おばあちゃんへ


こんにちは。あなたがこの家を去ってからもう9年立ちましたね。今年の夏は、暑さが異常ですがそちらはどうでしょうか?

お母さんの仕事も以前のように夜勤に戻りました。私が大きくなったからだそうです。日中、会えないというのは少し寂しいですが仕方のないことです。

今日、お母さんと私の進路について、けんかしました。高校に入ってから、進路について考えろと先生やお母さんは言うんですが、そんな急に大学とか塾とか決めれるわけがないです。

あなたが死んでから、私は悲しいことも嬉しいことも手紙を書いて郵便受けに入れ続けました。あなたは、陰で小さい私の手紙を読んでくれていたのでしょう。読み終えた手紙をどこに置いたか知りませんが、この手紙もどうせ読まずに郵便受けに入ったままでしょうね。


木下楓より



 朝起きて時計を見ると針はもう8時を指していた。パジャマのままリビングへ向かうと、食卓には1人分の目玉焼きトーストがラップして皿に乗っかっていた。お母さんはもう仕事で家を出たのだ。洗い終わった皿とベランダの干し終えた洗濯物が、お母さんの完璧さを言っているようだった。

 自分の着替えを終え、私は最初に郵便受けに向かった。郵便受けの中には今朝届いたであろう保険関係の封筒、夏休みにある大学説明会の案内、スーパーのチラシなどが入っていた。全てをかき集めて、私は家に戻った。お母さんが作った朝ご飯を食べながら手紙の仕分けをする。私宛の大学のパンフレットは多く届く私はその封筒を開いただけで、特に中は見ない。封だけ開けとけば、とりあえずお母さんは私が中身だけでも見たと思うだろう。

 手紙の分別も最後になったという時、私は違和感に気づいた。私が書いた手紙がないのだ。私は昨日の夜に郵便受けに入れた。だから一番下にあることは確実のはずなのに、無くなっていた。私は手紙を取り忘れたのか、と思いもう一度手紙を取りに行こうと思った。外に出て郵便受けの中を見ると手紙が置きっぱなしだったのが見えた。ホッとした。お母さんが手紙を持っていってしまったらと思うと胸がバクバクしてしまう。私はサッと手紙を取り家に入った。お気に入りのサンダルを脱ぐ時、私の手に握られていた手紙は見慣れた色ではなく、きれいな空色。私が書いたものではない。慌ててもう一度郵便受けを見るが、私のものはない。廊下にも仕分けをした手紙の中でさえない。私の手紙が誰かに取られた。それだけで私は恥ずかしさでいっぱいだった。

 リビングに戻って自分を落ち着かせようとテレビを付けたら、ずっと握っていた空色の手紙に目が行った。その手紙は可愛らしく、雲のシールで封筒を封していて、右下には可愛い丸字で「木下 楓さんへ」と書いていた。

 私には手紙のやり取りをするような友達はもちろんいないし、見覚えもなかった。手紙の持ち主は誰かと思い、封筒の中を見ることにした。


木下 カエデさんへ

こんばんは。最近暑いですよねそんな日にはやはりアイスがいいでしょうね。ちなみに私はソフトクリーム系よりも食感のあるかき氷タイプのほうが好きです。

進路に悩むのとても分かります。私も一時期、頭が割れるぐらい悩み、母と揉めた事がありました。もしよければですが私が相談になりますよ。


 夢にも見ていなかったことだった。おばあちゃんが死んで以来、初めて手紙が帰ってきた。それはきっとどんなに願っても叶わないようなことだろう。全ての文に目を通した時には、私の心臓は破裂しそうなぐらい嬉かったが、それと同時に背筋が寒くなった。

 誰かが私の手紙を読んだ。私にとって手紙は私の全てを綺麗に書き直したもの。それは私の心の一部に過ぎず、誰にも知られたくはない部分だ。どうせお母さんは朝、郵便受けを見ない、という思いから始めていたがその結末がこうなってしまっていた。お母さんが仕事に行く前に郵便受けを見たっておかしくないだろう。私の後をつけて夜中に手紙をこっそり取って書いたのかもしれない。もし、仮にお母さんでもなかったら。たまたま歩いていた歩行者が夜に私の姿を見て、手紙の中身を見ていたりでもしていたのなら。

 次々と出てくる不安を消そうと、冷蔵庫から麦茶を取ってコップに並々と注ぐ。そうだ。自分は考えすぎなだけだ。この手紙の字だって、コンピューターで打って印刷したような活字だ。

 まず家に、コンピューターはないし、母がそんな回りくどいことをするわけがない。こんなの見つけたものなら、私の部屋に駆け込んで直接聞き込みに行くに違いない。それに、見知らぬ誰かが手紙を見るなんてことはまずありえない。確かに郵便受けは、ポストのように置き型であるが、手紙をいれる差し入れ口に手を突っ込んで奥まで動かせるほどの大きさではない。裏には私達が使う取り出し口もあるが、それには鍵がついているし、私は普通に、差し入れ口に入れた。だから見知らぬ誰かが私の手紙を出すことは不可能なのだ。

 私は机の中から手紙を一通取り出し、書くことにした。怖いもの見たさだったんだと思う。誰かも分からない人にもう一度手紙を送るなんて自分でも変だ。それでも送りたいと思ったのは、この人がおばあちゃんならなんて期待してしまったからだろうか。

 だから私は、たった二言だけ書いて書いて送った。


あなたは誰ですか。どのようにこの手紙を見たのですか。

 


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