第29話 神速の挑戦

 森の広場に二つの影がある。


 一つは世界を滅ぼせるような力を持つ、漆黒の気を纏う竜。

 

 もう1つは世界を救える力すら内に秘めているであろう、純白の少女。


「えへへっ、ラグーナの神気を受けても、もう大丈夫。夢の中で何度も繰り返した光景だもん」

 

「……夢……だと?」


「……うん。夢の中でラグーナを想像して、そこであなたと何度も戦ってみたの。まずはラグーナの神圧に耐える必要があったんだけど、その方法を思いついたおかげで、部位集中の使い方もわかるようになったんだよ」


 ラグーナの呟きに、長い夢の出来事を思い返しながら答えるアーチェ。それを聞いている黒竜は少し眼を細める。


「なるほど……にわかには信じがたい話ではあるが、実際に我に立ち向かえている以上、事実なのであろう。……なにより、想像の神であるからこそ、それを可能にしてしまえるだけの力があるのだろうしな」


「えへへっ、でもラグーナが神気を纏った状態での戦いはまだしてないから、どこまで通用するか試させてもらうよ!」


 そう言うとアーチェはラグーナに立ち向かう。

 一歩ずつ歩いていた少女の身体は、再び消える。


 神速の少女の一撃。


 神気を纏った黒竜は、それを巨大樹のような腕で受け止め、振り払う。


 アーチェは自らの神速の動きに対応されたことに一瞬、驚きの表情を浮かべた。アーチェは空中で体勢を整えると、美しい姿勢で地面に着地する。


 地に足をつく純白の美少女は、「ふふっ、面白くなってきた」と呟き、微笑を浮かべた――。


―――――――――――― 


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 白と黒のぶつかり合い。それは日の位置が大きく変わるほどの時間行われていた。

 両者共に共通するのは、満足げな表情を浮かべているところだろうか。


 逆に違いといえば、黒竜ラグーナの方はまだまだ余力があり、傷一つ負っていないのに対して、純白の女神アーチェは息を切らしている。しかし、その虹を宿す瞳の戦意は未だ揺らいでいない。


 アーチェの着ている白いドレス。それは天界の素材で作られ、不浄と不変の性質を持つ。だが、そんな神聖なる衣装は、長い戦いの果て、所々破れてしまっており、女神の色白の肌がちらほらと見えてしまっている。


「ハァ……ハァ……フゥーッ、スゥー」アーチェは息を整えて、黒竜を見つめる。


(私も強くなったと思ったんだけど、やっぱりラグーナはそれ以上に強い。でも確実に近づけてる。もっともっとラグーナの力を引き出させて、私自身の成長に繋げてやる!) 


 アーチェの夢想の世界は、自らが経験したことのほうがより現実を忠実に再現できる。それゆえ、アーチェの不利な現状は、自らが成長するためのかてでしかなかった。


「んっ……ふぅ。さぁラグーナ、あなたの強さをもっともっと私にみせて」


 囁くアーチェの瞳には、どこまでも深い向上心が宿っている。虹の眼光は確かな未来へ見据えた輝きを宿していた。



 失敗も敗北も、命の灯火が燃える限り、精神の炎が揺らめく限り、己を成長させるための糧でしかない。


 挑戦に失敗はつきものだ。


 しかし、失敗を恐れてはいけない。勇気を持って立ち向かわなければならない。何故なら、自分自身を成長させるのは、自分自身の行動だけだからだ。挑戦に対する結果が悪くても、それは次に繋げられる。


 真に大切なものは、真に尊いものは、挑戦することで初めて得られる経験だ。結果が出るまでの過程が自身を成長させる。


 だからこそ、アーチェは立ち続け、立ち向かい続ける。

 身体が傷ついても、命の灯火が消えるわけではない。ならば全力を持って挑むだけだ、そうすれば魂はより強固になり、より強い輝きを放つ。


(私はもっともっと強くなる。ラグーナと同じ世界で一緒に生きていくためにも!)


「ハアアアアァァァァッ!!」


 アーチェは気迫のこもった叫びを上げて、絶対的な強者に目掛けて突き進む。

 

 ラグーナはそんな少女の想いに応えるように、神気を纏って立ちふさがる。

 

 こうして、アーチェの鍛練は続いていった――――。

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