第28話 神速の少女と不安な黒竜

 日の光が空から降り注ぎ、黒竜の神域が広場を包んでいる。


 アーチェは純白のドレスのすそをふわりと揺らめかせ、もとの位置へと降り立つ。そんな彼女に驚いたような目を向ける黒竜。


「えへへっ、どうかなラグーナ。私の思いつきの成果は」


「……油断していたとはいえ我に攻撃を当てるとは、素直に驚いたぞ。……いったい何をした?」


「そりゃもう、何度も鍛練をしたんだよ。あなた相手に」


 そう答えるアーチェにラグーナの疑問は深まるばかりだ。


「我を相手に? 確かに昨日、実際に戦闘することによって神気の鍛練はおこなったがそれだけで……? 戦いを司る神であるなら短期で強くなるのは分かるが……。むぅ……、分からぬな」


 考える黒竜をアーチェはニコニコと見つめている。

 そんな少女の様子にラグーナは考えるのをやめた。


「まぁよい……どこまでやれるのか試してやろう」


 ドゴォッという爆音が響く。ラグーナは巨大な爪で地面を蹴り上げ、アーチェを狙う。

 握りしめられた黒竜の拳は勢いそのままに放たれる。

 大地を揺らす衝撃。それと同時に激しい音が広場を埋め尽くす。


 ドッという衝撃が走る。

 その衝撃でラグーナの身体が横に揺れる。

 さっきまで純白の少女がいた場所を殴りつける黒竜。


 そんな黒竜の横腹を右腕で殴りつけている少女。

 その突き出された少女の拳は僅かに虹色の光を帯びていた。


 ラグーナは体勢を整え、全身を使い衝撃を受けた左へと転じる。しかしアーチェの姿はそこにはもうない。


 虹を纏う一筋の可憐な流れ星が、黒竜の身体目掛けて突き進む。純白のドレスの少女は、両足で黒竜の背中を蹴りつける。虹の残像を残すほどの圧倒的な速さ。それはまさに神速だ。


 ドガッという音と衝撃を受け、黒竜は地面に押しつけられる。


「ッ!」


 少女の速さに圧倒され続ける黒竜は、言葉を発しない。


 ストリと音を立ててアーチェはラグーナの正面に降り立ち、言葉を紡ぐ。


「ふふっ、ラグーナをここまで圧倒できるなんてね……」


「……なるほど。……部位集中を身に付けたのか」


「うん、あなたと戦うにはこの力を早く身につける必要があったからね。でも部位集中を使えるようになったのは、副産物みたいなものだったんだけどね」


 右手を胸に当てるアーチェは、そう言って微笑む。


「部位集中が副産物だと?」


「そう。……ねぇラグーナ、神気を纏ってよ」


「だが……」


 ラグーナは昨日の鍛練でいきなりアーチェに神気による圧をぶつけたのはやりすぎたか、と思っていた。

 そんなラグーナの思考を読んだのかアーチェは語りかけるように言う。


「私なら大丈夫。だからあなたの力を私にみせて」


「……後悔するなよ」


 立ち上がる漆黒の竜。纏う雰囲気が一気に変化する。

 それを見る純白の少女は、両手を握りしめて深呼吸をする。


 ラグーナはその身に黒き神気を纏った。漆黒の巨体。それがさらに大きく感じるほどの絶対的な圧。

 

 ゾワリと肌を撫でるような感覚がアーチェを襲う。この圧に昨日のアーチェなら恐怖していただろう。立っていることすらできずに膝をついていただろう。


 しかし彼女は、黒竜の放つ神圧を前に、両足でしっかりと立っていた。虹を宿すその瞳は、目の前の黒竜をしっかりと見つめている。うっとりと見つめている。


「うわぁ……。やっぱり現実で感じる感覚は、夢で感じるのとは違うね……でも確かに私は、ラグーナの神気を前に恐怖せずにいられてるんだ」


 そう呟く少女は、色白の頬を赤らめて「えへへへっ」と不気味に笑う。


「……」


 そんな少女を見てラグーナは言葉をなくしている。


 部位集中、さらには神圧への耐性まで身に付けていることには驚かされた。しかし、その少女が変な方向へと成長しそうな予感に大きな不安を感じているラグーナであった。

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