君と

 異臭を放つゴミ袋と、その中にうずくまる僕。そんな僕を見て、君は言った。


 「久しぶり。さようなら」


 と。


 完璧な人間なんていない。君も、私も、教鞭をとる教師さえも完璧ではない。皆不完全な部分を持ちながら、それを隠そうと生きている。外聞が良ければ認められる。内面なんて誰も見ていない。それをわかっているから、私たちの世界は生きづらい。


 大人になったら、こんな自分でも完璧になれると思ってた。その時の僕からしたら、大人たちは優しくて、何もかも卒なくこなして、できないことなんてないかのように思えた。でも彼らは、僕を、僕の心のうちに隠された心の傷を、救っては、癒してはくれなかったが。そんな彼らを僕は憎んでいた。なぜ僕を救ってくれないのか。生まれながらに完璧なあなたたちは恵まれているから僕の気持ちはわからないんだと。


 とはいえ今の僕にはこんなことを考えている余裕はなかった。久しぶりに外出して、店で買い物をして、出てきてすぐにここに連れてこられた。昨日の雨でぬかるんだままの地面が不快だ。


 僕をここまで連れてきた彼女をみて、高校のクラスメイトにこんな奴がいた気がする、と思い至る。彼女は、透き通って凛とした顔つきをしていた。


 彼女の手にあるそれが、きらりと光った。手練れの暗殺者のように美しい動きでそれを僕の首元に突きつける。


 首元に突きつけられたものを見てやっと、彼女の持っていたものがナイフなんだと気づいた。


「どうして」


 突然のことにどうすればよいかわからなかった。僕が何かしたか、君に。


 * * *


 大人になって気づいた。彼らも生きづらい世界を僕と同じに生きていた。息苦しい世界で、それでも、より良い自分であろうと生きていた。なんて素晴らしいんだろう。部屋に引きこもってばかりの僕とは大違いだ。尊敬、しないとな。


 * * *


 目を覚ますとそこは病院の一室だった。君が僕の顔を覗き込んで静かに言った。


「よかった。生きてた。死んでない。私は誰も殺してない。あはははは。あいつらは私を犯罪者だって言ったけど、私は殺してない。あいつらに無理やりさせられたってことにしよう。そうだ。そうだよ。これで私は無罪放免。自由の身だ。」


 ねえ、一緒に逃げよと言って彼女は、あの場所に僕を連れていく。高校時代の、君と僕の過ごした、秘密のあの場所へ。僕たちは誰にも知られず、ここで暮らして、ここで死んでいくんだ。なんて素晴らしいんだろう。


 雷鳴が轟くピリついた空気が、僕たちの未来を予感していた。

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雑多 はやかなか @68252

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