時の落とし物

呉根 詩門

彼の地、この世の何処か

「ねぇ、友子見て、見てこの写真。」


窓から暖かく刺す夕日


部屋一杯に広げられたアルバムの数々


セピア色に広がる世界に


時が流れた影が色濃く現れているのに


私たちの目には思い出としてありありとカラフルに見えていた。


「敬人、この写真いつのだっけ?」


「友ねえ、それ俺たちが小学生の頃の夏休みのじゃねえのか?」


時は遡ると私たち、順子姉さんと弟の敬人、私の3人で父さんの葬儀が終わってやっとドタバタが落ち着いた時に


「友子、敬人。まだ仕事が終わってないわよ。父さんの遺品整理しないと。」


「順ねえ、めんどくさいよ。後にしよ、後。」


順子姉さんは、朗らかな顔で微笑むと私は内心


ーこの顔をする時は、必ず裏があるんだよなぁ


と、あまり乗り気でない心で順子姉さんの言葉を待つと


「敬人いいの?タンス預金あっても分けてあげないからね。」


その言葉に敬人は、だらけて寝そべった状態から急に起き上がって食い入る様に順子姉さんに迫ると


「順ねえ、マジ?その話本当なのか?」


「そもそも、あのケチンボがやってないはずはないでしょ。間違いないなくあるわよ。ああ、もったいないなぁ友子と山分けになるかぁ。敬人君、ざんねんだなぁ〜。」


と、私にだけわかる様にウインクしてきた。、


順子姉さん、何か企んでいる…


私は、順子姉さんの思惑はわからないけど援護射撃するつもりで


「順子姉さん、これで焼き肉食べに行かない?」


「流石、友子。いいアイデアだわ。」


と、順子姉さんの含みのある笑顔に応えるように形だけの笑顔で返すと


「姉ちゃんたちばっかでずりぃぞ。俺も食いてえ!」


と急に乗り気になって、亡くなった父さんの遺品整理が始まった。


いざ遺品整理が始まると、順子姉さんは、何故かすぐに書棚に向かった。


そして大量のアルバムの山を私たちの前に置いた。そして、急かす様に手招きすると、年月が経ち時代を感じるアルバムを一冊開くと


「このアルバム見て、敬人が高校卒業した時の記念写真よ。」


そこに写っていたのは、何とか大学の入学が決まりその受験勉強に追われてほぼ抜け殻になった様な敬人が力無く微笑んでいる写真だった。隣にはお父さんと順子姉さんと私。お母さんは、敬人が小学校に入る年に急に激しい腹痛が起こった。子供である私たちは、ただ泣き叫ぶしかできなった。その中でも、お父さんは冷静に対処した。お母さんに具合を聞きながら、どこが痛いのか、気分はどうかをしっかり把握して容体をこと細かく電話で話した上で救急車を呼んだ。救急車に運ばれて行くお母さんの姿は、遥か時を経た今でもありありと目に浮かぶ。お母さんは、激しい苦痛に襲われているはずなのに

〜私は、大丈夫。心配しなくてもいいよ〜

と、私たちを安心させる為に終始笑顔を作っていたと思ったけど、今となっては記憶に霞がかかっている。それでもはっきりしているのはお母さんの顔は青ざめ、額にはびっしりの汗が浮かんでいたのは、間違いない。

その後の事は今ではあまり覚えていない。

すぐにお父さんの運転する車で救急車の後を追った。そして、街の総合病院へと着いた。その後、大人たちがただただ難しい話をしている部屋の隅で私たちはただ泣きじゃくるだけだったのだから。

それでも、子供の頃私たちには内心わかってはいた。

ーお母さんは、死んじゃうんだー

私は、今となってはお母さんの顔さえ浮かばず、必死に思い出そうと物思いに耽っていると


「ほら、友子。これ、友子が中学の演奏会でソロを吹いている写真よ。」


と、順子姉さんが、アルバム更に一枚めくり指差した。


その写真には、私が中学時代に入っていた吹奏楽部の定期演奏会でクラリネットを吹いている姿が写っていた。


1人、ステージの中央に立ち、顔を真っ赤にして緊張しながら必死になって演奏している姿。その写真を見ながら、私は一体何の曲を吹いていたのか…宝島だったろうか、エル・クン・バンチェロだったろうか?今となっては、何を演奏したのかもわからなかった。


