第16話 新たなる旅立ちへ

 アーチェは活気あふれる村を見渡しながら考える。


(そろそろこの村から旅立つべきだよね……)


 そう思いながらアーチェは、地上に降臨してからの出来事を振り返る。


 天界にいた頃と比べると、とても短い時間だった。毎日が新鮮で充実していた。真っ白なキャンバスに初めて色を塗る、そんな日々だった。


 おさげの白髪が風にたゆたう。白いドレスの胸元には、彼女の白とは対照的な色を持つ黒い宝石のペンダントが下げられている。


 神聖しんせい麗美れいびな乙女は、思い出という宝石を宝箱に大切にしまうように、両手を胸の膨らみにそっとえる。瞼を下ろした少女の顔はとても穏やかで、薄桃色の頬は優しげに緩む。


 そんな少女の姿を見た村の住人は思わず足を止め、見惚れていた――。



 アーチェは村で村長のもとを訪れていた。


「あの、村長さん、聞きたいことがあるんだけど……」


 村を出てどこから旅をしようか決めかねていたアーチェ。そんな彼女には一つ気になっていたことがあった。


「おぉ女神様、聞きたいことは、なんでしょうか」


「この村に儀式を伝えた旅人がどこに行ったかって分かる?」


 森に出た魔獣。それは本来この世界にはないはずの『力』を持っていた。アーチェが地上へと降臨するきっかけとなった生け贄の儀式をこの村に伝えたという旅人の足取りが気になっていた。


 うむむぅ、と唸る村長は過去の記憶を掘り起こしている。閉じていた目がカッと開かれた。


「北東に向かって行ったはずですから、キニギドゥラの集落方面でしょうか」


「キニギ、ドゥラ……キニギドゥラ」

 突然出てきた名称にアーチェはその名前を繰り返す。


「異変が起きる前は、この村ともよく取引のあった集落でした」

 

 アーチェは、村長からキニギドゥラのことを教えてもらった。


 その集落は狩猟技術や弓の技術に優れており、『風の民』と呼ばれることもあるようだ。この村とも異変が起こるまでは、交易関係があったらしい。


「ありがとう村長さん! そういえば、話は変わるけど、この村には名前って無いの?」


 少女はキニギドゥラという名称を聞いて、この村の名前を知らないなと思い、たずねる。


「特にはありませんな。小さな村ですし、名前が無くて困ったこともなかったですし。……そうだ! よろしければ、女神様がこの村の名付け親になっていただけませんか?」


「へっ!? 私が?」


「えぇ、女神様のおかげでこの村は救われ、これからもっと大きく変化していくでしょう。だからこそ、この村の名付け親になっていただきたいのです」


 村長の真剣な眼差しを受けたアーチェは、気付くと頷いていた。


(名付け親かぁ……)


 名前とは、子が生まれた時に親から贈られる。そんな特別で大切な贈り物である。そんな想いの込められたものだからこそ、アーチェは目を閉じて、村のことを想いながら考えた。


「……アストルってどうかな?」


「アストル、ですか」


「うん! 大地に愛されているこの村を想って考えたんだけど……」


「気に入りました! ありがとうございます、女神様。これからこの村はアストルという名を名乗ることにします!」


 そういう声は弾んでおり、村長の顔もにこやかで、心から名前を喜んでくれているようだ。


「えへへっ気に入ってもらえたなら良かったよ」


 初めて名付け親となった少女。その表情は慈愛に満ちており、これからの村の未来の繁栄を祈る――。

 

 

 明るい雰囲気の村を眺め、何かを決めたように頷くアーチェ。覚悟を決めた少女は村長に告げた。


「私、そろそろこのアストルの村から旅立とうと思うの」


「そう……ですか……」


 いずれ来るであろう別れの時。それを知らされた村長は、少し寂しそうだ。


「うん、天界にいた私が、この地上の世界に降臨したということには意味があるって、そう思うんだ。だから私はいろんな場所を訪れて、同じ高さで世界を見て回るの」

 

 それに、と続ける。


「困難を乗り越えたアストル村の皆なら、これからは今までよりも協力して色んな出来事に立ち向かえると思うの」


 アーチェはこの村を、この村に生きる人たちを信じている――。



「そうか……ついに村を出るんだね」


 そう呟いたのはリヒトだった。旅立つというアーチェの話を聞いていたらしい。


「リヒト君……」


 声の方を振り向いたアーチェの瞳には、最初に出会った頃とは見違えるようなたくましい青年の姿があった。


「本当は僕もアーチェの旅について行きたい。だけど僕はまず、この村のために頑張ろうと思うよ」


「そっか……。リヒト君がいたらこの村も安心だね」


 そう紡ぐアーチェの声は震えていた。地上でできた初めての友達、そんな友達との別れにキュッと胸の奥が締め付けられるような感覚になる。


「それで、なんだけどさ。村のことをやり終えたら、僕もアーチェの旅についていってもいいかな?」


 そんなリヒトの提案に、アーチェは驚き、目を丸くする。


――いいの? そんな声が少女の口から漏れていた。


「うん! いつになるかわからないけど、アーチェに恩返しをしたいからね。」


 そう茶髪の青年は表情を明るくし、言葉を続ける。


「それに、友達と一緒に旅してみたいって気持ちもあるから!」


「うんっ! リヒト君と一緒に旅ができるの、私も楽しみにしてるね!」


 友達との別れに泣きそうになっていた少女の顔は笑顔の花を咲かせていた。


『リヒトよ、貴様が次に現れたときの更なる成長を期待しているぞ。……怠るなよ』


 アーチェの胸元の黒い宝石がついたペンダントからそう声が響く。


 突如聞こえた声に驚いたリヒトは、ギョッとした顔をする。


「ラグナロク……様? 姿が見えませんが……」


『あぁ。我は今、アーチェの消費した力を回復させているのでな。この宝石が我の姿だ』


 その声を聞いてリヒトの瞳は、アーチェの柔らかな胸の膨らみ……。の上についているペンダントに意識を集中させる。目のやり場に困るとは正にこのことだと、顔を赤くした青年は心の中で呟いた。


 ペンダントについている漆黒の金剛石。それは力強さを感じさせる闇色で、暗き輝きは見る者の心を魅了してしまう。そんな印象を感じさせる宝石だ。


 純白の少女は、そんな漆黒の輝きを小さな手で握りしめる。


「ラグーナもリヒト君と一緒に旅できるのを楽しみにしてるみたいだから、先に行って待ってるね」


 『我は別に……』などと呟いている黒竜だが、その本心は想像の女神に見透かされていた――。



 こうして、アストルの村で準備を終えた女神アーチェは黒竜ラグーナと共に地上の世界を巡る旅へと歩み出す。



――――この世界で何が起きているんだろうという不安を胸に。

――――この世界でどんな出会いがあるんだろうという期待を胸に。







 【あとがき】

 これにて一章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました!

 

 初めての作品なので、色々試行錯誤しつつ、挑戦しながら書いています。これからも挑戦しながら、そしてより面白い作品を目指して最後まで書き続けていきたいと思います。


 長くなりましたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!!


●作品のフォロー、応援、☆評価、は作品を書く上で大きな励みになります。いつもありがとうございます!!

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