アホ執事とバカメイドと悪役令嬢の勘違いトライアングル
albine
第1話
「――何ですの、あれは」
目の前の情景に、オーレリア・ネヴィル公爵令嬢は青い目を細めた。豪奢な金の巻き毛に彩られた美貌が、不快そうにしかめられる。
広大な王宮庭園の片隅で、一組の男女が何やら熱心に話し込んでいる。その片方がオーレリアの婚約者であり、このアングリア王国の第2王子であるリチャード・アングリアだったのだ。
初夏の昼下がり。王都セヴァーンの王宮では、園遊会が華々しく催されていた。晴れ渡った空の下で、招かれた貴顕淑女は思い思いの相手と談笑し、あるいは美酒と美食を楽しんでいる。
オーレリアもつい先ほどまで、アングリア王国屈指の大貴族であるネヴィル公爵家の一人娘として、社交に勤しんでいた。
彼女ほどの立場となれば、一通りの挨拶を済ませるだけでも一仕事である。ようやく一息ついたオーレリアだが、ふと彼女目に止まったのが先ほどの情景――見知らぬ少女と語り合う婚約者の姿だった。
「ロディ、あの娘は誰だったかしら?」
「あの方は確か――ソルストン男爵家の令嬢、エミリー様ですね」
オーレリアの問いに答えたのは、しなやかな長身を執事服に包んだ黒髪の若者だった。ロディことロデリック・ローレンス、オーレリアの付きの近侍である。
「……お嬢様と同じ、王立学院の学生。1つ下の後輩」
メイド姿の少女が、ボソボソとそう続ける。
ロデリックと同じ黒い目に黒い短髪、そして対照的に小柄な体躯。アリシア・ローレンス、オーレリア付きの侍女である。
ロデリックとアリシアは従兄妹同士で、ネヴィル公爵家の筆頭家臣であるローレンス家の出身だ。2人ともオーレリアと同じ16歳で、子供の頃から従者として彼女に仕えている。
「何やらエミリー嬢が頼み事をなさってるようですね。相変わらずリチャード殿下は、気さくな御方だ」
客観的に見れば、ふと学外で顔を合わせた先輩後輩が、立ち話をしているだけのこと。たとえ婚約者でも、いちいち咎めたり腹を立てたりするようなことではない。
そのはずなのだが、オーレリアの頭はそういった常識を無視し、どこまでも勝手に逆上していく。
(何ですの、小娘の潤んだ瞳や思わせぶりな仕草は!? ひょっとして殿下を誘っていやがりますの!? ああ、リチャード様もそんな真摯な面差しをなさらないで! 小娘が勘違いしたらどうなさいます!?――ってその笑顔は何かしら小娘ェっ!!)
距離があるため会話の内容までは聞き取れないことが、より一層オーレリアの妄想を煽っていた。
と、そこでようやくリチャードがオーレリアの目線に気づいた。一言二言エミリーに告げて会話を打ち切り、こちらに近づいてくる。
去り行く王子の背中に、エミリーはペコペコと頭を下げていた。まるで子犬のような愛らしい仕草である。
(このMESUINUっ!!)
オーレリアは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の姦婦を除かねばならぬと決意した。
「ロディ、アリシア――あのエミリーという娘を、たっぷり可愛がって差し上げなさい。たっぷりとね」
「かしこまりました、オーレリア様。自分たちにお任せを」
「……御意」
含みのある物言いに、従者たちは一礼した。そんな2人を残し、オーレリアはリチャード王子に向かって歩み寄る。
婚約者を迎えるその姿は優美かつ気品に満ちており、先ほど命じた悪行の影はどこにも見当たらなかった。
○ ● ○ ● ○
リチャード王子と談笑するオーレリアを、ロデリックは遠目から見守っていた。その一方、先ほどの命令を果たすため、脳が高速で回転し始める。
「……ロディ、ロディ」
執事服の袖口を、アリシアがクイクイと引っ張った。
「……可愛がるって、どうすればいい? あのエミリーって子の頭を、撫で撫でしてあげるの?」
小首を傾げながら、アリシアはとんでもないことを口走った。
そう――残念なことにアリシアは、主人から言われたことを文字通り、言葉通り、額面通りにそのまま受け取ることしか出来ない、正真正銘のバカだったのである。
「お前は何を言っているのだ」
おバカな従妹を前にして、ロデリックはため息しながら天を仰ぐ。どうにも大仰な、芝居がかった仕草だった。
「つまりオーレリア様は、先ほどのエミリー嬢とリチャード殿下のことを危惧なさっているのだ。あのように何の問題ない行為でも、針小棒大に騒ぎ立て、立場の弱い者に危害を加えようとする輩は存在する。悲しむべきことにな」
「……ふむふむ、それで?」
「その上でエミリー嬢を『可愛がる』。すなわちオーレリア様は、エミリー嬢をそのような小人から守るため、自ら庇護者となる所存なのだ」
