2番目にかわいい女の子『かぐや』
「はぁ…間に合った…」
目をつぶって自分の部屋に入り、手探りで制服を見つけ出して着替えを済ませた。
そして寝ている天川さんを放置して、学校にガンダッシュした次第である。
ずっと僕が住んでる部屋だというのに、一晩天川さんが寝たというだけで、あそこは天川さんの空間にすげ変わっていた。
やはり彼女と僕では主人公力に差がありすぎるのだろう。
で、急いだ甲斐あって始業時間に間に合い、僕は机に突っ伏すスタイルで時間を潰しているという訳。
天川さんのような一軍女子は遅刻しても笑って流される。
しかし僕ら陰キャが遅れようものなら、地獄のような空気になる不条理。
誰も笑わないから、意味もなく問題にされる。
だからこそ僕らは遅刻を含めて、様々な問題を起こさないように真面目に生きるしかない。
いや、真面目に生きるというか、それが一番簡単という話。
悪いことや嘘を吐くにはそれなりのコミュ力を必要とするが、正しいことをなぞるだけなら僕でもできるのだから。
そうやって無害に生きているというのに…!
なぜか突然女子たちに絡まれる。
「そこのチー牛、天川としたってマ?」
「あ…えっと…」
顔を上げると2人のギャルが、睨みつけるように立っていた。
名前はえ〜と…藤原さんじゃなくて…
「ねぇ、こんなチー牛が天川となんてやっぱ嘘だよ」
「だよね?自分でそういう噂流したとか?キモ…」
ギャル達はぼそぼそと話し合い、蔑むような視線を向けてくる。
多分僕が何を説明しても聞こえないのだろう。
「あんま調子のんなよ」
「マジでそれ」
なんか自分たちの中で完結して、納得してどっかに行ってしまった。
「なんで人のことチー牛とか言えるかな?自分たちこそ、表情管理もできない、髪染めただけのチー牛ギャルなのに…」
蔑みでもなくボソッと呟いてみたのだが…
「あはっw」
「え?」
後ろで誰かが吹き出していた。
なにごとかと振り返ると、クラスで2番目にかわいい…なんとかかぐやさんが笑いをこらえていた。
「えっと…かく…やく…さん?」
「ん?ああ、かぐやでいいですよ。SNSもかぐや名義だし」
うふふ、と上品に笑う。
緩くウェーブをかけたミディの茶髪。短めのネオソバージュというやつか?
おしとやかで人あたりもよく、表情も声も優しさがにじみ出ている。
最近転校してきた彼女はSNSのフォロワーも多く、あっという間にこのクラスの一軍に食い込んだ。
「たしかにあの藤原さん達は、暗髪に戻して化粧を落としたらチー牛って感じですよね」
「う…うん…」
「あ!でもそこまで言うと、服を脱いだら裸だよねってことになりません?」
「ならない…好きな髪形を聞かれても…男にとっては、可逆性のあるポニテもおさげもロングも一緒だって話だから…」
「あはっwそこで『中身の話』って言えない辺り、こじれてますね」
「あそこで中身の話って言ったら…裸の話と思われるかなと思って…」
「あ~…陰キャっぽい会話の先読み。ああ、ごめんなさい。こほんっ!意外とキレキレなんだなと思いまして…えっと…嶋くん?」
かぐやさんは少し考えてから、恐らく適当に名前を呼ぶ。
その名前は…僕には当てはまらない。
「僕は…嶋じゃないんだ…」
「へぇ〜、そうなんですね?じゃあ、えーと…」
「みんなは…童貞くんと呼んでる」
「あはっwそれ童貞捨てたら、アイデンティティどうすんの?」
お淑やかなかぐやさんは、お淑やかとは程遠いノリで笑う。
「たぶん…清潔感と一緒だよ…」
「シュレディンガーの童貞…」
「いや…観測じゃなくて、感覚の問題…」
「ああ、童貞かどうかじゃなくて、童貞臭いかどうかって話で、清潔感と一緒で実際に清潔かは関係ないってことですね。不思議な感覚ですよねー、これ。これの正体はなんなのでしょう?」
「…コミュニティの内か外かってことだと思う…」
「イケメンは身内で、気に入らない人は不審者って感じですか?」
「そだね…コミュニティの外だと…日本人で言うと『穢れ』の感覚があるんだと思う」
「なるほど。表現のわかりやすい小学生なら◯◯菌!とか言いますし、あながち間違いではないかもですね」
「僕と話してると、このクラスでの清潔感失うかもよ…差別は脳容量の低いバカには便利だし…内と外だけの単純化は気持ちいいんでしょ」
「あはっwツイフェミが怒りそう」
かぐやさんはクスクスと笑いながら、手を振って自分の席へと歩いていく。
ほぼ初めて話したけど…表面的には微笑みを崩さない子だったけど…いい感じの性格の悪さが見え隠れしていた。
SNSのコメ欄に書き込んでるみたいな感覚。
しかし…女の子と沢山話してしまった…一番かわいい天川さんと話したことで経験値が上がり、1番より下の女の子とは普通に話せるレベルになってしまったのだろうか。
ねえ!私をオタクに優しいギャルにしてくれたら、童貞卒業させてあげる! 月猫ひろ @thukineko
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