚、領外には無法者が彷徨いている。よって、広大な領地の境界に城塞を築く必要があった。

 いざ出番だと、刃は意気揚々に膠泥を練っていた。しかし大地の妖術により、城塞はいとも簡単に完成してしまった。使いどころのない膠泥が徐々に固まっていく様を見て、刃はしばらく落ち込んだという。

 そして国交は復活し、同盟国は豊かな生活を送れるようになっていた。同盟に二の足を踏んでいた国も、続々と佐越の傘下に加わった。同盟国が増えるにつれて、殺し屋の存在は淘汰されていった。赫奕たる未来への道程で、殺生を生業にできる時代ではなくなっていったのだ。


 修羅狩りの肩書は絶大な人気を博し、腕に自信のあるものは軒並み修羅狩りを志した。あまりに多い志願者の数に、修羅狩りの下部組織を結成する運びとなった。

 初期の構成員である六名を特等修羅狩りとし、特等による志願者の審査を行った。実力に応じて等級を分け、順に一等、二等と、修羅狩りの人員が増員された。任務の危険度に応じて、振り分けられる仕事を等級で区別した。

 新体制となったことで、修羅狩りの仕事は多岐に渡ることとなる。膂力と体力を当てに便利屋として仕事を頼まれることも多かったが、特に重要な仕事は大まかにわけて六つである。

 一つ目は、領主――神代士隆の護衛。

 神都幕府と同じ轍を踏むわけにはいかない。必ず特等修羅狩りを一名、士隆の護衛に付けた。

 二つ目は、出生児の確認。

 生まれた子どもを管理し、修羅狩りの手で妖力の有無を調べ上げた。妖力が確認できれば、その一族は修羅乃子の定期報告義務を負う。そして親族の同意の下、子どもは修羅狩りになるための教育が行われることとなる。その力を――正しく使うために。

 三つ目は、殺し屋の始末。

 捕えた殺し屋を佐越の一画に住まわせた。殺し屋の大方は、貧困が理由で殺しに手を染めた者だ。一般的な生活を送らせて、戦いを忘却の彼方に消し去るのだ。改悛が見込めない者は死罪となる場合もある。処刑も修羅狩りの職務だ。

 四つ目は、領外の視察。

 佐越との国交がない国は、殺し屋が根城にしている可能性が高い。独立国家を貫くというのなら、それはそれで構わない。しかし、同盟国に被害が出る可能性を排除しなければならない。

 五つ目は、同盟国の巡回。

 殺し屋の脅威は完全に消え去ったわけではない。逸早く通報に対応できるよう、幾日か同盟国に駐在した。各地を転々とし、修羅狩りの存在を世に知らしめた。

 最後に六つ目、妖憑の解放。これは黒斬刃の管掌だ。

 式目制定後、各地から続々と妖憑が名乗り出た。そして刃の妖術により、禍月の思念体を封じ込めた。中には殺し屋も数多く混じっていたが、仮借して兇状を咎めることはしなかった。

 これらの仕事を、主に特等修羅狩りの六名で分担した。忙しない日々が続いたが、全く苦ではなかった。求めていた和平が叶ったのだ。皆が遣る気に満ち溢れ、活気良く職務に従事していた。


    ◇


 燦々と照り付ける太陽の下、涼やかな風が肌を撫でる。四名の少女は河川敷に寝そべり、蒼穹を泳ぐ雲を眺めていた。目を閉じて、静穏な時間を楽しんでいる。

 忙殺されている少女達を気に掛けて、士隆が休暇を与えたのだ。

 詩音は身を起こし、隣で寝そべる刃に尋ねた。

「荒士と刀乃、彼らはどこへ行ったのでしょうか……?」

 刃は詩音の問いに、目を閉じたまま答えた。

「荒士は士隆に付いておる。刀乃は通報を受けて出動したらしいぞ。物資の輸送中に野盗の襲撃を受けたとか何とか……」

「そうですか……。彼らを信用してもよいのでしょうか……」

「ん? いいんじゃないか? あ奴らの和平を望む姿勢は紛れもなく本物だ。亡国に縛られ、大切なものを見失っておったがのう。馬鹿だが素直な奴らだ。今では妖魄の保護に目を向け、身を粉にして働いておるぞ」