堂々と自信満々の態度で、ロデリックは主の真意と真逆の結論を口走った。
そう――残念なことにロデリックは、主人の言ってもいないことを勝手に推し量り、曲解し、忖度する、完全無欠のアホだったのである。
「……なるほど、ロディは賢い。オーレリア様は御立派」
実のところ立派どころか、オーレリアこそが『何の問題もない行為を針小棒大に騒ぎ立てエミリー嬢に危害を加えようとする小人』なのだが。
「分かってくれたようだな。その上で、我らの為すべきことは何だ?」
「……探索と情報収集。誰かを庇護するつもりなら、まず相手のことを知らないと何もできない」
「その通りだ。エミリー嬢のみならず、ソルストン男爵家のことも徹底的に調べ上げるぞ。何一つ隠せぬよう、丸裸にせねば」
「……頑張る!」
○ ● ○ ● ○
その翌朝、セヴァーンの屋敷町に建てられたネヴィル公爵家の本邸――
「失礼します、オーレリア様」
オーレリアの私室で、ロデリックは恭しく一礼した。今日はオーレリアの側にアリシアはおらず、代わりのメイドが身支度を手伝っている。
「エミリー嬢、並びにソルストン男爵家の探索が一段落しました。よろしければこの場で説明いたしますが、いかがなさいましょう?」
「聞きましょう――お前は下がりなさい」
そう命じてメイドを退室させると、オーレリアは椅子に座り直す。背筋を伸ばしたロデリックは、手元のメモを読み上げる。
「エミリー・ソルストン男爵令嬢。聖教暦1440年5月生まれの15歳。3年前に流行病で両親を亡くしています。他に兄弟はおらず、今は男爵家を継承した叔父に養育されております」
「父の死後に、叔父が家督を相続したというの? このような場合だと、娘の成人を待って家を継がせるものではなくて?」
「はい。先代のソルストン男爵がわざわざ遺言状で、弟のジョン卿を後継に指名していたようでして」
アングリア王国の国法では、女子や女系での家督相続が認められている。他ならぬオーレリア自身が、将来はリチャード王子を婿に迎え、2人でネヴィル公爵家を継承するよう取り決められていた。
とはいえその一方で、男系相続にこだわる風潮も一部には根強く残っている。もし先代のソルストン男爵がそういう考えだった場合、娘やその婿ではなく弟に家を継がせようとしてもおかしくはない。
「続いて、王立学院でのエミリー嬢の成績ですが――」
ロデリックは報告を続ける。エミリーの学業や交友関係から、ソルストン家の内情、財政に至るまで。いずれも細かいところまで把握しながら冗長すぎず、要点と勘所を押さえた説明だった。
「この3年で、ずいぶんと資産が目減りしていますわね。荘園もいくつか手放しているようですし。それにこちらの数字は、借金の額かしら」
手渡された書面に目を走らせながら、オーレリアはつぶやく。
「ご明察です。どうやらジョン・ソルストン男爵という御仁は、いささかだらしない方のようでして。家を継いだ時点で既に結婚して子供もいたのですが、一家揃って贅沢と散財に明け暮れているようです」
「締まりのない話だこと」
冷たく突き放したオーレリアだが、その一方でロデリックへの労いは忘れなかった。
「よく1日足らずでここまで調べましたわね。さすがですわ、ロディ」
「恐悦です」
ロデリックはどうしようもないアホだが、こういった近侍としての実務ならば、嫌になるほど有能なのだ。
と、不意にロデリックが天井を見上げる。
「報告の続きですが、ちょうどアリシアが戻りましたので、後は任せます。頼むぞ」
「……応」
同時に天井板の一部がパカッと開き、そこからアリシアの小さな体が降ってきた。空中で身を捻り、音もなく部屋の床に降り立つ。
まるで猫のような身のこなしを見て、オーレリアは軽く息をついた。
「そういうはしたない真似はやめるよう言ったはずですわよ。ちゃんと部屋のドアから入ってきなさいな」
「……申し訳ない。外からだといちいち玄関に回るより、こちらの方が早いので、つい」
ごく軽い叱責に、アリシアは恐縮する。
「それで、園遊会の後から姿が見えませんでしたけど、わたくしの侍女はどこで油を売っていたのかしら?」
「……ソルストン男爵の屋敷に忍び込んでいた」
「それは御苦労でしたわね」
予想通りの答えだった。
筆頭家臣として歴代のネヴィル公を支えてきたローレンス家だが、その働きは領地経営や家臣団統率といった『表』の役目だけに留まらない。諜報活動に潜入工作といった『裏』の働きもまた、領分なのである。
アリシアはどうしようもないバカだが、間者や密偵のような裏働きならば、文句なしの一流だった。付け加えれば侍女としても、料理・洗濯・掃除に裁縫と、家事ならなんでもこなす万能選手である。
「……結論から言う。エミリー嬢は今の家族から疎まれている」
