ご都合主義な夢から覚めて

 夢を見ていた気がする。

 学校の教室で寝たふりをしていたら、クラスで一番かわいいギャルに声をかけられる夢を。


 なんでも自分をオタクに優しいギャルにしてくれたら、童貞捨てさせてあげるとかなんとか。

 しかも警戒心が一切なく、無邪気に俺の家まで来るとかさ。


「はは…なに夢見てるのさ?気持ちわる」


 目を覚まして現実世界にログインする同時に自分を責める。

 どんな陽キャもツッコミが間に合わないほどの後ろ向きスタイルだろう。


「いつつ…なんで、リビングで寝てるんだ?」


 体を起こして戸惑うが、それはここが見慣れた自分の部屋じゃなかったから。

 なぜか僕はリビングのソファで寝落ちしていたらしい。


 脳の奥底にまだ血が通ってない気味悪さを感じつつ、頼りない足取りで台所に向かう。


 ケトルでお湯を沸かしつつ、タンブラーにコーヒー豆をセット。

 個包装になっている、使い捨てのドリップ式のやつだ。


 体感数秒でお湯が沸き、相対性理論を実感するとともに、寝ぼけたまま人生の最後の瞬間までスキップしてしまわないか不安になる。


 なんて馬鹿な仮定と反証で頭をほぐしながら、コーヒーを一口飲んで苦味を味わう。

 ちなみにコーヒーを一口飲んでぱっと目が覚めるというのは、創作かコーヒーを飲みなれてない人の知識不足だ。


 別にカフェインを摂取したところで、僕はぼーとしたまま。

 20%の覚醒率が40%になった程度の話だ。


「…パンで済ませるかな、体に良くないけど」


 冷蔵庫からウインナーパンを取り、コーヒーを持ってテーブルへ移動する。

 栄養はないが、今日は仕方ない。なんだか朝から疲れているのだから。

 というか僕の家にパンが準備してあるなんて、珍しいこともあるもんだ。


「はぁ……」


 スマホを開いてショート動画の刺激を目に入れながらパンをかじる。

『簡単に作れる、一人暮らし貧乏飯!』なんて人殺しに近しい情報が、なんの悪意もなく流れてきて辟易する。


 貧乏飯というのは、安いことに加えて栄養がなければ成立しない。それを毎日食べても栄養が十分かつ安いものを貧乏飯というのだ。

 食事というのは人間の体を形作る大事なものだ。医者とまではいわないけど、管理栄養士の視覚すらない人が、考えなしにオススメなんてするもんじゃない。

 実際ある有名なアーティストはご飯にポン酢をかけただけの貧乏飯を10に置換食べ続けて救急車で運ばれたのだから。現代版栄養失調の極みみたいなものだろう。

 ポン酢ご飯とまではいかずとも、パスタに調味料やお茶漬けの元で味をつけただけの物体をおすすめし、視聴者がそれをまねして倒れたとしても、情報発信者ななんの責任も持たず、むしろ『簡単でおいしそー!作ってみます♡』なんて、かわいい女の子にコメントされてるというね……


 それと同じで男性なのに女性向けに情報発信してる美容系インフルエンサーも嫌いだ。『実際に使ってみて情報発信します!』じゃないよ。

 男性の肌は女性の2倍近く分厚いんだぞ?男性の肌で効果を実感できる化粧品なんて、女性の肌をボロボロにしかねない。本当に悪意のない攻撃。無知は罪とはよく言った。


 それなのに『参考になりました♡』なんて、若い女の子にちやほやされて……世の中では正しく高尚な知識よりも顔が重要なんだろうか?


「いや、朝から勝手に気を滅入らせて、なにしてるんだよ、僕は」


 ショート動画を閉じてため息をつく。


 僕はずっと1人で生きてきた。

 1人でいることは別に特別でもないし、つまりはデフォルト。マイナスでもなんでもない。


「……」


 なのに……寂しく感じるのは、夢を見てしまったからだ。

 クラスで一番かわいい子と話して、クラスで一番かわいい子と一緒に帰って、クラスで一番かわいい子と一緒にご飯食べて、クラスで一番かわいい子と一緒にアニメを見て、クラスで一番かわいい子と一緒に推しの配信を見て、クラスで一番かわいい子と一緒に夜のコンビニに朝食べるパンを買いに行った。


 なんか青春だったなぁ…………パン?


「そっち私の」

「うわあ!?」


 突然後ろから、誰かが僕のウインナーに齧りついてきた。


「んむんむ…もぐもぐ…」

「あ…」


 金髪が垂れて手にかかり、くすぐったい。

 香水とは違う、少し重たい寝起きの甘ったるさが鼻腔に侵入してくる。


 僕が手に持ったままのパンをためらいもなく貪っているのは、間違いなく天川さんだった。


 いや、天川さんか?

 気だるげに無言咀嚼を続ける彼女は、いつもとだいぶん雰囲気が違う。

 別人かもと思ったが、僕の家に天川さん以外の女の子が寝泊まりしてるわけもなかった。


 いや、天川さんが寝泊まりしてるのも、やっぱりおかしいんだけど。


「いたぁ!?」

「ふむふむ…もぎゅもぎゅ……ごくん」


 手でエサをあげたら、手まで食べてしまう大型犬みたいに、天川さんに噛みつかれてしまった。

 そのまま器用に口だけでウインナーパンを奪い去ると、完食して僕の部屋に戻っていく。


「学校…行かないの?」

「…低血圧だから」


 訳の分からないことを口走りながら、天川さんは扉の向こうでぼふんと音を立てた。

 二度寝するためにベッドにダイブしたのだろう。


 ちなみに朝の低血圧の主な原因は自律神経らしいので、温かいコーヒーとか飲むといいらしい。


「…って、わあああ!?」


 一つ言い訳させて欲しい!決してわざとじゃないんだ…


 例えば指を怪我して痛い時、反射的に指の傷口をなめてしまうだろう?

 それを寝ぼけてやってしまっただけで、決して天川さんと間接キスしたいから自分の手を舐めたわけじゃないんだ!


「ぼ…僕!先に学校行くから……その…鍵置いとくから、掛けてきてね…あ!僕はスマートロックで開け閉めできるから…き…気にしないで!」


 情けないなくそんなこと言い残し、鍵をテーブルに置いて逃げるように家を出……部屋着じゃん、僕!?


「あ…ああ……」


 制服は僕の部屋ぁ!クラスで一番かわいい子が寝ているぅ!詰んだぁ!

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