第15話 予想外の変化

「ふわぁぁ」


 日光がカーテンの隙間から差し込んでいる。そんな部屋で、真っ白なドレスを着た少女が欠伸をしながら目を覚ます。薄い目のままの彼女は上半身を起こすと、手を組み、グッと天井に伸ばす。


「おはよう、アーチェ。よく眠れたようだな」


 少女の隣で丸くなっていた黒竜ラグーナは、目覚めた無垢な少女に声をかける。


「んぅ~っ! おはようラグーナ。おかげでぐっすり眠れたよ」


 眠りから覚醒したアーチェは、小さな竜の頭を撫でる。誇り高い竜は目を閉じ、気持ちよさそうに撫でられている。


 そんな目覚めの時間を過ごしていた一人と一匹の耳に賑やかな音が聞こえてくる。家の外が何やら騒がしい。


(なんか外がやけに賑やかだね。昨夜の続きでお祭りでもしてるのかな?)


 そんなことを心の中で考えたアーチェは、外に出るため支度をしていく。寝台から立ち上がった彼女は『力』を使い、一瞬だけ『神気』を纏う。全身が淡い光に包まれ清められていく。



 身体を清めたアーチェはラグーナと一緒に外への扉を開く。入り口から差し込む陽光はとても心地よさそうだ――。


――違和感。


「……ん? なんか……みんなの体つきがしっかりしてるような……」


 外に出た少女の金色の瞳に映る村人たちの体型。それは昨日と比べると一回りほど大きく感じられた。


「おぉ、女神様! おはようございます」


 がっしりとした体格の男が、華奢な少女に声をかけた。その顔は、彼女にとっても馴染み深い人だった。

 

「あ、おはよう! ……そ、村長……さん?」


「えぇ、村長です。今朝起きると村人全体に変化が起きていて驚いているところです! これも女神様の加護のおかげかもしれません」


 ハッハッハッ、と笑う村長は随分と機嫌が良さそうだ。しかし、アーチェ自身、そんな加護を与えた覚えはなかったため、困惑の表情を浮かべる――。


 場所を離れて、アーチェはラグーナに向き合う。


「ねえ、ちょっと! ラグーナ、これどういうこと??」

 予想していない出来事を前に、黒竜に小声で説明を求める。


「ふむ……この変化は、神により浄化された魔獣の肉。そんな神聖な肉を食したことで、人の身体に加護を与えたのかも知れぬな。フハハハハッ! 我とてこの変化は予想していなかった」


 ラグーナは強い生き物を好む。そんな黒竜は村人たちの変化に楽観的で、実に面白そうにしていた。


「ちょ、ちょっと! 笑い事じゃないって!」


(ど、どうしよう……まさかお肉を食べただけでこんな変化が起こるなんて……)


 想定外の出来事にアーチェは内心焦っていた。額を右手で押さえ考え込む、そんな少女に横から親しげな声がかかる。


「おはようアーチェ! 起きてきてみたら村のみんなの様子が変わってて驚いたよ」


 リヒトの声だった。アーチェ自身、予想していなかった変化だった。友人である彼に相談しようと思い、声のほうを振り返りながら返事をする。


「あ! リヒ……ト……君……?」


 リヒトの姿を見たアーチェは、普段より目を丸くして、声は段々と細くなる。


 他の村人の変化にも驚いた彼女だったが、彼の変化はそれすら小さく見えるほどの変化があった。


 着ていた服は、はち切れそうなほどパツパツになっている。全身に筋肉の鎧をまとった茶髪の青年。顔つきがなぜか男前に見えてくるのは、筋肉の魔法なのだろうか? 驚きたいのは私だよっ!! と突っ込みたくなるのをアーチェは必死にこらえた。


(みんなでお肉を食べようって提案したのは私だけど……こんなに変わるものなの?)


 地上に自分が関わることで、想像以上に世界に悪い影響が出るのではないかと少女は不安な表情を浮かべる。


「ん? アーチェ顔色悪いけど大丈夫? ……もしかして、また寝不足とか?」


 なぜか固まってしまった友人を心配そうに見つめる黄色の瞳。


「わ、私はダイジョーブ! あ、あの……リヒト君こそ身体は平気兵器?」


 少女の瞳は、大きな変化を前にぐるぐるとした渦を巻いているように見える。想像の女神は想定外の連続に混乱していた。


 そんな女神とは対照的に、黒竜ラグーナは落ち着いていた。


「リヒトよ。貴様の変化に関して、我は驚いてはいない」


 黄金の竜眼が青年を見つめる。黒竜は青年の変化を認めていた。


「変、化……?」


 そこで初めて自分の体の変化に気づいたリヒトは「うわぁっ」と驚きの声をあげる。……どうやら今まで、自分自身の変化には気づいていなかったようだ。


「このが直接『力』を与えたこと、そして魔獣との死闘、さらには魔獣の肉を食べること。それだけのことがあれば、その変化は当然であろうな」


「あの、リヒト君ごめんね……私の行動があなたにそんな大きな変化を与えるなんて……」


 正気に戻ったアーチェは悲しげにうつむく。その顔は世界に対して神の『力』が与える影響力の大きさを把握しきれていなかった。そんな自分を責めているようだ。


「そんなに悲しそうな顔しないでよ。……たしかにアーチェが与える影響力は大きいのかもしれない。でもそんな君の想いは僕を救ってくれたし、この村だって救ってくれて、みんなの笑顔を取り戻してくれた」

 

 ふとアーチェの耳に、村の人たちの楽しそうに笑う声。幸せそうな話し声が入り込んでくる。


「村のみんながこんなに笑いあえる日がくるなんて、アーチェがくるまでは考えられなかった。

 君の『力』は世界を大きく変えるんだろう。それでも人の幸せを願える、優しいアーチェの想いはきっと世界に良い変化をもたらしてくれる。僕はそう思うよ」


(私の想いでこの世界をより良くできる……)


 リヒトの言葉はアーチェの胸の奥に深く響いた。天界では地上を見守るだけだった。そんな女神は自分が愛した地上世界の成長を願っていた。


(確かに神である私は、この世界にとっては異質だ。私の行動がこの世界にどれほどの影響を与えるかはわからない。でも私の世界に対する想いと慈しみは本物。)

 

――この世界が私の存在によってどう変わっていくのかはわからない。でも関わった以上、私はこれからもこの世界を見守ろう。

 

 女神の金の瞳は強い光を持った。アーチェの不安は決意へと変わる。


「……ありがとうリヒト君! 自分の『力』が予想してる以上に世界に影響を与えてて不安になってた。だけどリヒト君の言葉で自分のやるべきことを見つけることができたよ。だからありがとう!」


 さっきまで、落ち込んでいた少女はすっかり笑みを取り戻した。そんな可憐な華のような笑顔を見て、「やっぱり君には悲しんでいる顔よりも、笑っている顔のほうがよく似合う」そう思うリヒトだった――。

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