第30話 動き出す物語

「んぅ~、疲れた身体に染み渡る~」


 ラグーナとの鍛練を終えたアーチェは、キニギドゥラへ向かう道中で見つけた川に浸かっていた。その背には三メートルほどの岩……ではなく、大きさを変えたラグーナも一緒に水浴びをしている。


「冷たい水を浴びるという行為の良さが今まで分からなかったが、身体を動かした後の水浴びは確かに心地よさがある」


「おっ!? もしかして、ラグーナも水浴びの良さに気づいた?」


「今回は特別だ。久しぶりにたくさん身体を動かしたのだ、その後であれば悪くはないというだけだ」


 数時間と長い間続けて鍛練をしたアーチェ。彼女は鍛練を終えたあとに旅を再開した。そんな旅の道中で川を見つけると「頑張ったご褒美に水浴びしたい!」そう言い出したのである。


 アーチェの提案に、黒宝石と化したラグーナが『我も浴びたい』そう返したのが、現在の状況の始まりだった。流石にラグーナが元の大きさだと水がせき止められる為、ほどよいサイズに大きさを変えていた。


 ラグーナの心境の変化に少し驚いた表情を浮かべたアーチェだったが、水浴びの良さを共有したかった少女は、そんな黒竜の心境の変化を歓迎していた。


「私もこんなに長時間、鍛練に集中しちゃうとは思わなかったよ」


「部位集中はその名の通り、集中力の維持が必要であるからな。本来であれば我が止める必要があったのだが、久しぶりの心躍る戦いに、やめ時を忘れていた。すまぬな」


 アーチェの部位集中時の力に、創造神のの力を感じたラグーナは、昔を思い出すかのように、アーチェとの戦いをたのしんでいた。鍛練ということを忘れるぐらいには、アーチェとの戦いに熱中していた。


「謝らないでよ。もともと今回の鍛練を望んだのは私なんだし。それにラグーナも鍛練を愉しめたのなら、私だって嬉しいもんね」


「ふむ……そうか。しかしアーチェよ、お前の成長には驚かされたぞ。部位集中を身につけただけでなく、我の神気による圧にすら耐えられるようになっていようとは」


「えへへっ、夢の中で神圧を受けても大丈夫な方法に気づいたんだ。恐怖っていう感情は心の働きの一つ。ならその根源にある魂を神力で強化しちゃえばいいって」


 笑みを浮かべるアーチェは嬉しそうだ。


 魂に神気を纏うということが実現できたのは、彼女が『想像』を司る女神なのが大きな理由の一つであろう。


「……魂か。神魂の契りを結んだ我が言うのもなんだが、魂は存在の源であるがゆえに干渉は難しい。まさかそこに神気を纏うとはな……」


「まぁ現実世界だとその発想には辿りつけなかったかもしれないけど、夢の中はそれこそ魂の世界だからね。それに、私が作り出した夢の世界だからこそ干渉しやすかったっていうのもあるのかも」


「ふむ……夢は非現実的なもの。はかなく消える幻だとしか思っていなかったが、夢を操り魂に干渉する。想像の力を使った見事な発想であった」 


 ラグーナは力の使い方を考え出したアーチェに称賛しょうさんを送る。


「ありがとう。ラグーナとの鍛練でいろんな神力の扱い方を学べたよ」


「我もお前から学ぶことがあった鍛練だったゆえ、お互い様だな」


「ラグーナが学んだこと?」


 ラグーナの言葉にアーチェは疑問の表情を浮かべる。


「うむ。部位集中など我には必要ないと考えていたが、鍛えるのも悪くない、そう思えた」


「ら、ラグーナが部位集中を扱えるようになったらもっと差が開いちゃうじゃん!」


 ギョッとした顔をするアーチェに、ラグーナは笑い声を上げる。


「ふははははッ。お前という競う相手ができたのだ、負けてはられぬからな。ながらく感じなかった高揚感だ」


「むぅ~。ラグーナを打ち負かせるように私だって強くなってやるんだから!」


「ふふっ。その道のりは永遠のように果てしなく長いであろうが、その時が来るのを心待ちにしているぞ」


 水浴びをしながら、寄り添い合い、語り合う二つの影。

 純白の女神と漆黒の黒竜。

 

 その物語はこうして動き出す――――。







 【あとがき】

 これにて二章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました!


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始源の女神と終末の黒竜 ~女神と竜は地上巡りの旅に出る。そして迎える最期の物語~ 鰯ン @IwashiKING

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