感謝状の教祖さまの最後の伝言
ちびまるフォイ
感謝状の有効活用法
「おばあさん、荷物持ちますよ」
「ああ。ありがとうねぇ」
「横断歩道までですけどね」
「信号が変わりそうだったんで助かったよ。
はい、これ感謝状」
「……なんですかこれ」
おばあさんから渡されたのは1枚の紙。
「おや、感謝状を知らないのかい?
ニュースでやっとるだろう」
「うちテレビないんで……」
「感謝したときには感謝状を渡さないとダメなんだよ。
そして、感謝状を貯め込むのもダメなんだよ」
「え、それじゃ今もらったこれは……」
「今日中に誰かへ感謝状を渡さないと、罰せられるよ」
「不幸の手紙か!!」
一部の世代にしかわからなそうなツッコミだったのか、
おばあちゃんはとぼけた顔で去っていった。
あとから調べてわかったことだが、
感謝状を拒否することはできない。必ず受け取る必要がある。
「早く感謝しないと……!」
コンビニに駆け込み適当な駄菓子をレジに置く。
「お会計100円になります」
「はいこれ。あと……感謝状をあげます」
「なんでですか?」
「そ、そうだなぁ、気持ちのよい接客をしてもらったので
その感謝ということで!」
「お客さん、感謝状はチップじゃないんですよ。
誰かを助けたいとか、世界をよくしたいとか。
そういった善意に対してしか感謝状は渡せません」
「めんどくさいな!!」
「というわけで、ここで感謝状はお返しします」
なんとなくそれっぽい理由をつければ感謝状を消費できると思っていた。
しかし受け取るのはたやすく消費は難しい。
まるでババ抜きのジョーカーを引いたような気分だ。
「うう、これどうすりゃいいんだ……」
悩んだ末に夜の公園に向かった。
そこで寝ているホームレスの前でこれみよがしに荷物を落とす。
「おいあんた、それ落としたよ」
案の定声をかけてきたので、これ幸いとばかりに感謝状を渡した。
「教えてくれてありがとう! はい感謝状!!」
「え、ええ……?」
キョトン顔のホームレスをおいてその場を逃げた。
これで在庫処分完了と晴れ晴れとした気持ちだった。
翌日、すぐに感謝状は新しいものを渡された。
「はい先輩! 感謝状です!」
「君がんばってるね。感謝状だよ」
「〇〇くん、いつも頑張ってる君に感謝状!」
「いらねぇ!!」
感謝状は刑罰までの通告書のように見えた。
みんなも誰かからか押し付けられた感謝状の処理先に悩んでいたらしい。
仲間うちを回覧した最終処分先が自分になったという。
自分の出した感謝状を自分が受け取ることはできない。
再度回覧しようと思ったが、みんなすでに受け取っているのでそれもできない。
「こんなのどうすりゃいいんだよ!!」
押し付けられた感謝状にはまごころを感じない。
とにかく罰を受けたくないという醜い感情を具現化したものだった。
「しょうがない。またあのホームレス作戦をするしか……」
ふたたび夜の公園へ向かった。
しかしどこをどう探してもホームレスはいなかった。
たまらず近くにいた清掃員に声をかける。
「あの! ここにたくさんいたホームレスは?」
「捕まったよ」
「なんの罪で? 不法滞在とかですか?」
「いや、感謝状の滞納したからだよ」
「原因は俺じゃん!!」
そして今まさに自分も同じ道を辿ろうとしている。
明らかに残り時間で消費できないだけの感謝状を持っている。
「ああ、いったいどうすれば……」
「迷える子羊よ。感謝状で悩んでいるのかな」
「あ、あなたは!?」
「私は感謝の教祖。すべての感謝をつかさどっています」
「あの、俺の感謝状を引き取ってくれませんか!?」
「もちろん。さあ、私に感謝しなさい」
「ありがとうございます!!!」
真夏に白いローブを着て汗びっしょりの胡散臭い教祖だったが、
自分の感謝状が処分できると思えばなんでもよかった。
「……ちなみに、この感謝状はどうするんですか?