その言葉に、オーレリアは形の良い眉をひそめた。無言でアリシアに先を促す。
「……ロディの調べたとおり、ソルストン家の財政は火の車の一歩手前。エミリー嬢はそれを何とかしようと、無駄な浪費を諫めたり、残った資産を運用したり頑張っている。焼け石に水だけど、それでもソルストン家が完全に破綻せず踏み止まっているのは、エミリー嬢のおかげ」
「それが叔父からは、自分への当てつけや反抗に見えて我慢できないと。そういうことかしら?」
「……いかにも」
「逆恨みですわね、器の小さいこと。あの小娘も気のど――」
口走りかけた「気の毒」という言葉を、オーレリアは慌てて飲み込んだ。
実のところ、園遊会から一晩が過ぎて、頭もそれなりに冷えている。そこにエミリーの不幸な境遇を聞いたことで、オーレリアの心の天秤は同情の方向に傾きつつあった。
(この上、さらに死体蹴りじみた真似は不要ですわね。この件は打ち切りましょう)
そうオーレリアが命じようとした矢先のことである。
「あと、これは枝葉末節のことですが、ここ最近はエミリー嬢とリチャード殿下の交遊が増えているようです」
「――この件、きっちり最後まで詰めなさい。可及的速やかに」
ロデリックの一言で、エミリーに抱きかけていたささやかな同情心は、ほぼ一瞬で消し飛び雲散霧消した。
(小娘ェ――そちらがその気なら容赦しませんわよ)
沸々と滾る内心は押し隠し、あくまで平静そのものの態度を取り繕いながら、オーレリアは腹心の従者たちに命じる。
「手段は問いませんわ。引導を渡して差し上げなさい」
「承知いたしました。自分たちにお任せください」
「……承知」
○ ● ○ ● ○
「……ロディ、ロディ」
オーレリアの部屋を出た途端、アリシアはロデリックの袖口をクイクイと引っ張った。
「……引導を渡せってどういうこと? わたし、エミリー嬢を
ぶわっと脂汗をかき、生まれたての子鹿のようにプリプルと震えながら、アリシアはとんでもないことを口走った。またもやオーレリアの言葉を、バカ正直にそのまま受け取ってしまった結果である。
「落ち着け、先走るな」
慌ててロデリックは窘める。その気になればアリシアは、今すぐにでもソルストン男爵邸に潜入してエミリーを暗殺できる腕前があるだけに、タチが悪い。
「オーレリア様はエミリー嬢を庇護するつもりなのだぞ。なぜそこで暗殺という物騒な話になる?」
「……それはそう」
素直にうなずくアリシア。
まずその前提から勘違いしているのだが、2人ともそれに気づいていない。
「……どういうこと?」
「つまりオーレリア様は、エミリー嬢を苦しめる元凶である、叔父のジョン・ソルストン男爵を排除するよう命じておられるのだ」
ロデリックの出した結論は、やはり完全に明後日の方向へと迷走していた。
「……なるほど、つまり今から――」
「言っておくが引導を渡すというのは、あくまで比喩だ。エミリー嬢を庇護するためにいらぬ血が流れては、元も子もないからな。エミリー嬢本人にも、ソルストン男爵家の名にも傷を付けぬよう、手段を選ぶ必要がある」
「……なるほど、やはりロディは賢い。オーレリア様は御立派」
「手立ての道筋は見えている。お前にも骨を折ってもらうぞ」
「……頑張る!」
○ ● ○ ● ○
それから、さらに数日後の朝――
「オーレリア様」
王立学院への登校の支度をしているオーレリアに、そっとロデリックが身を寄せた。
「例の一件、ようやく目処が立ちました。今、アリシアが最後の仕上げに向かっております。本日、オーレリア様が学院の門を通るまでには、万事がお望みのように片付いていることでしょう」
「あら、早いですわね。手際のいいこと」
耳打ちされた内容を聞いて、オーレリアの口元に薄い笑みが浮かぶ。
「それで、どのような手立てを講じたのかしら? いえ、今ここで聞くのも無粋ですわね」
「そうですね――おそらくエミリー嬢は、涙と共にオーレリア様の眼前で跪くことになると思われます」
「楽しみだこと」
あのちっぽけな小娘が、泣きながら屈辱に顔を歪めて自分に屈服する――その様子を想像するだけで、オーレリアの中の危険な一部がゾクゾクと疼いた。
「ロディ、やはりあなたたちに任せて正解だったようですわね」
「お褒めにあずかり、恐悦至極」
恭しく一礼する従者を、オーレリアは極上の笑みで労った。
○ ● ○ ● ○
ネヴィル公爵家の紋章を掲げた馬車が、王立学院の前庭に停まった。開かれた扉から、ロデリックを従えたオーレリアが降り立つ。
「これはオーレリア様、御機嫌よう」
「御機嫌よう」
たちまち集まってきた取り巻き――もとい学友たちと挨拶を交わしながら、オーレリアはさりげなく周囲を見回した。
(さて、あの小娘はどこにいますの?)