「そうですか。よかったです。これからは同僚ですものね。仲良くできるかな」

 物事は捗々しく進展している。貧困は解消され、人々の笑顔をよく見るようになった。式目の発令もあり、他者を信用する心を誰もが持てている。

 詩音は再び空を見上げた。喜びを噛み締めていると、自然と口元が緩んでいた。

 その清々しい詩音の笑顔を、隣の刃にバッチリと見られていた。急いで顔を背けた詩音だったが、刃は詩音の頬を捏ね繰り回した。

「詩音、何を笑っておるのだ?」 

「き、気付かない振りをしてくださいよ!」

「わかるぞ、詩音。平穏を喜んでおったのだろう? わしらが揃えば、天下無敵だ。もう敵となる者はおらぬ。遂に乱世は終わったのだ」

「初めから協力をして、皆で一国に仕えればよかったのではないですか?」

「…………」

 詩音の言葉に、頬を捏ねる刃の手がピタリと止まった。

「そ、それはのう……」

 苦い顔をして押し黙る刃を見兼ねて、代わりに雫玖が詩音の問いに答えた。

「一度はそういった案もあったのよ。でも刃ちゃんと大ちゃんが大喧嘩をしたお陰で、それが叶うことはなかったわね……」

「そうですか……。どうして喧嘩をしたのですか?」

 刃は空を見上げ、記憶を辿っていた。しかし、思い当たることがない。

「何であったかのう……。大地、覚えておるか?」

「知らねぇよ。そんな昔のことは忘れちまった」

「どうせ、つまらない理由でしょう? 孤児院にいた時は、二人でよく喧嘩をしていたものね」

 つまらない理由だと言われたが、二人は雫玖に反論ができなかった。

 食事の取り合いや寝相の悪さなど、本当に些細なことでよく喧嘩をしたものだ。二人の相剋の歴史は、思慕の念よりも含羞の色ばかりであった。

「ま、まぁ十中八九、こ奴が悪かったのだろう」

「てめぇとは相容れねぇな。決闘なら受けて立つぜ?」

「あなた達……そういうところじゃないかしら……」

 雫玖は呆れて手を広げ、これから始まるであろう小競り合いを止めようとはしなかった。予見通り、大地は寝返りを打つふりをして、刃の顔を目掛けて裏拳を放っていた。刃はそれを易々と片手で受け止め、返す刀で大地の拳に齧り付いた。

「痛ぇ! 何すんだ!」

「わしの勝ちだ。出直してこい」

「また始まっちゃいました……」

 詩音は大地を恐れなくなっていた。詩音にとって初対面の大地は恐怖そのものであったが、今では会話が成立する程度には打ち解けている。

 強大な敵を相手に共闘したことで、粗暴な言動に隠された人情の厚さに気付かされたのだ。燬坐魔の思念体との戦いでは、何度命を助けられただろうか。あの時、大地の支援なくして勝利は有り得なかったことだろう。主に刃に向けられている大地の暴力行為も、今では微笑ましいものとなっていた。

「ふふふ、二人の喧嘩も見慣れてしまいましたね」

「うるせぇよ、詩音。てめぇもやっちまうぞ」

「………………」

 大地の恫喝を聞いた詩音は、ある違和感を見付け出した。

 そうして詩音はガバッと跳ね起き、大地の顔をじっと凝視した。

「な、何だよ、詩音。見るなよ」

「……今、初めて『詩音』って名前で呼びましたね? 嬉しいです! 大地さん、わたしを認めてくれたのですか?」

「う、うるせぇ、チビッ子。そういうことはサラッと流すものだろうが……」

 痛いところを突かれた大地は、忸怩たる思いを胸に顔を背けた。

「大ちゃん、照れているの? その可愛い顔を詩音ちゃんに見せてあげなさい」

「うるせぇ触んな!」

 大地が危惧した通り、雫玖が茶化してくるのだった。


 ――そうして時は流れ、同盟国は統合されていった。

 地名は本来の意味を取り戻し、日輪はまた一つの国となった。隆盛を誇った佐越を都として定め、日輪の中心として機能させた。

 そして修羅狩りは漸次、佐越だけのものではなくなっていった。修羅狩りの常道は永久不変。日輪の守護者として、世界各地へと馳せ参じた。

 日輪の繁栄は修羅狩りと共に、連綿と続いていくことだろう。


    ◇


 刃は自宅へと戻り、旅立ちの支度をしていた。無論だが、物見遊山ではない。

 各地で妖術による被害報告が相次ぎ、その度に修羅狩りは駆け付けた。

 通報される妖術師は、大方が妖憑だった。話を聞くと、妖憑は全て月輪の生まれであり、望まない契約をさせられた者がほとんどだった。彼らは禍月の駒として遣われていたが、なんとか冥崖山脈を越えて日輪に逃げ延びてきたという。

 月輪では、禍月と修羅之子による戦争が行われているらしい。現状、日輪は妖憑の逃げ場として認知されていることは間違いない。

 日輪の安寧には、月輪の状況も深く関わってくるようだ。日輪から妖憑の脅威を取り除くためには、抜本策を講じる必要がある。

 そして議論によって打ち出された策は、大きな危険が伴うものであった。

 その内容は、禍月が支配する未開の地――月輪へと赴き、禍月を懐柔せよというものだ。話し合いで解決するならそれでよし、反抗をするなら屈服させる必要があるのだ。その重大な任務の執行役として、特等修羅狩り筆頭――黒斬刃に白羽の矢が立てられた。

