置き手紙
@746500
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木下楓は無性に腹が立っていた。母のうざったい小言が原因なのか、友達が自分を置いて進路を早々と決めていったからなのかは分からない。ただ、焦りと嫉妬と苛立ちの入り混じった感情を押し込めていたものが、たった今、母の発した言葉で制御できなくなってしまったのだ。貴重な母との食事時間なのにもかかわらず席を立ったのは生まれて初めてのこと。母がなにか言っているのを尻目に私はまっすぐ自分の部屋へと向かったのだった。
私はガタガタと椅子を引き、机の上に開きっぱなしだった数学のノートの一番うしろのページを破った。ボールペンを手に取り、その紙切れに殴り書く。とにかく大きな字で、ズタズタになるまで。今自分が思っていることを全て書かないと気が気じゃなかった。
「お母さんなんて何も分かってないくせに」
「何で私は全然勉強ができないの」
「先生も勉強勉強うるさい」
「友達と比べんな」
「うざい」
もう真っ黒でグシャグシャになってしまったその紙は何が書かれているか自分でも読めたものじゃなかった。勢いよく書いたものだから、いつの間に肩でハァハァと息をしていた。
将来なんて知ったもんじゃない。時間に追われて仕事をする大人にはどうしてもなりたくない。好きなものも、得意なこともないのに急に、どんな仕事に就きたい?と聞かれたところでなにも分かるわけがない。でも、小さな頃に父が他界して以来、女で1人で育ててくれたお母さんを困らせるわけにはいかないのだ。ボールペンを折ってしまいそうなぐらい強く握っていた手も、いつのまにか力が入らなくなっていた。
少し気持ちが落ち着いたので、いつものように私は机の中にある便箋を取り出した。決して新品とは言えない、少し黄ばんだ色で、小さなコスモスの花が端っこに描かれた便箋。先の尖った鉛筆を用意し、姿勢を整えて深呼吸をする。どんな字よりも綺麗にそして、丁寧に。さっき書いた紙を見ながら自分の思ったことを文章にして手紙にする。二枚の字を比べると、とても同じ人が書いたとは思えないほどだ。
この手紙を二つ折りにして封筒に入れ、その日の7時までに手紙を郵便受けに入れる。そうしたら、「かぐや様」がこの手紙を手にとって返事をくれる……らしい。小さい頃におばあちゃんが教えてくれたおまじない。なかなか家にお母さんが帰ってこないため、1日中泣きわめいていた私を励まそうと考えてくれたのだろう。翌朝起き、自分の手紙が無くて、代わりに手紙が返ってきたときはとても喜んでいた。でも、こんな方法を信じ込んでいたのはほんの幼い頃。おばあちゃんが亡くなった時、郵便受けには私の手紙がずっと置いてあった。私はこの時、これが私についたおばあちゃんの嘘だということに気づいた。
おばあちゃんが亡くなったのは小2のこの時期、外は猛暑日だ何だと大騒ぎになっていたが、白装束を着たおばあちゃんの手がとても冷たかったのは当時の自分にとって気味の悪いものだった。おばあちゃんは私に大量の手紙と封筒を残していた。おまじないを続けなさいという意図なのかは、自分には分からないのだが。それから、何かあるたびに思ったことを時々書いた。正直、おばあちゃんが死んだあとは、この手紙を天国から読んでくれると思っていて必死に書いていたが、段々とその頻度も減って、毎日から週に1回、今ではもう年に5回ほどになってしまった。
今回の手紙もどうせ郵便受けに入ったままだと思っていた。しかし翌朝郵便受けに入っていたものは見慣れた黄色い封筒は無く、私宛に空色の封筒が入っていた。この一通の手紙が私を変えてしまうなんて、今の私には考えもしなかったことでしょう。
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