第5話 闇を照らすもの

 真っ黒な世界。その世界に果てはなく、どこまでも黒に覆われていた。そんな世界に二つの存在があった。

 

 淡い黄色の光の魂。それを胸に抱く、純白の髪をおさげにした少女。その白き少女は黒い世界の中、ハッキリとした存在感をもっている。その姿はまるで、夜の闇に光輝ひかりかがやく銀月のようだ。


 

 リヒトは、ここがどこなのかを理解した。

 

(そうか、僕……死んだのか……)


 村ではりつけにされ、火に焼かれた痛みと苦しみは、想像を絶するほどだった。

 

(この世界は痛みも苦しみも感じない……むしろ心地がいい)


 そんな居心地の良さがリヒトに懐かしい記憶を思い出させた。


―――――――――――― 


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――――


 リヒトの幼き頃の記憶。今は亡き母との記憶。

 

 村にある家。その扉がガタンッ開かれ、幼き少年は家に駆けこむ。


「う、うぇえぇぇん」


 幼い頃から、石の声が聞こえたリヒトは、気味悪がられ、同年代の子供たちにいじめられていた。


「あら、リー君、また泣いて帰ってきて。

 またいじわるされたの?」

 

 リヒトは弱い自分が嫌だった。


「う、ぅん」


「ほら、泣き止んで、お絵本を読んであげるから」


 そう言ってリヒトの母が取り出したのは、幼い頃からリヒトが大好きだった絵本たちだった。物語を見ていると、弱い自分でも強くなれる。そんな気持ちになれた。


『村を出て、世界を巡り、仲間たちと共にやがては悪い竜を打ち倒し、お姫様を救う』そんなおとぎ話。


『多くの人間たちを丸呑みにしてきた大蛇。そんな大蛇を一人の男が肉と酒を与えて、無傷で倒す』そんなおとぎ話。


 二つともリヒトの大好きな物語だった。幼きリヒトはいつか物語の主人公のように強くなって、悪をやっつける。


 そんなことを夢みていた。


―――――――――――― 


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――――

 

 母が流行り病で亡くなってからだろうか。リヒトは生きるのに必死で、いつの間にか青年になっていた。


(幼いときの夢をなぜ死んだ今、思い出したんだろう。夢を叶えられる人は一握り、殆どの人は夢を忘れ、死んでいく。僕もその一人だ)


 リヒトは心の中で悲しげに呟く。


「素敵な夢だね」

 

 微笑みを浮かべた純白の少女は、そう呟いた。まるで内面を見透かしているような金の眼差し。


(死後世界では他人のことがわかるんですか……)


 幼い頃の思い出を覗かれていたらしいリヒトは心の中でそう呟く。


――――恥ずかしいような気持ち。

――――素敵だといわれて嬉しいような、むず痒い気持ち。


 そんな気持ちを持った。


「ちょっと違うかな。ここは死後の世界じゃない。そして、あなたのことがわかるのは私が今、あなたの魂に直接触れてるから」


(ここが死後の世界じゃないって、じゃあ一体ここは?)


「精神の世界。あなたの身体があるのは、物質の世界。身体は、魂が物質界に存在するための器でしかない。身体は治したけど、心も治す必要があった。だから私は精神世界ここにいるの」


(……どうして僕なんかにそこまで)


 リヒトは思う。自分が居なくても世界は回るのに、と。


「あなたに生きててほしいから。私だけじゃなくて、あなたの友達もそう想ってる」


(友達……?)


「そう。幼い頃から話し合ってきた石たちのことだよ。あなたのことを助けてほしいって、まだ一緒に居たいって強い想いが伝わってきたから」


(……そうか、僕は必要とされているのか)


 この世界に居場所なんてないと思っていた。石の声が聞こえるなんて、奇妙な力は村では異質だった。でもそんな石たちがリヒトを必要としてくれている。


(なら、ここで終わったらダメだ。……僕はまだ立ち上がれる。僕はまだ立っていられる)


――――そう強く思ったリヒトの心は徐々に光を取り戻していく。


 生きる理由なんて小さなものでもいい。小さなものを集めれば大きくなるのだから。


(誰かの為に生きる。――それが人でなくても関係ない)


(物語の主人公じゃなくたっていい。――僕は生まれた時から、自分の人生の主人公なのだから)

 

 リヒトの心に生きる希望の光が灯る。すると真っ暗だった世界は光を持ち始める。夜の闇を照らす朝日のように光を強めていく。


「……もう大丈夫そうだね」

 

 慈愛の女神はそんな世界を見渡して、優しさのこもった笑みを浮かべる。


(はいっ! あの、ありがとうございましたっ! 今さらで悪いんですけど、あなたのお名前を教えてくれませんか?)


「堅苦しいのはなしでいいよ、精神の世界で繋がった仲だしね! 私の名前はアーチェ、よろしくね!」


(うんっ、よろしくアーチェ。僕の名前は、)


「リヒト君、だよね。あなたのお友達がずっと呼んでたから覚えちゃった」


 アーチェは、えへへっと笑う。その笑顔は人の目を惹きつける華のように可憐だ。

 

 たとえこれが夢だとしても、決して彼女の名前を忘れない。そう強くリヒトは思った。


――――そうして、闇に囚われかけていた精神の世界は明るく晴れ渡っていった。

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