 禍月の思念体を封じる能力を持ち、現在日輪で最強だともくされる刃にしか頼めないことであった。月輪視察の任務を、刃は自ら進んで受け入れた。

 安全のためにも二人一組での出征を士隆は提案したが、刃は無用だと断じて突き返した。士隆は心配したが、刃の意志は固かった。

 日輪では怱々たる業務量があり、出張に多くの人員を割くことができないことは、刃が一番よくわかっていたのだ。

 結果として、刃一人で月輪へ出向くこととなった。仲間とは長い別れとなる。雫玖と詩音は、征路へと赴く刃の出立を見送りに来ていた。

「刃ちゃん、行くのね……」

「ああ。禍月の馬鹿どもに、人間を巻き込むなと忠告してやらねばなるまい。禍月の思念体を、日輪で顕現させるわけにはいかぬからのう」

「師匠にしか、できないことですものね……」

 詩音は声を震わせ、肩を落としている。

「詩音、何を泣いておる? 今生の別れでもあるまい。しばらく日輪を留守にするだけだ」

「でも、寂しいですよ。せっかく皆で、佐越で暮らせると思っていたのに……。わたしも師匠についていってはいけませんか?」

「まったく……遊びではないのだぞ。日輪は詩音の力を必要としておる。お主がいれば安泰だろう。わしがいなくとも大丈夫だ。何一つとして心配しておらぬ」

 項垂れる詩音の頭を、刃は髪が乱れるまで力強く撫で回した。

 可愛らしい後輩を微笑ましく眺めた後、次に刃は雫玖に向き合った。

「雫玖、士隆を頼む。それから、剣斗の面倒を見てやってくれ」

「ええ、もちろんよ。あなたがいなくなると忙しくなるわね」

 刃は雫玖と抱擁を交わした。親友の無事を祈って、雫玖はグッと力を込めた。

 少し抱き合ってから抱擁を解き、刃は小さく息を吐いて辺りを見回した。

「大地は……来ておらぬか……。まぁ、顔を合わせる度に突っ掛かってくる異な奴だ。来ても鬱陶しいだけだがのう……」

 そう言いつつも、寂寞がないといえば噓になる。大地とは何度も拳を交えてきたが、人格を嫌ったことは一度もなかった。

 多忙な雫玖と詩音が、わざわざ刃の見送りに来たことには理由がある。

 気丈に振舞ってはいるが、月輪の危険性は未知数なのだ。武芸百般の刃を以てしても、安全とは言い切れない。最後に仲間全員の顔を見て日輪を発ちたかったが、そう我儘を言ってはいられない。修羅狩りの業務量を考えれば、雫玖と詩音が見送りに来てくれたことも奇跡に近いことなのだ。

 刃は地面に降ろしていた雑嚢を肩に掛けた。

「では、行ってくる。皆、壮健でのう」

 そう言って、刃が家を出た時だった。

 ――突然背後から、刃の首元に刃物が突き付けられた。

 何者かの登場によって散布された土の臭い。そして、刃のよく知る気配。

 刃は瞑目し、静かに笑みを浮かべた。

「……大地、来ておったのか」

「…………」

 地表には小さな陥没があった。大地は地中に息を潜めて待っていたのだ。

 すると背後で太刀を構える大地は、容赦なく刃の首に太刀を振り抜いた。

「ぬおおぉぉ!?」

 大地の斬撃を、刃は転げるようにして躱した。大地に殺意はなかった。お陰で躱す動作が遅れ、あわや大惨事であった。

「あ、危ないのう! 本当に斬り付けてくる奴があるか! 馬鹿者が!」

 珍しく慌てふためく刃だが、大地は神妙な面持ちだった。

「……刃、勘違いするなよ」

「……?」

 大地は転げる刃に、そっと手を差し伸べていた。

「重荷を背負い込んだような顔をしやがって……。禍月の脅威は、何もお前だけの問題じゃねぇ。お前の手に余ることがあれば俺様を呼べ。お前がどれだけ遠くにいようとも、いつでも俺様が加勢に行ってやる。それに、お嬢や詩音だっているんだ。何もかも独りで抱え込もうとするんじゃねぇぞ」

「大地……」

 犬猿の仲である大地からの友好の証に、刃は自然と笑みを浮かべていた。

 刃はそれに応じ、大地の手を取って立ち上がった。しかし、大地は手を離さない。握力を競うように力が込められ、刃も応じて握り返した。

「大地、ありがとう。お主の意志は受け取った。頼りにしておるぞ」

「ああ、お前なら大丈夫だと思うが、簡単に死ぬんじゃねぇぞ」

 両者の握手は解かれ、互いに筋疲労で痙攣している手を背後に隠した。

 雫玖は不敵に笑いながら、大地の顔を覗き込んでいた。

「あらあら。それを伝えるために地面に隠れていたの? 大ちゃん、可愛いわね」

「や、やめろよ、お嬢。これでも勇気を出したんだぜ」

 雫玖が大地を揶揄う様を見て、刃は孤児院での生活を思い出していた。今では同じ志を持つ修羅狩りとなり、詩音も加わって頼もしい仲間となった。

 日輪を離れることに、刃は一切の憂慮を持たなかった。

「雫玖、詩音、大地。わしの留守を頼んだぞ」

「任せてください! 師匠、いってらっしゃい!」

 気炎を心に秘めて、刃はまだ見ぬ地へ向かって歩き出した。

 姿が見えなくなるまで、三人は刃の後影を目に焼き付けた。

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修羅狩り刃 辻 信二朗 @Tsujiroh

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