三章
第31話 憧れる少女
キニギドゥラの集落から少し離れた平原。
そこには、肌をそっと撫でるような優しい風が吹く。
一本の大木が生えているその場所は、とある少女にとって、お気に入りの平原だった。
小柄な体格の少女は、若草色の髪を肩まで伸ばしている。日に焼けた健康的な褐色の肌。そしてそんな彼女は強い意思のこもった空色の瞳をしていた。動物の骨を装飾品としてつけた民族衣装を思わせる装い。それはおへそが見えており、涼しげな印象がある。
華奢な少女は、可愛らしい顔とは対照的に、勇ましく弓矢をつがえる。
パシュンッ
風を切る鋭い音。それは若草色の髪の少女が持つ弓から放たれた矢の音だ。放たれた矢は空を切りながら大木に取り付けられた的へと突き進む。
的にあと少しのところまで迫る矢だが、その動きはブレ始め、ついには的に届く前に地面へと落下してしまう。そんな矢のようすを見届ける少女の空色の瞳は、悔しそうに細められる。
「ッ! ……どうして……どうしてあたらないの……」
そう呟く若草色の髪を持つ少女の声音からは悔しさが感じ取れた。
彼女の住むキニギドゥラの集落は、狩猟や採集によって生活が成り立っている。そんな集落では、特に弓の技術が高く評価される。
(わたしじゃ兄さまみたいな弓の使い手にはなれないのかな……)
そんな集落の中でも、少女の弓の腕は最低といってもいいだろう。なんせ、的に矢が当たらないのだから。
彼女には憧れの人物がいる。それは実の兄であり、彼女にとって唯一の家族だ。
憧れの兄は、キニギドゥラの集落で一番の弓の名手で、集落の周辺で最近現れるようになった『
パシュンッ
鋭い音が響く。再び矢を放つ少女だったが、やはり矢は的に届く前に、力を失ってしまう。――大好きな兄の役に立ちたい。そんな想いを胸に特訓するがその成果は
「せめて……少しでも上手く、弓を使えるようにならなきゃいけないのに……」
悔しそうに表情を歪める少女は、それでもめげずに何度も弦に指をかける――。
――――――――――――
――――――――
――――
空がオレンジ色になる前に、少女は家に帰り着く。
そんな少女は暗い顔をしている。結局、今日も弓の技術の成長を感じられなかったのだ。気分が晴れないのも当然だろう。
ため息をつく少女。そんな少女に対して家の中にいた人物が声をかける。その男性は深緑の髪に青い瞳をしており、均衡のとれた体つきからはよく鍛えられているのが分かる。
「お帰り、ヒメロス。……また集落の外に出ていたのか?」
「うっ。……に、兄さま……ただいま……」
ヒメロスと呼ばれた少女は気まずそうに返事をする。
集落の外には兄に告げずに出ていた。そのため罪悪感があるのだろう。
「今、集落の外は影狼の発生で安全ではない。用がないのに出歩くのは危険だと伝えたはずだが」
「ごめんなさい……でも、遠くには行ってないし、暗くなる前には帰ってるから大丈夫」
「……ヒメロスももう成人だ、お前にはお前なりの考えがあるのだろうから、深く止めはしないが」
「ん……わかってる。でもわたしのことは心配しないで大丈夫だから」
兄の言葉を遮り、そう言うとヒメロスは足早に兄のもとを去り、自室へと向かう。
そんな妹の姿を見る兄は、青い目を細め、どこか悩ましげな表情をしていた。
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