第14話 神魂の契り

 リヒトと別れたアーチェはラグーナを連れて、村長に紹介された空き家の中にいた。室内は彼女たちに休んでもらうためだろう。シンプルな内装だが、とても綺麗にされている。


「ねぇラグーナ。話があるの……」

 

 真っ白でふかふかな寝台の縁に腰掛ける小柄な少女。その腕には小さくなった黒竜がぬいぐるみのように抱かれている。


「改まった顔をしてどうした?」


「あの、ラグーナ……私! まだ地上世界に残りたい。……この地上の世界をもっと見てみたい!!」


 少女はグッと腕に力を込め、竜を抱く。


「それならば、天界からでも泉を通して見ることができるであろう?」

 さも当然のことのように、ラグーナは言う。


「確かに見ることなら、天界でもできる」

 だけど、と熱意を込めて続ける。


「自分自身で直接観て、肌で感じて、話を聴いて、見えてくるものがあるって、地上に降りてみて初めて知ったの! だから私は地上に残りたい!!」


 アーチェは自分の持つ強い意思をラグーナにぶつける。


「むぅ……だがアーチェよ、お前は神としては若く、経験が浅い。世界を管理するには、もう少し天界で知識を得てからでもよいのではないか?」


 ラグーナはアーチェの押しには弱い。なんとか少女の考えを変えられないか試みる。


「確かに、お父様やラグーナと比べれば、私は神として、まだまだ未熟だと思うの」


 しかし、少女の地上を旅して人々を直接見てみたいという思いは揺るがない。


「でも、だからこそ、この地上世界を巡って経験を積むことで知識や知恵を得られて、神として成長できると思うの!」


「むむぅぅ……意思は固いのだな?」

 難しいことを考える表情をするラグーナ。


「お願いっ!」

 そんな姿に、あと一息だと思ったアーチェは手を組み、頼み込んだ。


「ハァ~……我の負けだ。……ただし一つ条件がある」


 終末の黒竜は小柄な少女に敗北した。しかし、ただで引き下がることはなかった。


「……条件?」


「あぁ。我と『神魂しんこんちぎり』を結ぶことだ」


 ラグーナは、真剣な雰囲気で告げる。


「新……婚……?」


 アーチェはその言葉の意味を想像してみた。そんな彼女の顔が徐々に赤く染まっていく。女神とはいえ乙女。恋愛物の本も読む彼女の思考は、ラグーナの言葉の意味とは違う方向に膨らんでいく。


「……おい、アーチェ」


 ラグーナは彼女の表情から嫌な予感を感じ取ったのか、名前を呼びかける。しかし、アーチェは反応しない。


「……」


――――ベシッ。


 ラグーナの尻尾がアーチェの手を叩く。


 その衝撃で、ハッとしたアーチェは現実に戻ってきた。


「あっ……その……地上を巡ることが新婚旅行ってこと? えっ、でもお父様には、伝えてないし……」


 俯きながら、手をもじもじとさせ呟くアーチェは、満更でもないようだ。


「……おいアーチェ。お前の想像力が変な方向に飛躍しておる。『神魂の契り』は神と神が結ぶ、魂での約束事のことだ」


 ラグーナはそんなアーチェの勘違いを指摘する。


「魂での約束事…………な~んだ。ラグーナ、それならそうって早く言ってよ」


 えへへ~っと笑いながらラグーナのお腹をぽんぽんっと、軽く叩くアーチェ。


「明らかに一人で思考の海に沈んでおっただろうが……」

 叩かれているラグーナは納得のいっていない顔をする。


「それで、『神魂の契り』って具体的にはどういうものなの?」


「まぁ、難しいものではないな。お互いの魂に繋がりを持つ、そうすることで力の源を共有できる。今のお前は力を消費しすぎている。これから地上を巡るのであれば必須であろう」


「なるほど。それって欠点とかはあるの?」

 疑問に思い、アーチェは尋ねる。


「強いて言うなら、片方が命を落とすと、繋がりを持ったもう片方も命を落とすことになる」


 何でもないことのように言い放つ。


「へぇ、命を落とすんだ。……って、命を落とす!? それって私が死んじゃったら、ラグーナまで死んじゃうってことだよね……」


 死を認識したアーチェはギョッとした顔をする。


「その考えで間違いない」

 

「それは……いやだな……ラグーナはいいの?」

 綺麗な少女の顔が曇る。


「我がお前を守る。何の不安がある?」

 自信に満ち溢れた黄金の瞳がアーチェを見つめる。


「そう……だよね。ラグーナは私よりずっと強いし、信頼してる」


 天界でもずっと共に過ごしてきたアーチェとラグーナ。死に不安を感じたアーチェだったが、ラグーナの強い想いを前に彼女の不安は和らいでいく。そして、地上世界を巡ってみたいという強い思いは行動を決める原動力となる。


「……うんっ私、ラグーナと神魂の契りを結ぶよ!」


「覚悟は決まったようだな」

 

 アーチェとラグーナは寝台の上で向き合う形になる。


『『神魂の契り』』


――――地上の世界から切り離される。


 半分が白、もう半分は黒。精神の世界で純白の女神と漆黒の黒竜が向かい合っていた。


「私、『想像』と『慈愛』を司る神であるアーチェはラグナロクと共に生きることを誓います」


「我、『破壊』を司る神であるラグナロクはアーチェと共にあることを誓う」


――――純白と漆黒。真逆の性質を持つ魂はお互いの色を残したまま渦を巻くように混じり合う。二つの魂は誓いの言葉により結ばれた。神魂の契りはここに成立した。


 

 地上の世界に戻ってきたアーチェとラグーナ。


「これからもよろしくね! ラグーナ」

 アーチェはそう言うと、ラグーナの鼻先に口付けを落とした。


「ああ、任せておけ」

 ラグーナの表情からは読み取れないが、尻尾は左右に揺れていた。


 

 地上の世界に残れることになったアーチェは、これからのことに思いをせて横になる。その腕にはラグーナを抱き抱えており、安心するかのように瞼を下ろす。


「おやすみ、ラグーナ……」


「おやすみアーチェ。……良い夢を」



――――神魂の契りを結んだ女神アーチェと黒竜ラグナロクは、こうして地上の世界を旅することになる。



「世界は神の力を取り込み、変化する。我は世界からも、この娘を守ろう」

 

――――黒竜の呟きは誰にも聞かれることもなく、夜の闇に消えていく。

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