そんなかつての私の緊張感も、今となっては何も感じることはなかった。ただ、私の人生においての足跡として形になっているだけだった。


「あの時の友子の演奏凄かったわよね、敬人。」


「ああ、友ねえの演奏聴いて、俺生まれて初めて背中がぞくっとしたぜ。」


私は2人の話を聞いて、しばらく頭の中であの時の演奏を思い出そうと記憶を辿った。しかし、そこは、どこにも行き着く事はなかった。全ては、時によって遥か彼方に流されていた。


それでも、私は気を遣って


「うん、あれは私の一生で最高の演奏だったわ。」


と、2人に話を合わせた。2人は、ニコニコと笑いながら頷いて


「俺はてっきりそのままプロになると思っていたぜ。」


「私もよ。お父さんも、勧めたのに何でプロにならなかったの?」


私は、力無く首を左右に振りながら


「プロになるのは、思っているより難しいのよ…私みたいなレベルの子って世の中わんさかいるのよ。ムリムリ。」


私はこのままかつての私を槍玉上げられても面白くないので、数ページアルバムをめくると色褪せた印象的な一枚の写真が目に入った。


そこにはお父さんと、順子姉さんが手を繋いで海をバックに幸せそうな笑顔を浮かべて写っていた。


私は何も考えず写真を指しながら


「順子姉さん、この写真。お父さんといつ撮ったの?」


私の一言を2人が聞いた途端、驚きと疑念の視線を私に向けてきた。


「友子、あなた本気で言っているの?」


順子姉さんはまるで問い詰める様に強い口調で私に迫ってきた。


私は、自分が何かおかしい事を言った心当たりが全くないのでただ首を横に降った。険しい顔をした順子姉さんはその写真を手に取り私の目の前に突きつけると


「このお父さんの隣にいるのは、私じゃなくてお母さんよ。お母さんの顔さえわからなくなったの?」


順子姉さんの一言で私の重く暗く沈んだ記憶の蓋が開いた。それまでは、私の目の前に散らばっている写真一枚、一枚はセピア色に褪せた記憶に結びつかない過去であった。しかし、今では、確かにあった現実として色が着き、眩しく輝いてありありと目に映った。


私が食い入る様にお母さんの写真を見つめていると、順子姉さんは消え入りそうな声で


「友子、お母さんが亡くなった時の歳と病名覚えている?」


私は再び記憶を取り戻して遥か彼方を見つめながら


「お母さんは。私が小学3年で亡くなったから多分37歳ね。病名は子宮頚がん。緊急入院した時には手遅れだったわね。」


順子姉さんは、どこか悲しげな笑顔を見せて


「それじゃ、私の今の歳はいくつか覚えているかしら?」


「私より3つ上だから37歳?」


「そう、私は今37歳。お母さんが亡くなった歳と同じ、それでね…」


私と敬人は、ただ黙って順子姉さんの次の言葉を待った。ただ静寂のみが部屋を支配した。その中、順子姉さんは、か細い声で


「わたしもお母さんと同じ子宮頚がんなの…しばらく前からお腹が痛くて不正出血酷かったけど、お父さんの入院とかゴタゴタあったから病院行けなくて…それでこの前検査したらステージ4だって…もう手遅れなんだって…だから私、自分の大切な思い出を友子と敬人に覚えてもらいたくて…だから、こうやって遺品整理と言ってアルバムを開きたいと思ったの…」


と、順子姉さんは、か弱く啜り泣き始めた。

そんな重い空気の中、敬人が急に立ち上がって


「なら、兄弟、皆んなが映った記念の写真一枚撮ろうぜ。」


敬人は、父さんの遺品をひっくり返して、なんとかカメラを探り当てセッティングする。


かつてカラフルに彩った一枚一枚が


確かにあった大事な過去


その過去に忘れてはいけない


新たな大切な一枚が加えられた


過去を写す一枚は


2度と帰って来ない


過ぎゆく時の落とし物


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時の落とし物 呉根 詩門 @emile_dead

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