第7話 大団円

 要するに、民主主義における多数決という考え方。ある意味では、

「これほど、不公平なことはないだろう」

 といえるのではないか。

 なぜなら、民主主義における自由の代償が、

「少数意見を抹殺する」

 という不公平さである。

 さらに、

「多数派が正しい」

 という凝り固まった考えとなり、

「それは、国民を洗脳しやすい」

 ということになるであろう。

 世界ではどうか分からないが、少なくとも、日本において、民主主義になってから、

「カルト宗教」

 などにおける、

「洗脳」

 というのは、絶えず、社会問題となっているのが、その証拠ではないだろうか?

 民主主義の自由というものが、本当に素晴らしいのであれば、新興宗教の蔓延る隙間などがあるわけはないということであろう。

 そういう意味で、

「社会主義の台頭」

 というものがあり、そのスローガンとして、

「自由主義における限界である。不公平や、貧富の差をいかに是正するか?」

 ということが叫ばれるのであったが、

「そんな社会主義を、最初は、素晴らしいものだと思っていた人もいたが、そのうちに、諜報活動などによって、水面下で進める、共産化」

 であったり、

「社会主義という国では、国家が強いということで、国家元首の胸三寸ということが、いかに国民にかかわっていくかということになると、結果的に。政府、あるいは、元首に従わない者は、粛清される」

 ということになるのであった。

 それがそのまま恐怖政治となり、結果、個人にはまったくの自由がないのだ。

「自由もなく、国家に支配される」

 ということは、帝国主義に戻ったかのようで、のちの世界で、一世紀も、ソ連が続かなかったということの証明であろう。

 それだけ、国民の力というのは大きなものなのだ。

 ただ、大日本帝国に限っていえば、他の国とは違う。

「2600年」

 という長きにわたり、万世一系という皇族というものは、世界に例を見ない。

 それだけ、日本国民の中に、天皇の存在は、神として崇められていて、戦争などで、玉砕や、特攻などという、

「報われない死」

 というものを目の前にある人が決まって叫ぶ、

「天皇陛下万歳」

 という言葉、のちの時代では、自由主義の名の下に、ギャグマンガなどで、

「笑いのネタ」

 として書かれたりするという、とんでもないことがあったりするのだ。

 もちろん、自分から死にたいなどと思う人がいるわけはない。

 だから、ある意味、洗脳されたことで、

「どうせ死ぬことになるのであれば、少しでも、恐怖が和らぐのであれば、それでいい」

 といえるのではないだろうか。

 信念の下に行動し、死を選ぶということであれば、それを、

「自殺」

 といえるのだろうか?

「自殺行為」

 と、

「自殺」

 では、種類が違っている。

 それを思うと、国家体制というのは、いかに考えればいいかということである。

 鮫島教授は、

「人間を改造して、兵器に仕立てる」

 ということによって、

「ロボット兵士であれば、死をも恐れない」

 という感覚である。

「特に、天皇陛下のために、死というのも恐れない」

 ということであれば、そこでは、

「人間をロボット化するということは、必要悪なのかも知れない」

 ということであった。

 ただ。その中に、

「カプグラ症候群」

 のようなものを仕掛けることで、敵兵に対しての憎しみを消さないということを考えるのだった。

 ただ、

「この場合は、ロボットやアンドロイドではなく、改造人間に近いもので、脳を強靭な身体に移植する」

 というものであり、教授の危惧としては、

「本当にサイボーグとなった場合に、完全に恐怖というものを取り除いた形で、相手に立ち向かうことができるのだろうか?」

 ということであった。

 確かに、人間に比べれば、比べ物にならないくらいの強靭な肉体ではあるが、脳の中身は、普通の人間なのだ。

 自分の身体を。本当は、

「持てあましているのではないか?」

 と思われるほどであり、それが、教授には難しいところであった。

 サイボーグということであれば、その後のとぼっと開発における。

「フレーム問題」

 であったり、

「ロボット工学三原則」

 というものは存在しない。

 あくまでも、それは、

「人工知能」

 というものが問題なのだ。

 ただ、これのもう一つの問題として、

「拒否反応が起きないか?」

 ということであった。

 内臓移植などの一番の問題は、

「拒否反応」

 が起こるということが問題だった。

 そして、もう一つの問題は、博士は。

「戦争が終われば、恒久平和の時代がやってくる」

 と思っていた。

「八紘一宇」

 というスローガンである。

 そのための膿を出すのが、今回の世界大戦であり、そのための犠牲はある程度しょうがないとも思っていた。

 そうなると、

「戦争のために作られたサイボーグに、良心があったとすれば、集団自決のようなことが起こりはしないか?」

 という問題だった。

 しかも、この村の特性で、

「時間が他の人の倍の速度で進んでいく」

 ということで、戦争が終われば、それが却って、本人たちの危惧に繋がるのかも知れない。

 そして、もっと一番怖いことを、教授は考えていた。

 それが、

「人間ほど怖いものはない」

 ということであり、戦争のためとはいえ、こんなさいぼー具を作り出すということは、はっきりいって、人間の罪である。

 作り上げられたサイボーグは、その機能と頭の回転の速さから、

「自分は人間ではない」

 と分かり、人間の愚かさと、怖さを同時に知ることになる。

「俺たちもあんな人間だったんだ」

 と、サイボーグが考える世界。果たして待っているのは、そんな世界なのだろうか?


                 (  完  )

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破滅に導くサイボーグ 森本 晃次 @kakku

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