第18話 てんさい的な発想

 森の中にある虹のような幻想的な泉。その水中には見るものを魅了してしまう漆黒の金剛石がある。それは対照的な色を持つ膨らみの上に乗り上げていた――。

 

『水に浸かって心の癒しを得て、水の冷たさに生を実感する……か』


 少女の水浴びに対する思いを聞いたラグーナは自分のことを思い返す。


「え~、でもラグーナ、天界では温泉とか好きじゃなかったっけ?」


『普通の温泉も悪くはないが、我の好みはマグマ温泉だな』


「……マグマ……温泉?」


 アーチェの表情が固まる。想像の斜め上に飛んでいったラグーナの言葉に、彼女の思考は鈍くなる。


『うむ。身体を包み込むような温かさは確かに生を実感できるかもしれぬ。……天然の火山を見つけて浸かるでも良し、が『力』で山に穴を開けて、造り出したマグマ温泉に浸かるのも良かったな……』


 思い出のマグマ温泉を思い浮かべるラグーナは上機嫌になってくる。


 泉というものは、生きとし生けるものに活力を与えてくれる。そんな性質を持つのかもしれない。


「……天……災?」


『うむ! 我もその発想に至った時、自らの天才さに惚れ惚れしたものよ! 想像の女神であるお前が認めるのであればやはり、クリティシアスの奴が間違えているのだ!!』


「そっちの天才じゃなくて自然災害の方の天災だよっ!!」


 褒められたと勘違いした黒竜は随分と機嫌が良さそうだ。そして、何故か創造神の否定を始めた。

 そんな黒竜の暴力的な発想にアーチェは思わずツッコミを入れる。


『なッ! アーチェよ、まさかお前まで我を責めるのか!』


「当たり前でしょ!! 自然を壊してまでマグマ温泉を作るのはただの破壊神だよっ!」


『えっ? いや、我、『破壊』を司る神……』


 アーチェは水中の黒き宝石を黄金の瞳で睨みラグーナを黙らせる。


「いくら破壊を司るって言っても使いどころを間違えたら災いをもたらす魔神と同じじゃない! それで、お父様が間違えてるってどういうこと?」


『う、うむ。あやつもマグマ温泉は気に入っておってな。よく一緒に入っておったのだ』


「お父様がマグマ温泉に……?」


 自らの父がマグマに浸かる姿を想像できなかったアーチェは、目を大きく開けて驚きの表情をする。


『それである時、奴を驚かせようと手造りのマグマ温泉を紹介したのだ』


「自然を壊して造り出したものを創造神であるお父様に……」


 アーチェはそれだけでその後の展開の予想が思い浮かぶ。普段は優しい父だが、だからこそ怒ると怖い。


『そしたらクリティシアスの奴、いきなり我に頭突きをくらわせてきおった……』


「……うん。知ってた」


『もちろん我は反撃した! 当然だ。あやつの喜ぶ顔が見られると思って教えたのに、そのお返しが頭突きとはどういうことか、とな!』


「えっ! まさかあのお父様にやり返したの!? そ、それでその後はどうなったの!!」


 『創造神』と『破壊神』。アーチェが絶対に勝てないと思う二神がぶつかり合う。その結果がどういうふうになったのか気になり始めた女神アーチェ。強い好奇心を刺激された彼女はラグーナに話の続きをせがんだ。


『うむ。あれは長い戦いだった……。奴と友になってから初めてする喧嘩だったゆえ、その世界自体がめちゃくちゃに荒れてな……』


 アーチェはその光景を想像して「うわぁ」と声を洩らしていた。


「それ、どうやって収まったの?」


『うむ。お前の母である女神アガペーが我とクリティシアス、その両方に天罰を与えたことで収まった。いやはや女というものは怒らせると怖いものだな』


「お母様……」


 アーチェの記憶には優しくて綺麗だったというおぼろげな記憶しか残っていない亡き母の姿。それでも自分を産んでくれた母の話を聞けるのは嬉しかった。


『我とクリティシアスの奴はその世界をアガペーに睨まれながら協力して造り直したのだ』


「ラグーナとお父様を二人相手にして制御できるなんてお母様はすごい神だったんだ!」


「ああ、お前の母は強い神だった……」


 ラグーナは意味ありげに呟く。そして『神々の戦い』で彼女が残した最期の言葉を思い出していた――――。




『ごめんなさい、ラグーナ……私の代わりにこの子を守ってあげて…………』



 ――――黒竜はあの時に『愛』の女神に幼き娘を託された。そうして黒竜は壊す以外の強さを知ったのだった。


 ――――想うことの強さ。そして、愛することの強さを知ったのだった。

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