もうすぐ日が変わります。もう誰にも渡せないでしょう?」
「お焚き上げします」
「そんなのアリなの!?」
「私は感謝の教祖ですから」
教祖に案内されて信者のつどう感謝のやしろへと向かった。
そこでは街で行き場をなくした感謝状を持った信者が列をなしていた。
「ああ、教祖さま! 今回もこんなに感謝状が!」
「よいのです。さあ、すべての感謝状を私に」
「ありがとうぞんじます! ありがとうぞんじます!!」
あらかた感謝状を集め切ってから、
教団の中央にある大きな炎の中へ紙がくべられる。
「迷える子羊の感謝よ! どうか空にのぼりたまえーー!」
この教祖を本当に信じているのがどれだけいるかわからない。
でも毎日押し付けられる感謝状の投棄場所ができるなら、
いくらでも信仰できるなと思った。
感謝状を持った信者は枚挙に教祖へとやってくる。
教祖はそれを快く受取りつづけていた。
そんなあるの日のこと。
「ごほっ! ごほっ!!」
「きょ、教祖さま!! 口から血が!!」
「か、感謝を……受取すぎたようですね……」
「そんな!」
「なにごとも過剰な接種は身体に害があります。
みなさんの感謝の毒を受け取りすぎたのでしょう」
「もう毒つっちゃったよ……」
「話があります。信者No.1191さん」
「は、はい」
「あなたに教祖を継いでほしい」
「はぁ!?」
まさかの提案に耳を疑った。
「なんで俺なんですか!? もっと側近がいるでしょう!」
「あなたしかいないんですよ。私を信じない人間にこそ継いでほしい」
「ますますわからない!」
「これから私の秘密をお見せします。地下へ行ってください」
教祖はトイレのレバーを「小」へ傾けた。
するとトイレの裏の壁に地下への階段が現れる。
「こんな隠し通路が……。
誰か小を使ったらどうするんです」
「そんな人類はいません」
地下を降りたときだった。
そこにあるのは大量の感謝状だった。
「なんでこんなに感謝状が……。お焚き上げで燃やしたはずでしょう!?」
「みなさんからの感謝を燃やすわけがないでしょう」
「えっ……」
「みなさんの大事な感謝のかたち。
それはここでずっとためていたんです。そしてこれからも」
「でもあなたがいなくなったら……」
「あなたが教祖として、ここを守り引き継いで行ってください。
そして、本当に困ったときには、この感謝状を使うのです」
「困ったときってどういうときですか!?」
「それは必ずわかります……ご、ごほっ!!」
「きょ、教祖ーー!!」
「あとは任せました……よ……」
こうして教祖は死んでしまい、第二の教祖として自分が祭り上げられた。
自分を含め信者の人も教祖を便利なゴミ回収業者。
そんなふうにしか思ってないだろう。
それでも誰かから崇められ感謝されるのは嬉しかった。
「教祖様、いつも感謝状をお受け取りください、感謝いたします!!」
「永久機関みたいな感謝ですね。どうも」
「教祖さま!」
「教祖さま!」
「教祖さま!」
「迷える子羊のみなさん、私は感謝の教祖。
貴方がたを苦しめる感謝状はすべて私が引き受けます!」
受け取った感謝状は地下へと運び、
偽物の紙をお焚き上げで燃やして処分したふうにする。
もとの教祖はいないんだし、これからは本物を燃やしてもいいだろう。
そう思ったものの、心からの感謝状を燃やすのは罪悪感があった。
子供が一生懸命描いた絵を燃やすような罪悪感。
すっかり真夏のローブ姿も慣れ親しんだ頃。
ついにカルト宗教「感謝の会」にも終わりがやってきた。
「全員うごくな!! 警察だ!!」
武装した警察がなだれこんできた。
「ここは神聖なる教会ですよ。荒事は辞めてもらいたい!」
「あんたが教祖だな。オレは警視総監。お前を逮捕する」
「なんの容疑で? 私達は何も悪いことをしていませんよ」
「しらばっくれるんじゃねぇよ。地下のアレ、気づいてないとでも?」
「ぐっ……! なぜそれを!?」
「市民に流通する感謝状の総数が徐々に減っていったんだ。
そこで一部の感謝状にマーキングをした。
すると、この施設の地下から発信源が集中していたんだ」
警察官は信者を取り押さえ、強引に地下への階段を引きずり出した。
「隊長! 地下に大量の感謝状がありました!!」
「ようし、今行く」
警視総監は誰よりも悪い顔をしていた。
「もう言い逃れはできねぇなぁ。え? 教祖さまよぉ」
「そのようですね……」
「こんなに感謝状をためやがって。
この感謝状をためた罪はどれほどか楽しみだなぁ?」
「……その前にひとついいですか」
「あ?」
「私は前の教祖さまからことづかったことがあります」
「身の上話ならお断りだ」
「この感謝状のことです。
本当に困ったときにこれを使えという話でした」
「どうでもいい。おい、逮捕しろ!」
手首には固くて冷たい手錠がつけられた。
逮捕状もつきつけられ、もはや逃げ道がない。
だからこそ安心した。
「ずっとこんな日を待っていたんです。
毎日ため続けていた感謝状のプレッシャーに押しつぶされそうでした」
「さっきからなんなんだよ」
「この感謝状をどうすればいいか、ずっと悩んでいたんです。
そして先代の教祖の言葉がやっとわかりました」
「だから、なんなんだよ!
お前は逮捕されてもう逃げ道はねぇんだ!!」
「もちろんです。だからこそです」
私は最高の教祖スマイルで、警視総監を見送った。
「私を逮捕してくれて、本当にありがとう!!
そのお礼にこの地下の感謝状をすべて差し上げます!!」
誰も使い切れないほどの感謝状に、警視総監の顔は真っ白になった。
感謝状の教祖さまの最後の伝言 ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます