第12話 次の生へ……

 薄暗い森。


 そこには、夕陽の光を受けてもなお、漆黒を保つ竜。そして、竜に身体を預けるように身を休める、白髪の少女の姿があった。


 一人と一頭だけだった空間。そこは現在、異様な光景になっていた。


「んっ……ん~っ」


 アーチェの意識は、少しずつ夢の世界から現実に戻ってくる。そんな、彼女は身体の両側にふわりとした感触を感じた。


(ラグーナって毛……生えてたっけ?)

 そんな違和感を覚えながら、少しずつ目を開けていく。

 

 アーチェの瞳には、森に住むさまざまな種類の動物の姿が映った。そしてそんな彼女を挟むような形で灰色の狼と牝鹿が座っている。


「……へっ? なにこれ……?」


 彼女が目覚めたことに気づいたのか、狼と牝鹿はアーチェの身体に頭を擦り付けてくる。二匹の頭を撫でながら彼女は、ラグーナに説明を求めるような視線を向ける。


「よかったなアーチェよ。食料には困らんぞ」

 ラグーナはそう言うと、ニヤリとした視線を返す。


「む~っ! こんなに安心してる動物たちを食料としか見てないなんてっ! 鬼っ! 悪魔っ!! 竜っ!!!」


 いじわるな黒竜に、少女は頬をぷくっと膨らませて抗議する。


「そう怒るな。お前が寝ている間にこやつらが勝手に集まってきた。それだけのことだ」


 ラグーナは尻尾の先端で膨らんだままのアーチェの頬をつつく。空気の抜けた彼女の淡い桃色のほっぺは元の形に戻っていく。



 そんなやり取りをしていた彼女の視界に三匹の子熊が映る。『欲望』の魔石を埋め込まれた母熊の子供たちなのであろう。もう動かない母の身体にそっと身を寄せている。


「ラグーナ……」


 アーチェはその想いを無視できなかった、無視したくなかった。


「まぁ……できれば『力』はあまり使ってほしくは無いのだがな。お前のその想いは無下むげにできん」

 

「うん、ありがとう」

 アーチェは母熊へと近づく。子熊たちはそんなアーチェを見つめている。


 強い『欲望』の力に魅入られた魂は、霊界へ逝けず、悪魔や悪霊の住む地獄へ落ちることがある。


(失った命はもう戻らない……でも、私はこの母熊の魂が無事、霊界へ昇華できるように祈りたい……)


 アーチェは母熊の前で手を組み、想う。


――『神想』。


――――欲から解放され、天へ昇華できますように。


――――次の生は悪に魅入られず、幸せな生を歩めますように。


――――未練なく、地上世界から霊界に昇華できますように。


 亡き母熊を中心に辺りが淡く光りだす。


 母熊の身体から現れた光は子熊たち一匹一匹に寄り添うように近づく。最後にアーチェの元に近づいて、そうして、天へと昇っていった。

 

 言葉のないふれあい。それでも、これからを生きる子熊たちへの応援やアーチェへの感謝の思いがそこには込められていた。


 ここにいる生き物たちは、そんな天に昇る魂のを見送った。

 

 辺りは徐々に暗くなっていく。やがて夜が訪れる。動物たちは別れを惜しむように、アーチェに身体を擦り付けると森の奥へと帰っていく。


 最後には子熊たちが残った。


「あなたたちも早くお帰り。自然の環境は厳しいけど、あなたたちは託されたんだもの。きっと大丈夫よ」


 笑みを浮かべたアーチェは子熊たちを撫でながら子熊たちの未来を想った――。



 子熊たちが森に帰るのを見届けた後、アーチェは村の人たちが心配してるかも、と思い村へと帰ることにする。


「ラグーナも見守ってくれてありがとね。村に帰ろっか」


 ここまで、黙って見守ってくれた竜に感謝を告げる。


「うむ。……アーチェよ、我は腹が空いた。あの熊を持ち帰って食べようではないか」


 何気なく言うラグーナ。


「…………え? あ、あの流れで……食べるの?」


 そんな黒竜の提案にアーチェは目を丸くし、ギョッとした顔をする。


「むしろ何を躊躇ためらう? 魂は浄化したのであろう? であれば、あれはただの器に過ぎぬ。むしろしょくしてやることこそ、最大のとむらいであろう」


 ラグーナにはラグーナなりの弔い方があるようだ。アーチェはラグーナなりの想いを受け入れた。


「そ、そう言われると……そうだよね。うん、ラグーナ運んできて」


 アーチェと巨大熊をくわえたラグーナは村への帰路を歩んでいく――。

 


――――『想い』はこうして託されていく。

――――『命』はこうして未来に紡がれていく。

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