アイスクリーム屋さん

加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】

アイスクリーム屋さん

「そこにしよ?」

 彼女は、目の前の某アイスクリーム屋さんの看板を指差す。


「……」

 返事に困る僕。


「どしたの?」

 顔色をうかがう彼女。


「ここ、元カノにフラれた場所でさ……」

 己の馬鹿正直さに呆れる。

 嫌われただろうか。


「その思い出、私と一緒に上書きしよう?」

 意表を突く提案。


 しかし生憎、僕の辞書に思い出の『上書き』は無い。

 あくまで、『名前をつけて保存』。


 例えるならば、こんな感覚。


 心の本棚に、思い出という名の本の、種々の背表紙が並ぶ。

 時折、一冊を手に取り、パラパラと頁を捲っては懐古かいこする。

 思い出の本は全て、いも甘いも、今の自分を形作る一要素だ。

 もちろん、中には目を背けたくなるような愚作もある。

 それも、少なくはない数、である。


 そこで僕は、こんな風に考える。


 苦い過去の詰まった紙の束が並んでいても、それらがかすんで見えなくなるほどに輝かしい思い出を、隣に添えてやればいい。


 僕は、彼女の提案に、ようやっと、返事する。

「アイスクリーム、僕も食べる気になったよ。実は裏手に二号店があるんだ。そっちは絶品の特別メニューがあるんだけど……」

 

 提案に提案で返してしまったことに気づく。

 

「えっ、そうなの!? 絶対そっちにしよ?」

 嬉しい反応。

 

「じゃあ、そっちにしよっか」

 そう言って、彼女の手を取り、一歩踏み出す。


 二号店までの道中。

 僕は、踊る心の中に佇む本棚に、新たな一冊を追加する気になった。

 

 『アイスクリーム屋さん』という題の右隣に、本一冊分の間隙かんげき

 そこにそおっと、新作を押し込む。

 背表紙には、『アイスクリーム屋さん2ツー』という金の箔押しの題。


 それがきらきらと光って、たまらなく、眩しいのだ。

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アイスクリーム屋さん 加賀倉 創作【ほぼ毎日投稿】 @sousakukagakura

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