「オーレリア・ネヴィル様!!」
校門の方向から聞こえた大声と、息せき切って駆け寄ってくる少女の姿。探していたエミリー・ソルストンだった。両目は涙で潤み、顔はクシャクシャに歪み、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「あの方は一体?」
「確か、1年生の――」
周囲の取り巻きたちがざわめき、あるいは戸惑う。オーレリアは内心で握り締めた拳を突き上げ、渾身のガッツポーズを決めた。
(来た来た来た来た来ましたわー!)
そんな心中はおくびにも出さないまま、オーレリアは怪訝そうに尋ねる。
「ソルストン男爵家のエミリーさん、でしたわよね。何かわたくしにご用かしら?」
「――――!!」
駆け寄ってきたエミリーが、オーレリアの眼前で泣きながら跪く。
(ああ、たまりませんわ)
こみ上げた歓喜と嗜虐でオーレリアが破顔する、まさにその寸前――
「ありがとうございますオーレリア様!! 本当にありがとうございます!!」
――ガバッと身を起こしたエミリーは、満面の笑みを浮かべていた。
(あ、あれ?)
何だか思っていた流れと違う。
戸惑うオーレリアを、エミリーは跪いたまま見上げていた。エミリーの愛らしい顔は純粋な感謝と敬意に輝いており、滂沱と流れる涙も悲しみや屈辱ではなく喜びによるものだと一目で分かる。
「わ、私などのために、あそこまでしていただけるなんて。こ、この御恩は決して忘れません! 一生かけてでも、必ずお返しします!」
「????」
全く話が見えずに、オーレリアは困惑する。周囲の取り巻きたちも、どういうことだとざわめいていた。
(ちょ、ちょっとロディ!? 一体全体、何がどうなっていやがりますの!?)
慌ててオーレリアは背後を振り向く。主人からの無言の問いにロデリックは――物凄いドヤ顔でびっと親指を立てた。いかにも「いやー、いい仕事しましたよ、どうぞご覧ください」と言わんばかりのポーズである。
あくまで一瞬のことであり、あっという間にいつもの謹厳実直な態度を取り戻してしまったが。
「今朝の未明、オーレリア様の御家来衆が法務官の方たちを伴って、当家へとお越しになりました」
「は、はあ……」
何やらエミリーが語り始める。事情がさっぱり分からないオーレリアは、とりあえず相づちを打つことくらいしかできない。
「そして叔父を告発したのです。――亡き父の遺言状は偽造されたものであり、叔父のソルストン男爵家継承は無効である、と」
「はああああああっ!?」
まったく予想外の言葉に、今度こそオーレリアは声を張り上げた。
「叔父は知らぬ存ぜぬで押し通そうとしたのですが、御家来の方が遺言状の偽造箇所を指摘した上、偽造に携わった代書屋や職人まで証人として確保しておられまして。ついには言い逃れできず、法務院へと連行されました」
見ればエミリーの背後に、そっとアリシアが控えていた。彼女がエミリーの言う『御家来衆』で間違いないだろう。こちらも物凄いドヤ顔で、薄い胸を張っている。
「いかがでしょうか、オーレリア様」
呆然と立ちつくすオーレリアの背後から、ロデリックが小声で耳打ちした。
「お言葉どおり、エミリー嬢をたっぷり可愛がって差し上げました」
「――――あ」
その時になって、ようやくオーレリアは気づいた。
ロデリックとアリシアは、自分の命令に背いた訳ではない。裏を読まず、言葉通りそのままに受け取り、全身全霊の全力で遂行してしまったのだと。
(な、何てことをしてくれやがりましたの! このおバカ!! アホタレ!!)
