第3話親友キャラに転生

 ――励ますつもりで、慰めるつもりで言ったのに。


 俺が零宮零二の名前を出したその瞬間、ぶわぁっと三津島クロエの白い頬が紅潮した。




「あ、アンタ――自分が何言ってるかわかってんの!? 本当に頭イカれたんじゃないの!?」

「なんだよ、お似合いのカップルじゃないか。零宮零二は学園で常に五本の指に入る成績を誇る秀才、それなのに性格も顔も面倒見も良くて、穏やかで温厚。まさに完璧なスーパーダーリンじゃねぇかよ、アイツ」

「あ、あのね、ちょ、ちょっと本気で、意味がわからない! な、なんなのアンタ!? 本当に頭大丈夫なの!?」

「まぁ聞け。アイツは八百原にひたむきにアタックし続けるお前を見てるうちに、お前に惹かれちまうんだよ。でもアイツは友人思いの男だからな。今はお前が八百原那由太にゾッコンなのを見てるから、自分の思いに必死になって蓋をしてるんだ」




 うんうん、この辺りの展開は個人的には上手くやれたと思う、落選したけど。


 俺は腕を組んで頷いた。




「でもようやくお前が八百原那由太にフラれたのを知って、アイツは思い切ってお前にアタックするんだ。お前はしばらく返答を迷うけど――結局、零宮の思いを受け入れる。それでようやく二人は結ばれる……それが、お前が今してる恋の結末だ」




 そう、それは俺が三津島クロエというキャラクターに対して用意した、幸せな結末。


 三津島クロエは作中で唯一、八百原那由太にフラれた後、主人公ではないキャラと幸せになるキャラクターなのだ。




「だから、な? そんな気を落とすな。まだ八百原那由太に関しても可能性がないわけじゃない。ただ現時点ではそうなる可能性は低いってだけだ。それに、もしそれがダメでもお前には零宮という男が――」

「もっ、もうその話はいい! なんなのアンタ!? 私が八百原にフラれるからってすり寄って慰めて私とくっつこうって!? 仮にそういう算段だとしても、なっ、なんでそれ今私に全部言うの!?」

「はぁ――? 何? なんで俺がお前とくっつくんだよ? 俺じゃねぇよ、相手は零宮零二だって……」

「だっ、だから――!」




 その瞬間、三津島クロエは俺をまっすぐに指差し。


 真っ赤に色づいた顔で、怒鳴った。




「ぜっ、零宮零二って……アンタのことじゃないの!」




 ――は?


 俺は一瞬、言われた意味がわからず、首を傾げてしまった。




「え……ちょ、何言ってんのお前? 零宮零二? 俺が?」

「そうよ! 何考えてんの!? 何を自分のことを他人の話みたいに喋ってんのよ! 本気で病院行きなさいよ! 絶対変よ、今のアンタはッ!!」




 ――そのときの三津島クロエの言葉もその表情も、とても冗談を言っている雰囲気ではなかった。


 一瞬、俺はぐるぐると物凄い勢いで何かを考え――やおらベッドの上から飛び降り、部屋の壁にあった鏡を覗き込んだ。




 覗き込んで――愕然とした。




 そこにあったのは、理知的で、端正な顔立ちの青年の顔。


 育ちの良さを感じさせる真っ直ぐな瞳。


 如何にも主人公の親友キャラと言えそうな、人に敵意を感じさせない優しい雰囲気。


 そしてこのキャラ最大の特徴として用意した――銀縁の眼鏡は。




「ッ――!?」




 俺は声にならない悲鳴を上げ、鏡の中の「自分」を凝視した。


 間違いない。


 鏡の中の自分の顔――それは俺が想像していた主人公の親友・零宮零二の顔、そっくりそのものだ。




 俺は呆然と、辺りを見回した。


 ここは――病院の病室じゃない。


 学校の保健室だ。


 そして今の自分が着ているのは、俺が小説を書きながら想像していた、私立青藍学園の制服そのものだ。




 途端に、今までぼんやりしていた頭に鈍痛が走り、俺はうっと呻いて目元を覆った。


 そうだった、俺はさっき、八百原那由太が三津島クロエを庇い、野球部の流れ弾に倒れた場に居合わせた――?


 俺は昏倒した八百原を保健室に担ぎ込み、八百原を心配する三津島クロエを慰めて、励まして――その後の記憶は、どうにも曖昧で思い出せない。




 だが、これは――八百原那由太をこの保健室に連れてきた、この記憶は。


 俺の記憶ではない。まさか、零宮零二の記憶――なのか?




 そうだ、零宮零二という男が生まれ、今日に至るまでの記憶を、今の俺はハッキリと思い出せる。


 それと同時に、俺は俺が小説家ワナビだった時の記憶も、同時に思い出せる。


 これは――小説家ワナビだった俺の記憶が、零宮零二の記憶に上書きされている、ということか?




 ゆっくりと、これが夢などではないという事実が、俺に伸し掛かってきた。


 俺は、俺はまさか。


 転んで頭を打った瞬間、あろうことか自分の書いた小説の世界に迷い込んでしまったのか。




 いや――迷い込んだ、という言い方は正しくない。


 俺は死んだ? ベッドの角に頭をぶつけて、あのまま?

 

 そして死んで、転生した? 


 他ならぬ俺が書いたラブコメ小説、『シュレディンガーのラブコメ』のキャラクター、零宮零二として。


 というなら、この小説家ワナビだった時の記憶は、まさか前世の記憶――?




