第22話 絶対の壁を越えるモノ
神秘の力を帯びた森の広場。
そんな森の広場に『神気』を受け、立つことができない少女がいた。純白の少女の目の前には、今まで以上に大きく感じる黒竜の姿が映っている。そして彼女は『神気』を纏った竜の姿に身体の震えが止まらない。
(悔しい……)
アーチェはそう思った。彼女の傍にいつもいてくれるラグーナ。そんな大好きで大切な黒竜のことを怖い、そう感じてしまった自分の弱さが悔しかった。絶対的な差があることがあることが悔しかった。
アーチェの心の中から抑えられない何かが溢れそうになる。そんな強い想いを歯を食いしばって抑えようとする。ぎゅっと地面を握りしめて抑えようとする。抑えようとすればするほどそれは溢れそうになる。
少女の潤む瞳には近づいてくる黒竜の姿が映る。その姿を瞳に宿していられなくて
(あなたと対等でいたいのに……)
優しいラグーナしか知らなかった。そんなラグーナと戦って初めて違う一面を知った。大切な存在であるラグーナに怖いと思ってしまった。同じ世界を歩みたいのに、そんな相手に怖いと感じてしまった――。
アーチェの傍まできたラグーナは、俯く少女の頭を尻尾で撫でる。その身体に『神気』はもう纏われていない。
「我に恐怖したのであろう……」
黒竜の言葉に、アーチェの心臓はどきりと鳴る。何か言葉を返そうにも何も返せない。
「無理もない。……我は今までお前に優しくしか接してこなかったからな。……我は元より攻撃的な性質を持つ神。そんな我の神気を受けて恐怖するのは当然であろう」
そう呟くラグーナの言葉には、地面に座りこんだままの少女を思いやる優しさが含まれている。
静寂が場を支配する。そんな中、アーチェは心の中をゆっくりと吐露していく。小さな衝動が大きくなるようにゆっくりと言葉にしていく。
「……ごめんなさいラグーナ。あなたの言う通り、私はあなたを怖いと思った。あなたに恐怖しちゃったの……」
「自分よりも強き者を前に恐怖するのは当然の感情だ。……何故お前が謝る」
「……あなたが私よりも強いのは知ってる。……でも……それでも私はあなたを怖いとは思いたくなかったっ!」
強きものが生き残る。それは当然のことであり、自然の摂理だ。ラグーナにとっても、自らの『神気』にアーチェが耐えられるとは思っていなかったし、恐怖する感情も当然のものだと考えていた。
そんな本能を否定しようとする少女を黒竜は理解できなかった。
「何故そこまで本能を否定する……それは」
アーチェは自らの心をさらけだす。その想いは純粋だった。何ものにも染まらない純粋な白。
「ラグーナのことが好きだからっ! あなたのことが大切で、これからもあなたの傍に居たいし、あなたと同じ世界を見ていたいの! だから……だからこそ私は、あなたに恐怖しちゃった自分が悔しいのっ!!」
アーチェはそう言って小さな拳をラグーナの身体にぽんっと叩きつける。黒竜の身体に虫すら殺せないであろうそんな拳をぶつける。
アーチェは自分の想いをのせた言の葉をラグーナの心にぶつける。絶対的な力の壁すら通り抜けて、その言葉はラグーナの魂を震わせる。
言葉にしてしまうと、アーチェの抑えていた心の中の感情は涙となって頬に流れた。塞き止めていた水が溢れ出すような勢いで流れる涙。
その言葉を聞いたラグーナは、その想いを受けた黒竜は目を見開いて立ち尽くす。感情を完全には読み取ることはできないが、驚きに固まっていることはわかる。
そんな黒竜は涙する女神をじっと見守っていた……。
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衝動のままに自らの想いをぶつけたアーチェは今、ラグーナの身体に寄り添うように身を預けている。その瞳は閉じられており、純白の少女は「すぅすぅ」と寝息を立てていた。
慣れない『神気』を使ったことで、慣れない『神気』をその身に浴びたことで疲れていたのだろう。
しかしその顔はさっきまでの恐怖に怯えた顔ではなく、安心しているかのように緩められている。
「自分の想いをぶつけて、そのまま寝てしまうなど……我はお前が起きるまでどう過ごせばいいのだ……」
そう言うラグーナだが、その金の瞳は愛おしいものを見るように、アーチェの姿を映していた。
――――力の差という絶対の壁を破ったのは、黒竜に対する女神の『想い』だった。
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