第13話 宴と未来への決意

 星空が地上を見守るように輝いている。


「ねぇラグーナ。もしかして、その大きさで村の中に入るの?」


「この大きさではダメなのか?」


「ダメ……ではないと思うけど、たぶん村の人たちが怖がるよ……」


「……ふむ、力が制限されるからあまり小型化はしたくないのだがな……お前の頼みであれば仕方あるまい」


「あっ! 小型化しても、熊を持ったままでいられる?」


「……問題ない」


 そう言ったラグーナの身体はみるみるうちに小さくなっていく。少女と空飛ぶ熊。という奇妙な光景ができた。



 アーチェたちが村へ到着すると、人々が集まってくる。村の中は夜なのに明るく、人々も笑い合い賑やかだ。リヒトが村長と村のみんなにいろいろと説明してくれていたみたいで、アーチェたちはすんなり村に入ることができた。


「アーチェ。ラグナロク様はどこへ?」

 リヒトは見当たらない黒竜を疑問に思い尋ねた。


「ん? あぁ、ラグーナには熊を運んでもらってたの!」


――――ドスンッ


 という音を立てて熊の巨体が地面に置かれる。その大きさに村人たちは驚いており、リヒトにこんな怪物に立ち向かえるなんて……と英雄を見るような、尊敬の眼差しを向けていた。


 小型化したラグーナはアーチェの肩に止まる。


「……貴方様が、ラグナロク様で?」

 村長は、初めて見る竜の姿に目を大きく見開いている。


「うむ。我こそが『破壊』を司る神にして、『再生』を司る竜。ラグナロクだ」


「アーチェ様といい、ラグナロク様といい、さまざまな出来事が一気に起きて、止まっていた村の時間が急に動き出したように感じますな」

 

 村長はしみじみと呟いた。


 そうだ、と思いついたアーチェは村の人たちに提案する。


「よければ、なんだけど村の皆も熊肉を食べない? ラグーナがいるから食べきれるとは思うんだけど、皆と一緒に食べた方が美味しいかなって思って」

 

「よろしいのですか?」


「もちろんだよ! とはいっても、焼いて味付けして食べるくらいしか考えてないんだけどね」


 えへへっ、と笑うアーチェ。


「ありがとうございます! こんなに大きな熊は誰も食べたことがないでしょうから、お言葉に甘えて、いただきます」


 村長や村人たちは、嬉しそうな表情をする。

 

 アーチェは村長の言葉を聞いて、調理の準備に取りかかる。熊の解体はラグーナに任せた。村人たちは、本来の大きさになったラグーナに驚いていたが、興味津々という様子で、その姿を眺めている。

 

 肉の切り分けが終わったら後は、村の広場に集まるみんなで火を囲み、各々おのおのが串に刺した熊肉を焼いて、味わっていく。食欲を刺激する熊肉の匂いに、焼いている時間が待ち遠しそうだ――。



「いただきま~す!」


 命への感謝を捧げたアーチェは、早速焼いた熊肉にかぶりつく。


「ん~っ、美味しいっ!」

 旨味と甘味のバランスがよく、意外とあっさりとしていてとても食べやすい。


「うむ、生きているという実感を感じるな」

 小さな姿になったラグーナは器用に尻尾を使って串を掴んでいる。


「これが、命を懸けて戦った相手だと考えると、感慨深いものがあるね」

 リヒトは一口一口に魔獣との激闘を思い出すように、肉を噛み締める。


 集まった村人たちもそれぞれ、熊肉の味に魅了され、味わっていた。肉だけでなく、野菜や果実から造ったお酒を持ち寄ってワイワイ騒ぐ光景は、お祭りのような雰囲気を感じさせる。

 

 アーチェも村人からお酒をもらって飲んでみる。それは不思議な味のする水で、彼女はいろいろな種類のお酒を飲み比べて楽しんでいた。

 

 村人たちはそんなに飲んで大丈夫?と驚いていたが、アーチェは神である体質のおかげなのか、どれだけお酒を飲んでも、アルコールで酔うことはなかった。



「アーチェ、随分楽しんでるね」

 アーチェの横にリヒトが腰を下ろす。


「うん……私、天界にずっといたから、こんな風に多くの人たちと一緒にご飯を食べるって経験あんまりなくてさ。なんかこう……満たされるって感じがするね!」


「そう、だね。僕も今まで大勢に囲まれたりする経験がなかったから新鮮だよ」


 リヒトの表情からはさまざまな感情が読み取れるが、決して悪い感情ではなかった。


「なんせ今ではこの村の英雄……だもんね! 私もリヒト君には助けられちゃったよ、ありがとね」

 アーチェはニコリと微笑む。


「あはは、僕なんてそんな……ラグナロク様がいなかったら今頃、ここには居なかっただろうし」


 その微笑みにリヒトはドキリとして目を泳がせる。

 

「でも、ラグーナから認められるってすごいことだと思うよ。ラグーナは人間を弱い生き物だとしか思ってないからね」


 少し苦笑いを浮かべてアーチェは続ける。


「私もリヒト君の活躍を直接見たかったんだけど……ごめんね。迷惑かけちゃって」


 少し俯いた表情からは悲しげな雰囲気が読み取れる。


「そんなことはないよ。アーチェは突然地上に召喚されたのに、自分のことよりも、ずっと村のために行動してくれてた。そして、そんな君に出会えたことで、僕の運命は大きく変わった。本当にありがとう」


「……あはは、どういたしまして。……そういえばリヒト君、身体の調子は大丈夫? 私の力が宿ってるってラグーナが言ってたから心配してたんだけど……」


「自分でも、あんなことができるなんて驚いてるんだけど、身体のほうは特に問題はないかな」


「そう……ならよかった。私の力が他の人に与える影響力のことについては、あまり考えてこなかったから」


 お父様が危惧していたのはこういうことも含まれるのかな、とアーチェは思った。


「……僕はこの力を、人のために使いたいって思うんだ」

 決意を宿した瞳でリヒトは呟く。


「人のため、かぁ。そんなリヒト君だから、その力が使えるようになったんだろうね。間違った力の使い方は滅びを招く。私もさっき、学んだからね」


「うん……肝に銘じておくよ。僕は……まずはこの力でこの村を発展させて、近くの村とも連携を取れればなって思ってる。そうすれば今回みたいなことも防げるかもしれないからね」


「うん、いい考えだと思うよ。私もいつまで地上にいられるか、わからないからね」


「……アーチェはその……天界に帰っちゃうの?」

 リヒトの不安が顔にあらわれる。


「お父様もラグーナも私には天界に帰ってほしいって思ってるだろうね……」 


――でも、地上に実際に降りてから見た世界と天界から泉を通して見る世界は、まるで違っていた。そして、この世界に『悪』の力をもたらした存在のことが気になる。


「……私はまだ地上に残ろうと思うよ。そのためにはラグーナを説得しなきゃだけどね」


 アーチェの金の瞳に強い意思の光が灯る。


「そっか、このままアーチェとお別れは寂しいから説得が上手くいくように応援してるよ!」


「うん、ありがとう! 頑張ってラグーナを頷かせてみせるよ」



――――こうして、アーチェとリヒトは未来への決意を固めた。

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