心中で絶叫しながらオーレリアは、頭を抱えて校庭の石畳を端から端からゴロゴロ転がった。あくまでも、精神世界のみでの奇行だが。
「こ、これで家名と財産を取り戻すことができます。父の遺した家を、潰さずにすみます。ありがとうございます!」
ただひたすら感謝の言葉を繰り返すだけの存在に成り果てたエミリーの前で、オーレリアはぶわっと脂汗をかきながら目を泳がせる。
どうやってこの場を収めたらいいのか、見当も付かない。しかもさらにそれに加えて――
「オーレリア、それにエミリー!」
「リ、リチャード殿下!?」
息を弾ませながら駆け寄ってくる婚約者を見て、オーレリアはさらに混乱する。
「こ、これは、その――」
「よくやってくれた、オーレリア!」
よく通る声で呼びかけながら、リチャードはオーレリアの手を取った。
「話は聞かせてもらっていた。まさかソルストン男爵家が、不正に横領されていたとは。それをエミリーにに取り戻してくれたことを、彼女の御両親に代わって感謝する」
(彼女の――御両親?)
その言い回しに引っかかるものを感じたオーレリアは、恐る恐るリチャードに尋ねてみる。
「そ、その、エミリー嬢と殿下は一体、どういうご関係ですの?」
「ん、ああ、知らなかったのかい? 亡くなった彼女の母が私の古典天宮語の教師でね。その縁で先日、男爵家のことを相談されたんだよ。叔父たちの散財が酷くてこのままでは家が潰れてしまう。何とかならないのだろうか、とね」
「――それだけですの?」
「それだけだが?」
リチャードはあっさり言い切った。全く悪びれていない物腰は、嘘をついてるように見えない。
「恩師の娘の頼みだし、部屋住みの私でも何かできることはないかと手を尽くしていたのだが、まさか君がここまで鮮やかに解決してしまうとは。本当に見事な手腕だ。惚れ直したよ」
「ええ、まあ、その、はい……」
もごもごとオーレリアはつぶやいた。リチャードの言葉に嘘も裏もないことは、よく分かる。つまり自分は、何の問題のない2人の関係を邪推し、見当違いの嫉妬をした挙げ句、あやうくエミリーを
(あ、危ねーところでしたわ)
こうなってしまっては、本当のことなんて絶対に言えない。この期におよんでようやく、オーレリアは腹を括る。
周囲の群衆が固唾を飲んで見つめる中、オーレリアは片膝をついて、うずくまるエミリーと目線を合わせた。
「顔をお上げなさい、エミリーさん」
慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべたオーレリアは、そっとエミリーの手を取る。
「あなたはただ、御自分の正当な権利を取り戻しただけのこと。わたくしはほんの少しだけ、そのお手伝いをしただけですわ」
――そう、こうなったらこの不本意極まりない現状が、最初から全て自分の考え通りだったと押し通すしかない!
(公爵家後継者として鍛えに鍛えたこの外面、舐めるんじゃねえですわ!!)
実際のところ、効果は抜群だった。
「――オーレリア様ぁ」
何も知らないエミリーは、涙で顔をクシャクシャにしながら、オーレリアに取り縋った。それを見た周囲から、どっと歓声が上がる。
「お見事ですオーレリア様! なんて素晴らしいお裁きなのでしょう」
「果断さと聡明さ、そして慈愛の心。まさしく名門ネヴィル公爵家の後継に、相応しいですわ」
「王国の未来も安泰だ」
自分を讃える声に包まれながら、オーレリアは顔の引き攣りを堪えるのに精一杯だった。
(な――なんでこんな事になりましたのぉ!?)
○ ● ○ ● ○
オーレリアとエミリー、そして彼女たちを包む歓呼の声。ロデリックとアリシアは、その情景を少し遠間から見守っていた。
「……ロディ、ロディ」
いつものごとくアリシアが、執事服の袖口を引っ張る。
「……任務達成、パーフェクト。やっぱりロディは賢いし、オーレリア様は御立派」
「俺の知恵など大したものではないさ。全てはオーレリア様の叡智と、慈悲の御心によるものだ」
大真面目にロデリックは答える。
「麗しく聡明で慈愛に満ち真の貴族的精神の持ち主であるオーレリア・ネヴィル公爵令嬢」――という大いなる虚構にして幻想は、このアホでバカな2人にとって唯一無二の真実なのだ。
「あの素晴らしき主に相応しい家臣であり続けるため、俺もお前もいっそうの精進が必要だ。頼むぞ」
「……頑張る!」
アホ執事とバカメイドと悪役令嬢の勘違いトライアングル albine @albine
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