第21話 少女の身体に刻まれるモノ

 神聖な雰囲気の漂う森の外れにある広場。

 そこでは、白いドレスに身を包んだ少女と、巨大な木を思わせる強靭な四肢を地面に生やす四足歩行の黒竜の姿があった。


「いったたたた……」


 黒竜の長い尻尾を前に、アーチェの身体は幾度となく弾き飛ばされる。親猫が子猫の遊び相手になっているかのように、アーチェの攻撃は尻尾一つで軽々とあしらわれていた。


「神気の源は神力。より強い神気を纏うためには精神を研ぎ澄ます必要がある。一心に集中するのだ」


 ラグーナの言葉を耳にアーチェは再び立ち上がる。


 尻尾の攻撃を潜り抜け渾身の一撃を叩き込む、そんな思いを胸にアーチェは呼吸を整えていく。


「すぅぅぅぅ、ふぅぅぅぅぅぅ……」深呼吸をするアーチェは集中力を研ぎ澄ませていく。全身に『神気』を行き渡らせる。


 アーチェの身体に具現化した純白のオーラが漂う。その姿は白百合を連想させる華麗な華のようだ。少女の黄金の瞳には鋭く強い光が宿る。


 アーチェの白肌の素足が地面を強く踏みしめる。そして、ドッと音を立て大地を蹴りつけ、黒竜を目標に飛び出た。ビュンッと風を切り裂く純白の華。


 そこへ、ラグーナの鞭のような鋭い一撃を持つ尻尾が振るわれる。しかし、アーチェの『神気』を纏った眼光はそれの動きを眼で捉え、しっかりと回避する。


(避けれた! いけるッ!)


 尻尾による攻撃を回避した少女はそう確信する。そうして生まれる一瞬の心の隙。


 ――ビュオォォッ。


 風音と共に突風が吹き荒れる。「ひゃっ」と短い悲鳴を上げるアーチェ。彼女の身体は再び吹き飛ばされ、無の空間にぶつかって地面に吸い込まれるように落下した。


 竜の尻尾の攻撃を避けたアーチェ。その眼が最後に捉えたのは巨大な黒翼だった。


「ッ! いたたたたっ……」そう呟くアーチェは両手で身体を支えて上半身だけを起こす。そんな少女にラグーナは語りかける。


「最初の頃に比べればマシではあるが、それでは我には届かんな」


「ね、ねぇラグーナ……尻尾以外も使うの?」


 そう呟いた少女の顔には僅かな絶望が覗いている。まるで強敵を倒したら更なる強敵が出てきた、そんな表情だ。


「……? 当たり前であろう。戦いというものは持ち得る武器全てを使い行うものだ」


 そう言い放つラグーナは全身に『神気』を纏った。アーチェのソレとは比べ物にならない漆黒の『神気』。


 極限まで研ぎ澄まされた『神気』は纏うだけで周囲に凄まじい圧を放つ。全身に鳥肌が立つような、世界すら震えるような、そんな漆黒の圧を黒竜は放っていく。


 放たれた『神気』を帯びた圧をその身に受けたアーチェの身体はがくがくと震えだし、少女の桜色の唇は色を失い、「ヒッ……」っと恐怖を帯びた声音で悲鳴を上げる。


 震える少女の瞳には、『神気』を纏った黒竜の全身が映っている。尻尾に翼、鋭い牙を持つ顔に巨大な四足。


 その全てが竜という生き物の武器なのだ。本気を出せばそのどれもが致命傷の一撃を叩き込んでくるだろう。そのことにアーチェのが震える。


 神という絶対的な存在のアーチェ。しかし、彼女の目に映る『神気』を纏った破壊神の姿が、絶対的な力の差があることを彼女のに理解させてくる。『想像』を司る女神であるアーチェでも、目の前の黒竜にはまるで全然、勝てるイメージが湧いてこなかった。


 ――――そんなアーチェは目の前の黒竜に本能からしてしまった。


 ――――身に、心に『恐怖』という感情を刻み込まれた。

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