短歌連作 下げに行くよ

阿部蓮南

下げに行くよ

虹色のパンフレットを取り寄せて透明感の技術に触れる


目的に素直になってあのカフェに次の学費を稼ぎに行こう


エプロンとシャツと帽子を押し込んで直線がどこにもないかばん


通勤の時は羽織ると決められた薄いパーカーは向日葵の色


コーヒーの香りに満ちた建物の隅に小さくある更衣室


制服はモノクロだけどここからは期間限定ケーキが見える


自らを叩き起こした私より声の明るいタイムレコーダー


雨雲が人を招いた十二時にハンドソープはもふもふとして


街中で聞いた敬語も直されて頭の辞書を急いでめくる


ソーサーを置く右手には白鍵と友達だった頃の感覚


発祥の町の話を早口でされて私はまだまだ新規


目を閉じてフリーズすれば店長は「下げに行くよ」と笑ってくれる


手のひらでなでる架空のかき氷 サイズを伝えるための最善


置く前に求める腕もかわいくて花の色したキッズドリンク


この黒は忘れ物だと確信し机の下の大きなバッグ


一度だけバックヤードで泣いたなら「行ける?」と尋ねてくれる店長


夕方に合わせたメニューを前に出し今日の仕事はまだまだ続く


「おいしいのある?」と尋ねる人もいて何の食事か教えてよ四時


薫風の文字が視界に入るから句帳と思う女性のノート


シロップにまだ内蓋があることを伝えてくれる寡黙な先輩


性別を隠す役目を果たしつつこれはかわいい帽子とマスク


作るのは容易でなくて面接の時が一番にこにこしてた


バケツへと押し込んでみれば洗われる丸いモップはどういう仕組み


消しゴムのかすを集めてこの席の学生は話すだけじゃなかった


発散の方法を聞く夕方に店長は言う 食べると歌う


火曜日はお互い休みだからって私鉄の駅で会う曇りの日


偵察のようになっても友達と詩を書いてれば今はお客さん


エッセイを打てば会話は止まるけど君のフリック入力速い


出かかった声は笑顔に変えてみる呼び出しベルが小さく鳴れば


「あんこさえ食べられたら」と言いながら君が見てくる小倉トースト


同人誌の題を決めようとアンケート用紙の裏にする箇条書き


かき氷の黄色のすごい体積に名前を信じないミニサイズ


電車での私は未だ平成でイヤホンで聴くいきものがかり


洗濯の済んだポロシャツ着ていけばこの蒸し暑い町の店員


長針は大きく回る生活に「行きたくない」がキーワードでも

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短歌連作 下げに行くよ 阿部蓮南 @renalt815

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