第5話 『最強』
人間が当たり前のように守らなければならないルールは、法として決められている。
その中で最も知られているものと言えば、人が人を殺してはならない、というものだ。
それが守られなければ、狭い範囲で生きている人間同士の不毛な殺し合いの果てに、待つのは滅びだけだろう。
そのルールを一番に守らなければならないのが、国を守る騎士団だ。
だが、その騎士団が――一つの大きな罪を犯している。
その罪とは、『人間を作ること』だった。
普通の人間ではない。それでは、圧倒的な数の魔物に対して優位を取ることは不可能だからだ。
討伐した魔物の『一部』を使い、それを組み合わせて――一つの肉体を作り上げる。
禁忌魔術と呼ばれる『人間創造』は、国外追放相当とまで言われる大罪だ。
私の目の前にいる少女――ルーシェはその『人間創造』によって作り出された人工生命体であり、彼女は人間の姿をしながら、魔物の力をいくつも有していると言う。
その事実を聞かされた当初は、正直言って困惑するしかなかった。
そして、聞いた時点で罪となると言う理由も納得した――それを知っていて、共に行動するのであれば大罪だろう。
私はその大罪を犯して今、同期の誰よりも前線にいる。
「観測によると、今日はここから数キロ先に『竜種』が確認されたって。こっちに来るなら、始末しないといけない」
「竜種って、ドラゴンだよね。この前戦ったのは、そんなに強くなかった」
私の言葉にルーシェは簡単そうに答える。
竜種とは地上においては、『最強』の存在であるのだが――彼女の中にも、その一部が含まれている。
私も、目の前で彼女の戦いを何度も見てきた。
魔物に食われても、その中から『剣』で中を切り裂いて出てくる姿や、魔物の尻尾で吹き飛ばされて遥か上空へと姿を消したかと思えば――勢いよく降り立って魔物を両断する姿。
『無双』とも言えるその強さを、私はただ傍で見守り、彼女が頑張れば『褒める』役割を担っている。
つまり、私の仕事は『人間創造』によって作り出されたルーシェの母代わり――否、姉代わり、とでも言うべきだろうか。
日常でも、戦場でも――常に彼女の傍にいることが、私の仕事だ。
ルーシェにとっては、私が戦場にいることで『守る者がいる』という士気の上昇に繋がるらしい。
まさか、誰よりもこんな前線で戦うことになるとは思わなかったけれど、本当の意味で戦っているのはルーシェ本人なのだから、そこに文句を言うことはできない。
ルーシェは作られた人間だが、確かに人間と同じであることに変わりはない。
歳相応に甘えたがる女の子で、私はそんな彼女を拒絶することはできなかった。
だからこそ、私は彼女と共にいられるのだと思う。
ルーシェ自身が、私の写真を見て『決めた』らしいけれど、彼女には何となく受け入れてくれる人が分かるのかもしれない。
そう考えていると、ふと遠くから魔物の鳴き声が聞こえてきた。
徐々に近づいている――やはり、始末しなければいけないようだ。
「アーテ、お仕事の前に、頭を撫でてほしい」
上目遣いに、ルーシェが指先を合わせながら言う。
少し視線を逸らしているのは、仕事の前に『ご褒美』を求めるのが、本来あってはならないことだと認識しているからだろう。
けれど、そんなことを気にする必要はない。
私はすぐに、ルーシェの頭を優しく撫でた。
「アーテ……?」
「ルーシェはいつも、命がけで戦ってるだから。遠慮しなくていいんだよ。私にできることは――あなたの要求に応えることだけかもしれないけど。せめて、それくらいはできるようにするから。戻ってきたら、他に何かしてほしいことある?」
頭を撫でると、ルーシェは気持ちいいのか顔を押し付けてくる。
押しつけながら、ルーシェは口を開いた。
「ん、それなら、今日は一緒に寝たい」
「そんなのでいいの? 結構、一緒に寝てるでしょう?」
「じゃあ、ハンバーグが食べたい。ドラゴンのお肉、持って帰るから」
「それは……うん、申請してみる」
「ありがと、アーテ。それじゃあ、ドラゴン――殺してくるね」
「うん、いってらっしゃい」
私は彼女を見送って一人、身を隠す。あとは、ルーシェが戻ってくるのを待つだけだ。
これが『特士管理課』の仕事であり、『特別士官』の真実だ。
物凄く分かりやすく言うと、私の仕事は『女の子の世話係』ということになるのかもしれない。……同期に説明すれば、きっと笑われるかもしれないが、説明するならそれくらいしか言えないだろう。
他に、十三の騎士団に一人ずつ、特別士官が存在している。国を守るための禁忌によって作られた子――彼女達のために、私がいる。
彼女達がいなければ、本来は王国の戦力だけでは守り切ることはできないと言うのだから、恐ろしい話だ。
だからせめて、私だけは彼女のような知られざる英雄の傍にいなければならないだろう。
いや、そんな高尚な考えを私は持っていない。
ただ純粋に、私はあの子のことを心配している。
ルーシェは私に懐いてくれていて、私もルーシェのことが好きだから――だから、今日もこのいつ死んでもおかしくない『前線』にいられるのだ。
「ハンバーグの付け合わせ、どうしようかな」
空を見上げて、ポツリと私は呟く。
ルーシェが戻ってくることを信じて疑わず――ルーシェは私の信頼に必ず答えてくれる。
きっと終わりなどない戦いの中で、私はそんな日常を送っていた。
士官学校を卒業した私が配属されたのは、『女の子の世話係』でした 笹塔五郎 @sasacibe
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