第23話 不思議な果実
曖昧で不思議な空間に純白の少女はいた。居心地が良く安心する、そんな空間だ。
(お腹が空いた……甘い果物を食べたいな……)
アーチェがそう思うと、目の前に色とりどりの果物が現れた。その光景に少女は驚きの表情を浮かべる。
「わぁ! こんなに沢山……食べてもいいのかな? ……いいよね! 私の前にあるんだもの」
不思議な現象に疑うこともせずにアーチェは自分で自分を納得させると、赤い果実を手に取る。少女が果実を顔に近づけるとほんのりと甘い香りが
――シャリッ
そんな音を立てる果実は、音と同時に甘さと酸味の均衡の取れた味をアーチェの口の中に届ける。
「ふわぁぁ……おいしぃ~」
味をより堪能したいと思ったアーチェは、赤い果実のかじり取られた断面をペロリと舐める。林檎のような酸味の味がするそれは、瑞々しく喉の渇きも潤せそうだ。
そうして目の前にある様々な果実に手を伸ばし、味を比べながら食べていく。幸せな空間――。
アーチェは再び果実に手を伸ばす。すると伸ばした分だけ果実は彼女のもとから離れていく。
「えっ……なんで逃げるの?」
いままで簡単に手に入っていたものが、突然手に入らなくなる。しかしアーチェは諦めない。アーチェは果実に近づき手を伸ばす。すると、またもや果実は少女の手から逃げるように離れる。
「なんで逃げるのよ! 絶対に食べてやるんだからっ!」
アーチェはそう言うと果実を追いかける。そんな彼女に対して果実も負けじと逃げ始める。あり得ない現象、しかしアーチェはそれを認識できない。
もっと食べたいと強く思う。様々な果実を食べたはずのアーチェのお腹は全然満たされていないのだから。
「待って!」そう叫んで手を伸ばす。懸命に果実を追いかける。強く想い声を上げる。
『まだ食べたりないっ!!』
――――そう叫ぶと同時にアーチェは瞼を開いた。
黄昏の日が広場を照らしている。
アーチェの目の前にあるのは、伸ばされた自分の手とそれから逃げるように離れている黒竜の尻尾だった。その尻尾は傷こそないが一部が濡れている。
「すぅーーー……ッ!」そう息を吸い込んだアーチェは、思考をフル回転させ現状を理解しようとする。その顔は徐々に赤らんでいく。
「随分と愉快な夢を見ていたようだなアーチェよ。まさか竜である我が食われる側になるとは、思ってなかったぞ」
アーチェに声をかけたのはラグーナだった。黒竜の金の瞳は固まってしまっている少女を面白そうに見ている。
「夢……? 夢だったの……」
「突然泣き出したかと思えばすぐ寝るし、さらには眠りながら我の尻尾を食べようとしたりと忙しいやつだな」
「うっ、それは……その……ごめんなさい」
「まぁよい」そう言うとラグーナは尻尾を器用に動かし何かをアーチェの前に置く。……それは果物だった、アーチェが夢で見たほどの種類はないがどれも美味しそうだ。
「えっと……食べていいの?」
「お前のために用意したのだ。また我を食べようとされてはたまらん」
「だ、大丈夫、次は間違えないから。それと、ありがとうラグーナ!」
「いただきます!」アーチェはそう言うと、現実の世界で果実を口にする。
現実の果実は食べれば食べるほどお腹を満たしてくれて、優しい味がした――。
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