第4話 親友

「自分に、所謂「親友」などできる筈はなく、そのうえ自分には「訪問」の能力さえなかったのです。」

           太宰治「人間失格」より

 これはあくまでも自身をモデルにした人物の話であって、別に前世では仲の良い友人がいなかったわけでもない。だが、その友人とは〝小説家〟という繋がりがあった。それがない今世では、はたして「親友」いや、せめて「友達」でもできるのか、不安に思っている。

─────────

 日曜日の昼下がり、昼食を食べ終えた治希は今日もカウンターで店番をしながらいつものように小説を考えていた。そんな時、不意にドアの鈴がなる。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのはこの前僕を気分転換に連れて行ってくれた歩さんと、歩さんと同じくらいの年齢であろう男の人だった。

「こんにちは、治希くん」

「こんにちは。あの、そちらの方は……」

歩さんの友達だろうか。楕円形のメガネが印象的な人だ。落ち着きがない様子で、なんだかずっとソワソワしている。

「あぁ、こっちは自分の友達。そういえば初対面だったね」

「……どうも」

彼は小さい声で花田録泰はなだろくただと名乗った。歩さんと同じ高校2年生らしい。

「はじめまして、木村治希です。えっと、ごゆっくり……?」

花田さんはこちらの声に反応しない。気まずくなって僕は歩さんの方を見た。

「録泰は人見知りしちゃうタイプでね……初めて会う人にはこんな反応なんだ。本人には悪気がないから気にしないでやってくれると嬉しいな。本を見てくるよ。」

そう言って歩さんと花田さんはカウンターから離れ、本を選び始めた。

 今、この店には僕と歩さん、花田さんの3人しかいない。だから自ずと2人の会話が聞こえてきてしまうのだ。

「録泰、なにみてるの?料理の本か。」

「うん、ちょっと興味があって。」

花田さん、料理に興味があるんだ。初対面時の印象からあんまり想像つかなかったな。

「けど、料理できるの?調理実習じゃなかなかひどい有様だったらしいじゃん。自分と同じくらいじゃない?」

「失礼な、すくなくとも君よりかはできるよ」

歩さんは料理苦手なのかな。

「白米にカレー粉を混ぜたものを『カレーだ!』と言い張るヤツと一緒にしないでよ。」

……想像以上だった。なんでもできるイメージだから意外だな。2人は一応言い争ってはいるものの楽しげな表情をしている。2人の信頼と仲の良さが手に取るように感じられた。

(こういう2人を「親友」って呼ぶんだろうな。……羨ましい)


「治希くん、お会計お願いできるかな。」

声をかけられてはっと顔を上げた。どうやら小説を書くのに熱中している間に2人は会話を終えていたようだ。

「あっはい。分かりました。」

歩さんから本と代金を受け取る。国木田独歩「武蔵野」。自然が好きなんだ、と言ってよく植物学の本やポケット図鑑を買っていく歩さんにしては珍しいチョイスだ。こういう文学も好きなのだろうか。

「どうぞ。ありがとうございました。」

歩さんに本を渡す。そういえば花田さんがいない。どこへ行ったんだろう。

「花田さんはどこへ行ったんですか?」

「今は外へ出てる。また来るってさ。ところで治希くん、こっちを見てボーっとしてる時があったけどまたなんか悩み事?」

「いや、なんというか、その……羨ましいなって。」

「羨ましい?」

「まさに「親友」って感じでしたから。僕は親友はおろか、友達すらも……」

歩さんには敵わない。あっさり気づかれてしまった。顔に出やすい僕も僕だけど。

「言也くん?だっけ。あの子とは友達じゃないの?よく店で話してるのを見るけど。」

「言也は友達なのかどうか……」

別に仲が悪い訳では無いが友達かと言われるとなんだか違う気がする。

「ともかく、そういうのはあるよね。自分も中学の時は似たような感じだったよ。録泰と出会ったのは高校だったし。」

「えっ、そうだったんですか。」

これもまた意外だ。歩さんは元から友達が結構いるイメージだった。てっきり花田さんとも長い付き合いだと思っていたし。

「そういうことで、そんなに思い詰める必要はないと思うよ。治希くんの場合は学校だけじゃなくて、この店もあるんだし、人と関わる機会は多いでしょ。」

「そういえば……そうですね」

よくよく考えれば分かるのに、指摘されるまで気づかなかったや。僕は友達ができるチャンスが人より多いのかもしれない。今までつい逃してしまっていただけで。

「まぁ、友達がいないと思っても安心してよ。少なくとも、自分は君のことを友達だと思ってるよ。」

「……ありがとうございます。」

面と向かって言われるとなんだか恥ずかしいな。こう思って目をそらした僕をみた歩さんは、ふっと笑って口を開いた。

「困ったこととか悩み事があったらまた相談してよ。友達として、話を聞くよ。」

「はい。またお願いします。」

友達か……なんかいいな、こういうの。

「あっ、外に録泰を待たせたままだった。じゃあ、また来るね。」

「色々とありがとうございました。」

録泰のこともよろしく、と言い残して歩さんは足早に店を出た。


 一人になった店内でとりあえず椅子に座った治希は、ペンも持たず考え事をしていた。だが、その顔は難しいものではなく、むしろ嬉しさを抑え込んでいるように見える。

(灯台下暗しってこういうことなのかな)

治希はふとこう思ったのだった。

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文豪転生記 狐伯 @kohaku725

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