第36話 世界の法則
バシュッ
鋭い音を立てて放たれた矢。
ダンッ!!
それは取り付けられた的のど真ん中を射抜き、力強い音が響く。
それを見ていた人々の歓声が周囲に響き渡った。
その中にいる一人。若草色の髪をした少女が、弓を放った深緑の髪の青年に声をかける。
「兄さまスッゴ~い! また真ん中に当たった~!」
弓を射る兄の姿をじっと見つめていた少女は、空色の瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうに声を上げた。
「ありがとう、ヒメロス」
青年は妹の方に目を向け、表情を和らげる。
ヒメロスの兄であるアモスの弓術は、狩りを得意とするキニギドゥラの中でも突出していた。
しっかりと鍛え上げられた身体から放たれる矢は、的に深々と突き刺さるほどの強い威力があり、百発百中と言っても過言ではないほど、狙った場所を正確に射抜ける高い命中率を誇る。
そんな強い兄の姿に、ヒメロスは羨望の眼差しを向けていた。
「わたしも兄さまみたいに弓矢を扱えるようになるかなあ」
「私だって弓を上手に扱えるようになる為に、何度も何度も練習を繰り返したものだ。諦めずに続けることが出来たのならきっとヒメロスにも扱えるようになるだろう」
「諦めずに続ける、かぁ……。弓を持てるようになったら、たくさん練習して、兄さまに負けないくらいの弓使いにわたし、なるよ!」
「ふふっ、楽しみにしているぞ」
優しく微笑みを浮かべるアモス。
――――ヒメロスはそんな強くて優しい兄に憧れていた。
――――――――――――
――――――――
――――
懐かしい記憶の回想。それはヒメロスにとって憧れ、そして想いの源だった。
――――過去の自分が、現在の自分を作り出す。
――――現在の自分が、未来の自分を作り出す。
だからこそヒメロスは諦めずに弓矢の練習を続けていた。
ヒメロスはハッと目を見開く。目の前に影狼の姿はない。しかし、黒いモヤは依然として視界を覆っている。
(…………)
ヒメロスは背中から強い風が体に当たっているのを感じる。
それはまるで、自分自身が矢になったように思えた。
「もしかして! もしかしなくても!! 落下してる!?」
黒いモヤで視界は見通せないが、空色の瞳に映る景色は、物凄い速度で動いている。
背中から感じる強い風と足のついていないこの感覚。
(やだ! 死にたくない。兄さまと約束したのに! 思い出したのに!!)
想いが込み上げてきて、ジワリと目元から溢れだす。
溢れる涙よりもヒメロスの体のほうが落下する速度が早く、涙は上へと流れていく。
重力という世界の法則は無慈悲にもヒメロスと感情の雫を引き裂いていく。世界の法則という名のルールは、そこにある万物に適用される。
上に昇っていく自分の涙を見つめる。
見ているのが、死を受け入れるのが嫌になったヒメロスはそっと瞼をおろし。きつく目を閉じて想いを描く。
――鳥のように空を飛べたらいいのに。
人間には鳥のような翼はない。
――怖い。死にたくない。
未来に希望を見出す者ほど生を望む。
ヒメロスの体に当たっていた風がふと止まる。それと同時に感じる、柔らかなものに抱き止められるような感覚。
ふわりと
ヒメロスの身体に突然訪れた異変。しかし死を受け入れるのが怖い少女は、固く閉じた瞳を開けずにいた。
そんな少女の耳元で鈴のように、安心するような声色が紡がれる。
「もう、大丈夫だよ」と。
何が起きたのかヒメロスは理解できずにいた。
理解するためにもヒメロスはゆっくりと目を開けていく。
――――開かれる空色の瞳に差し込む光は、明るい未来への希望を含んでいた。
始源の女神と終末の黒竜 ~女神と竜は地上巡りの旅に出る。そして迎える最期の物語~ 鰯ン @IwashiKING
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