第6話 そして現実へ…

 日に照らされた、どこにでもある平凡な村。

 そんな村の中にあるありふれた、木造建ての一軒家。


 ふかふかな寝台しんだいの誘惑を断ち切り、リヒトは身体を起こす。

 

 とても良い夢を見た気がする。目覚めたくない、けど目覚めなくてはいけない。そんな素敵な夢を見た気がする。


 頭を徐々に覚醒させていく。そんなリヒトの鼻に、食欲を誘う、美味しそうな匂いが満ちる。


 寝台の上でお腹をグーッと鳴らした茶髪の青年は、匂いに誘われるように立ち上がり、匂いのする方へと歩いていく。


――――台所では、夢の中の少女が料理をしていた。



「あ、おはよう! そろそろ起きてくるかなって思ってたよ」


 振り向いて笑顔を向ける可憐な少女。

 

「……リヒト君、お腹空かせてるだろうし、今、料理を作ってるの。もうちょっとだけ待ってて。勝手にだけど、台所も借りてるよ」


 台所には似合わない真っ白なドレスを着た少女。おさげにされている純白の髪は麗容れいようで、まるで絹のように滑らかに揺らめく。

 

 台所で料理をしている、純白の少女の姿はリヒトの黄色い瞳には神話の女神のように映った。


「ア、アーチェ……?」


 あの出来事を夢だと思っていた青年は固まってしまう。

 

 リヒトの様子を怪訝に思ったアーチェは、ハッとした顔をする。

 

「……もしかして、お腹空いてない……とか?」


 申し訳なさそうな顔をした少女を見て、青年は我に返る。


「ごめん、まさか現実でも君に会えるとは思わなくて」


 後頭部を擦りながらリヒトは苦笑いを浮かべる。


「あはは、な~んだ、お節介を焼いちゃったかと思ったよ」


 アーチェはホッとした顔する。


 その時、リヒトのお腹がグーッと音を鳴らす。彼は少し頬を赤く染めて、ほらっと笑う。

 

 ホントだ、と言って純白の少女は笑みを浮かべる。


「もうすぐできるから、先にテーブルに座ってて」


 アーチェはそう言うと台所に身体を向けた――。



 リヒトがテーブルで待っていると、純白の女神がやってくる。


「お待たせ~、お口に合うかわからないけど、元気は付くと思うから、たくさん食べてね♪」


 お皿の上には、たくさんの野菜が入ったシチューと真っ白なパンがあった。二人は手を合わせる。


「「いただきます!」」


 食材となった命に感謝を捧げて食事を始める。


 シチューに入っている野菜はどれも柔らかく煮込まれており、口の中でホロリと崩れていく。そして、シチューのクリーミーな味わいが、食欲をそそる。


 白いパンは柔らかくて、優しい味がした。パン単体で食べてもおいしい上に、シチューにつけても楽しめる。


――――リヒトは気づいたら涙を流しながら食べていた。


 慈愛の女神は、そんな青年を優しい瞳で見つめながら、「たくさんあるからゆっくり食べてね」と言って、食事をする。


(想いを込めて料理を作って良かった)


 心の中で呟くアーチェは満足げな表情を浮かべる――。



 皿の上からも、鍋の中からも空になった料理。リヒトは手を合わせる。


「ご馳走さまでした」


 青年は、心も体も満たされるような、そんな美味しい料理を作ってくれた目の前の少女に感謝を捧げる。


「美味しそうに食べてくれたから、私も作ったかいがあったよ」

  

 リヒトもアーチェも笑顔で食事を終えた――。



 リヒトは食器を洗いながら、何気なく尋ねる。


「アーチェって夢の中に出てきたり、かといって現実にもちゃんといるし、不思議な人だよね……」


 しみじみとそう呟く茶髪の青年。


「まぁ、これでも女神だからね」


 自慢げに形のいい胸を張る純白の女神。


「ふーん、女神なんだ。……って、えっ!? 女神様っ!?」


 何気ない会話に、とんでもない「真実」を知らされたリヒトは、ぎょっとして、洗っていた皿を落としそうになる。


「えっ、うん、そうだけど……」


 対してアーチェは、何でもないことのように、平然とした顔をしていた。


「神様って人間に対して料理するの?」


 敬うべき存在に料理を作ってもらい、さらに一緒に食事をしたリヒトは、疑問に思い尋ねてみた。


「うーん、私はあんまり他の神を知らないけど、お父様は忙しいからやらないだろうし……ラグーナはむしろ、人間が食材側かもだし……よく分からないかな」


 天界の女神は考えるような仕草をして答える。


「人間が……食材……!?」


 その恐ろしい答えに震える青年は、ここにいる女神が特別なんだと胸に刻む。


「ああ、安心して。もしラグーナが人を食べようとしたら私が叱ってあげるから!」


 リヒトの恐れを感じとったのか、アーチェは安心感を与えるようにドヤッとした表情をする。そして、胸の前に拳をあげて、グッと握りこむ。

 

 その拳は小さく可愛らしい。むしろ守ってあげたくなるような、そんな拳だ。


「ドウカ、オネガイシマス……」


 そんな複雑な心境に、リヒトは考えるのをやめた。


「うん、任せて!」と自信満々な女神は何かを閃いたのか、ハッと口を開く。


「そうだ!……私が神なのに料理するのが好きなのは、私が『想像』と『慈愛』を司る女神だってことが大きいのかも!」


 アーチェは自分の導き出した答えに納得したのか、パッと明るい表情をする。


「『想像』と『慈愛』……」


 目の前の女神が持つ力を教えられたリヒトは、考えるような仕草をする。


「うん、料理は想像力次第で無限の可能性があるし。料理は食べる相手のことを想って作ったりするからね」


 そう語る少女の顔は、誰かを想うように優しげだ。


「そう考えたら、料理や食事って幸せを生み出すものなんだろうね。まぁ、さすがに食べ過ぎたら不幸になっちゃうから、自制が大切だけどね」


 アーチェはそう言って、暖かさを感じさせる表情で微笑んだ。


「確かに、さっき食事をしていたら生きている実感を感じたし、それはアーチェが想いを込めて料理を作ってくれたからなんだね。本当に美味しかったよ。ありがとう」


 リヒトの感謝の言葉を聞いて、えへへっと笑うアーチェはとても幸せそうだ。


「どういたしまして! でも私だけの力じゃないよ。料理で使った食材は、村の人たちがくれたものだからね」


「……村のみんなが?」


「うん。償いの気持ちもあるんだろうけど、みんな食べ物がなくて困っている中、他の人を思いやれる心がある。……そんな温かい心を持った人たちのことが、私は好きだなぁ」


 そう想いを語る純白の女神アーチェ。その言葉はリヒトや村人たち、それだけでなく、この世界に生きる人々のことを想うように優しい微笑みを浮かべた。その姿はまさしく女神だった――。



 そうして、食事を終えた二人は家の扉へと向かっていく。


 村人の顔をどう見ればいいか不安だったリヒトだったが、今はアーチェが傍にいる。すると心の中にが湧いてくる。そんな気がした。

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