パージ

 ボクは汚れたサオリの体をシャワーの湯で洗い流した。

 塗装が剥がれ始めて、気のせいか白くなってきている。


「……くそ。目の形が崩れてきてる。……こんな……こんな酷い事、あっていいのかよ」


 握りしめたフィギュアを思い切り壁に叩きつけ、ボクは部屋に戻った。

 目から溢れてきた涙を腕で拭い、パソコンを点ける。


「あいつら……殺してやる……」


 パソコンの検索エンジンで調べるのは、『復讐』。

 これはボクの持論だが、イジメられたら復讐をする権利があると思っている。

 死ぬ事より、辛い目に遭ったんだ。

 人間の道を踏み外した輩を野放しにはできない。


 検索を始めてから、だいたい一時間が経過。

 調べても、現実離れした方法しか出てこない。

 クロロホルムで眠らせてボコる、とか。

 駅のホームから突き落とす、とか。


「違う。ボクは、……自分の手で苦しめてやりたいんだ」


 机の上に置いた6分の1フィギュアを眺める。

 サオリの夏服バージョンだ。

 汚された彼女を見ていると、ボクは再び腸が煮えくり返る思いになった。


「……やっぱ……ボクが強くなるしかないのかな……」


 頭に浮かぶのは、――パンツレスリングだ。

 世界中で常識となりつつある格闘技。

 常識となりつつあるから、喧嘩やイジメでも使われる。

 昔では、信じられない事にボクシングなどが流行っていたようだし、時の流れってやつだろう。


 適当にスクロールして、強くなる方法を調べる。

 でも、ボクシングや総合格闘技など、素人が学んだところで使えないものばかりだ。


「あれ? これって……」


 調べること二時間くらいが経過。

 ボクはあるページに目が留まった。


『パンツレスリングが強くなる方法』


 なぜだろう。

 ボクは、そのページを見た途端、背筋に電流が走った。


『パンツレスリングは――古代から続く雌雄の決し方なり』


 散々悩んだ挙句、辿り着いた先はパンツレスリング。

 同じ格闘技でボコられたというのに、原点回帰してしまったボクは、男達がリングの上で互いのブリーフを引っ張り合う写真に目が釘付けになった。


 学校で一方的にやられているのとは全然違う。

 パンツを引っ張る事が、こんなに熱いなんて知らなかった。

 ボクが見てきたのは、所詮紛いものだったのだ。


 パンツレスリングのプロと素人の違い。

 それは足腰の筋肉だ。

 何より重要なのは、指の力。

 それらを凌駕するのは、技巧。


「これ……マジか……。こんな方法があったのか」


 予想外のテクニックがある事に気づき、ボクは夢中になってページを見漁った。元から、提示版には芸能人やインフルエンサーの悪口を書くことが日課だったボクだ。


 読み物は得意。

 毎日のように調べ物をしては、インフルエンサーの粗探しをして叩く。

 最低な遊びをしていたのが、功を奏した。


 全てのページを見漁ったボクは、時計を見る。

 時刻はすでに深夜2時になっていた。


「これなら……勝てる……。あいつに復讐を果たせる……」


 机上のサオリを握りしめ、ボクは牛島を倒す事を心に決めた。


 *


 教室で繰り広げられるいつもの時間。

 ボクは硬く拳を握りしめ、牛島の前に立つ。

 視覚から伝わってくる圧倒的な重量感。

 触れてもいないのに汗だくのヌルテカボディ。


「へぇ……。なんか、今日いつもよりやる気じゃね?」

「昨日、彼女を輪姦されてキレてんじゃね」


 ゲスな言葉には耳を貸さない。


 今日は――。

 今日こそは――。


「来いよ。股下の布地を引き千切ってやんぜ」


 パァン。

 牛島が自分の腹を叩くゴングが鳴った

 ボクはすぐに浅黒い肉の宮に向かって突っ込んだ。


「お?」


 頭から突っ込んだ瞬間、体面に帯びていた汗が一斉に弾け飛んだ。


「きったな!」


 ヒス子の声を無視して、ボクは指をブリーフに食い込ませた。


(パンツレスリングで基本的な事を忘れたらダメだ。基本は、脱がす事。それのみ!)


 両側に引っ張り、相手の不意を突いて一気に下げる。

 だが、手が途中で止まった。


「――ッ⁉」

「おいお~い。生意気に抗っちゃってよぉ。オレぁ恥ずかしいぜぇ」


 ずり下げたブリーフが、太ももに引っ掛かって脱がせなかった。


 はみ出る金玉。

 はみ出る真っ黒な局部。


 ここまで露出しているのに、牛島は相撲選手のように足を開くことでガードした。おかげで、半分だけしか下げる事ができない。


「な、何だよ、これ……」

「大方、復讐のつもりでブリーフを脱がそうとしたんだろ?」


 ぐいっ。

 ブリーフが持ち上げられ、ボクの局部が圧迫される。


「ぐああああああっ!」

「いやあああああ! 出てるうううう!」


 二つの悲鳴が重なり、ちょっとした合唱みたいになった。


「忘れたか? オレはパンツレスリングの特待生だぜぇ?」

「え、そ、そうだっけ?」


 今まで、パンツレスリングなんて興味なかったから知らなかった。

 放課後になるとグラウンドで肌の男子が取っ組み合いをしている、と通報が大量にあって問題になったのは知っている。だから、部活動の存在は知っていたが、特待生の制度まであるとは。


