てんせいのまほう

椋鳥

転生の魔法

「転生出来たら良いな。」それが僕の秘かな願いだった。


 表立って言うことは今まで無かったし、この先も簡単に予想できた。けれど、そんな到底叶いもしない願いは、ただただ心の片隅にずっと残っていた。


 学校も、社会も、生活も、人生もどうでもいいから、ただ草原に身を任せてみたかった。ただ一つの目標のために、仲間と冒険して……魔物を倒して……宝を見つけて……そんな物語を、僕は送ってみたかった。


「もう、いい。」でもそんなこと、今更どうでも良かった。なぜなら僕はもう、この世にはいないから。どうでも良いことを考えている内にふと忘れそうになったが、僕は落ちてしまった。踏み外してはいけない道から、当たり前の枷の中からたったひとりで。


「……ここは?」明るいとも暗いとも取れない、何だか半端な空間に僕はいた。白の衣服を着ているが僕自身で着た覚えは無いし、髪の毛もある程度整っているみたいだが、こちらも整えた覚えは無い。もはや僕は違和感すら感じなかった。


「起きたようで。」全身黒色で統一された衣服を身にまとっていたのは、小柄で高身長な少年だった。いきなり声をかけられて少し驚いたが、どこか警戒心の緩まるような顔立ちをしているからか、何故かそれが当たり前のように感じた。


「貴方の名前は?」冷静になれ。今は情報を一つでも多く集め、現状に対する打開策を編み出すのが先決。相手にこちらの動揺を気取られてはいけない。


「かりな、とでも。」どうも日本人には見えないが、仮に漢字に当ててみるなら“仮名”と置けたし、かりなの発音の仕方がどうも日本語を使い慣れている事から、かりなは日本人だということが予測できた。


 突然かりなが何かを唱えた。残念ながら聞き取ることは出来なかったが、あたりの景色が目まぐるしく変わっていくことだけが分かった。何もなかった空間に、物が瞬く間現れた。 


 この場所はどうやら、天国ではないらしい。こじんまりとした部屋に荷物が敷き詰められている様は、あまりにも人間味に溢れ、とても神聖さを感じなかった。かりなは木製の椅子に座り、僕にも一つの椅子を勧めた。


 そこはまるで探偵社だった。以前探偵社に訪れた時もこんな雰囲気だったのを僕は覚えていた。


「僕は、あかり。」かりなに名乗らせたのだから、僕も名乗るのは当然なのだと思った。けれどかりは僕の名前を聞いた途端に、何かを思い出したかのような顔になった。


「あかり……か。」顔の皺という皺を総動員してかりなは、本を棚から取り出した。机の上に本を置くと、何故かかりなはため息をついた。視線を僕に向けそのまま本に視線を落とした事から、おそらく”読め”と言いたいのだろう。恐る恐る僕は、本の表紙を開いた。


”転生の手引き”この本を手に取っているのは、どんな人間なのか。それは予想は出来ても予知することは出来ない。未来を予想できても、未来を確定することができないように。親愛なるわが友”古宮伊織”にこの本を捧げる。


 目次”第一項”転生は死者にのみ行われる。


”第二項”転生は死者と女神との契約でのみ、成立する。


”第三項”転生の契約は、破棄されない。


”第四項”何人も、転生の契約を犯せない。


”第五項”転生した死者は、転生の権利を失う。


「目次だけ、よく読んで。」かりなは宙を見つつも、僕が目次を見終えるを待っていた。とは言っても、第五項までしかない目次をすべて見るだけなら、時間はたいして掛からない。それよりも気になるのは、僕が転生しに行ける可能性が僅かでもあるということだ。


「転生しよう。」目次を読んでからほとんど間を置かずに、僕はその可能性に食らいついた。本の内容が気になるところだけど、優先的に今すべきことを考えると、そうはいかない。


「あかり、君は死者だ。」かりなは臆せず言った。皮肉なことにこの事実は、僕が第一項の条件を満たしていることを指していた。


「そして、第二項。」女神についての記述も気になった。流石にかりなが女神ということは無いから、これから会いに行くのか、もしくは向こうから来るのか。


「女神は、ここから。」かりなが指を鳴らすと、何もない場所に大木が生え、それをもとにして扉が形作られた。かりなはきっと、非現実を人間に落とし込んだ存在なのだろう。


「なら、行こうか。」第三、四、五項については文のみで完結しているため、何も聞く必要がなかった。後は、行くのみだろう。


「あかり、健闘を祈る。」かりなは笑みを浮かべた。その真意は不明だが、今は進む他無かった。


「さようなら。」短い間とはいえ、世話になった相手には別れを告げるべきだと思い、僕はそう言った。かりなの視線背中に感じながら、僕は門を開けた。門の先は真っ白な始めと同じような空間が広がっていた。


 僕はそこに足を踏み入れた。踏み入れた途端に扉もあの部屋も無くなり、ただ白い世界に僕一人がいた。もはやどこにも逃げ場は無く、ただ進むことでしか僕は時間を進めめられないだろう。


「始まりか。」僕は歩き出した。















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