「ちょちょ、零宮。どうしたの怖い顔して? まさかマジでどっか悪いんじゃ――?」




 ようやくシャツのボタンを全部かけ、スカートを履いた状態の三津島クロエが俺に近づいてきた。


 俺は三津島クロエを見た。




「三津島クロエ――お前、本当に、三津島クロエ、なのか?」

「そ、そうだけど……」

「ゴメン、また妙なことを聞く。俺――本当に、零宮零二か?」

「……やっぱり、どっかおかしいよ、アンタ。アンタが零宮零二かって? そんなの当たり前じゃん。悪いこと言わないから保健室の先生に言って病院連れてってもらおう? ね?」

「い、いや、その前に状況の確認をさせてくれ」




 俺は三津島クロエの提案を拒否した。




「俺、なんで八百原の隣に寝てた? 俺、八百原を……いや、那由太か。那由太をここに担ぎ込んだところまでは覚えてる。なのに――なんで俺が隣に寝てたんだ?」

「そりゃこっちが聞きたいわよ。アンタ、私と八百原だけ残して帰ったんじゃなかったの? それがなんでいつの間に隣のベッドに――?」

「あ、いや、いい。朧げながら、どこかで転んで額を強打した記憶があるから、多分自分で歩いてきてベッドに寝たんだと思う」

「え……? い、いや、私、ずっと八百原が目覚めるまでここにいたけど、誰も来なかったよ?」

「でも事実、俺がそこにいたならそれしか考えられない。そこは納得してくれ、な?」




 俺が押し迫ると、三津島クロエはどうにも納得しかねる表情をしていたものの、最終的には頷いてくれた。


 ハァ、と俺は嘆息し、それから三津島クロエに言ってしまったことを思い出し、派手に慌てた。




「ご、ゴメンゴメン、なんかさっき、俺、変なことたくさん喋ったよな?」




 誤魔化そうとする俺を、三津島クロエは不審そうに見つめた。




「た、確かにお前の言う通りだ。あっ、頭をぶつけたショックで少し記憶が混乱してるんだと思う。さっきお前に言ったことは全て取り消させてくれ。根も葉もない妄言ということで、お前の方でも忘れてくれ」

「い、いや、それは流石に無理でしょ……!」




 三津島クロエは強く首を振った。




「あ、アンタ、一体何者なの!? なんであんなに知ったようなことを……ううん、私のことや一葉さんや二階堂さんの秘密をそんな詳細に知ってるの!? あんなの誰にも言ったことないことまでスラスラと……!」

「う……! そ、それは……!」




 実は俺がお前たち全員を創造したんだ、とは、流石に言えなかった。


 そんなことを自分が創ったキャラに言えるわけがないし、言ったところで今度こそ本当に脳神経外科に連れて行かれてしまう。


 どうしよう、どうしよう……! と考え、俺ははっと、妙案を思いついた。




「そ、そうだ三津島クロエ、手、出せ!」

「え……?」

「いいから黙って手を出せ!」

「こ、こう?」




 おっかなびっくり差し出された三津島クロエの右手を、俺は右手で握った。


 そして瞑目し、何かに集中するフリをして――俺は重々しく言い放った。




「……なんだろう、机の上に大学ノートが見える……。表紙に書かれてる文字は……『絶対悩殺♥八百原那由太攻略ノート』……」




 その途端、ワッと悲鳴を上げて三津島クロエが手を引っ込めた。


 よーし、上手く行った。そのノートは三津島クロエが主人公を籠絡するために日々せっせと書き溜めている攻略ノートで、作中にも何度か登場している気色の悪いノートである。


 俺が目を開けると、物凄く赤面した三津島クロエの顔があった。




「んななななな……!? 何!? 怖ッ!! どっ、どうしてそのノートのこと知ってんの!? そんなハズいノート、親にも見せたことないのに……!」

「……三津島クロエ、アカシックレコード能力って知ってるか?」




 俺の適当な言葉に、三津島クロエが一瞬目を見開いた後、一転して神妙な面持ちになった。




「世の中にはこういう能力を持った人間がたまにいるんだ。俺は特定の人の記憶や未来を勝手に覗き見る事ができる能力が、少しだけある」

「あ、アカシックレコード……! え、映画かなんかで観たことある! あ、アンタ、そんな凄い能力持ってたの……!?」

「もっとも、俺とごく親しい人の、それも長くて数年間のことしかわからない。普段は全然使い道のない能力だよ」

「そ、それで私や八百原のことがわかるんだ……! 怖ッ……!」




 よし、信じたな。


 これで俺がこの世界を創った人間だとバレずに済みそうだ。


 ハァ、と俺が内心、安堵のため息を吐いたのと同時に、三津島クロエの碧眼がキラキラと輝き始めた。




「正直怖い……怖い、けど、これは、これは使える……!」

「え……?」




 俺が驚いてしまうと、バッ、と三津島クロエが俺の手を両手で握った。




「ぜっ、零宮! アンタこの後時間ある!?」

「あ、え? あ、ある、と思うけど……」

「ちょっと私に付き合って! 場所は……そうだな、駅前のファミレスにしましょ! 私が奢るから付き合って!」

「えっ。えぇ……!?」




 ぐいぐいと、三津島クロエが俺の手を引き、保健室を出ていこうとする。


 俺は三津島クロエに引っ張られ、そのままどこかへと連行されていった。







「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。

もしかしたら面白いかもしれませんので。


よろしくお願いいたします。



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自作のハーレムラブコメラノベ世界に転生した俺は、三番目のお色気担当ヒロインを勝ちヒロインにすべく原作を書き換える 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki

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