「お前にパンツ脱がしの真髄を見せてやるよ」


 ぎゅ、うぅぅぅっ。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 把握しきれていなかったボクに事態を教えてくれたのは、局部の苦しみ。首だけで何とか振り向こうとすると、ボクのブリーフを両手で掴み、持ち上げている腕が見えた。


 ボクの足が床から離れている所を見ると、どうやら釣鐘のような状態になっているみたいだ。


「ま、マズい……。玉が……」


 この状態の何がマズいかというと、ボクの全体重をブリーフ一つで支えている所だ。全ての重量が掛かるのは、局部の一点のみ。

 100キロ近くある体重が、ギチギチと音を鳴らすブリーフで支えられているので、位置的に生地と下っ腹に挟まれたティンコが鬱血するのだ。


「あ、先生! いい加減止めてくださいよ! 教室で脱いでるんですよ⁉」

「おお。タイマンブリーフか。懐かしいなぁ」

「先生?」


 いつの間にか、外野が多くなっていた。


(このままじゃ、サオリの仇を討てない)


 また、イジメられる日常に戻るのか。

 ボクは、ただ親のクレジットカードを使って、サオリに貢ぎたいだけなのに。

 普通に生きたいだけなのに。


(弱気になったら、ダメだ。この、……白い布地を――ブリーフを!)


 ボクが調べたのは、パンツレスリングの講座だけじゃない。

 ブリーフの特性だって調べた。


「オラ! ギブするか⁉」

「くっ。……ブリーフの特性。……それは」


 ボクは尚もブリーフを両側に広げていく。

 両足を大きく広げているから、脱がせることはできない。

 それが分かっているから、牛島はボクをせせら笑っていた。


「う、く。やっぱ、長時間持ち上げるのはしんどいわ」


 そう言って、牛島はボクを乱暴に下ろす。

 力士がまわしを直すのと同様に、牛島が自分のブリーフをずり上げた。

 その時だった。


「……んな⁉」


 ブリーフが――独りでに脱げたのだ。


「あ、あぶねぇ!」

「ブリーフがどうして下がらずに腰の位置で固定されているのか。ずっと疑問だった」


 ボクはブリーフの生地を尻の割れ目に挟み、ゆっくりと立ち上がる。

 ここからは、講座で自修自得したとおりだ。


「ブリーフは、ゴムが締まる事で下半身に固定されている! つまり、ゴムが伸びて緩めば、……そいつは落ちるんだ!」


 指を突き付け、たった一つの事実を言ってやる。

 牛島は顔を真っ赤にして、怒りの形相を浮かべた。

 こめかみや額にはたくさんの青筋が浮かび、怒りに任せて近づいてくる。

 だが、一歩動けば、その先は闇。

 玉がはみ出る。


「……く……くそ!」

「ハァ……ハァ……。お前が、サオリに酷い事をしたのは許せない!」

「言っとくけど、被害者いないからね。物だからね」


 ヒス子が何か言っているが、戯言だ。

 ボクはヒヨコ歩きで牛島に接近した。

 歩く度に微振動で腹の肉が揺れ、大量の汗がボタボタと落ちていく。

 転ばないように至近距離まで詰めると、牛島の顔色が変わった。


「ま、待て! タイム!」

「仇は取るぜえええええ!」


 棒立ちのまま前に倒れ込み、ボクは指をフックの形にして、ブリーフに引っ掛けた。


 ぐぃん、と伸びる白の布地。

 牛島は慌てて足を開き、何とかずり下げられるのは防げた。

 だが、ボクはブリーフに指を引っ掛けて、全体重を掛けてやった。


「うお、おおおおおおっ⁉」

「ボクは90キロオーバーだよ。ブリーフ一丁で支えられる体重じゃない」

「くそ、がああああ!」


 局部を全てさらけ出し、ブリーフの前部分だけが真下に伸びていく。

 太ももに食い込んだ生地まで伸び、どんどんブリーフが原形を崩していく。


 パンツレスリングの禁じ手。――ブリーフ破壊。

 ゴムの部分を伸ばす事で履けなくなる事態を招く事から、国際大会では禁止されている。


 ――ブチっ。


 小気味の良い音が教室に響いた。

 ゴムの生地が限界を突破し、先にブリーフの生地が切れたのだ。

 一度、裂け目が生じると、次から次へとブリーフは崩壊を遂げていく。


「くそ。くそ! オレが、こんなクソザコにぃ!」

「うおおおおおおおお!」


 腹筋ローラーをするように、腕を真下に下げる。

 揺れる局部に周りからは、阿鼻叫喚の声が上がる。


 しばらくは持ち堪えていたブリーフだが、遂に終焉が訪れた。

 最後のゴム生地が弾け飛び、ボクは勢いのままに床へキスをした。


「うぐっ!」


 見上げると、牛島は信じられないと言わんばかりに唖然として、ボクを見下ろしていた。


「ハァ、ハァ。ボクの、勝ちだ」


 脱がす時に使うテクニックとして、倒れ込みがある。

 ただ倒れるだけなので、スタミナの消費はない。

 だが、相手は倒れ掛かってくる巨体を下半身だけで受け止める。

 どっちが辛いかは明白だろう。


「そんな……。まさか、……オレが」

「ボクは、奴隷じゃない。やる時は、やるんだ!」

「やりようがあるでしょ」


 ヒス子の耳障りな言葉を吐いた途端、教室からは一斉に歓喜の声が湧いた。


「なにこれ……」


 最後まで抗い、真っ当に戦った奴だけが本当の意味で勝利できる。

 それをボクは実行したまでだ。

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白の巌流島 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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