第2話

 四月下旬の月曜日の朝、今日もいつものようにインターホンが鳴る。玄関の扉を開けるとそこには見慣れた顔がある。大引美月。端正な顔立ちをしていて艶のある長い黒髪と大きな目、幼馴染の僕から見ても彼女は綺麗だった。そんな幼馴染が家も隣なので毎朝、僕の家までやってくる。

「優也、学校行こう!」

 快晴の空の下、朝からハイテンションの幼馴染とは違って僕は憂鬱で仕方ない。

「優也元気ないね」

「月曜日の朝だからな。逆に聞くけど朝からどうしてそんなに元気なんだ?」

「朝ご飯しっかり食べたから!」

「僕だって食べたよ」

「じゃあ、学校行けるね。早くしないと遅刻しちゃう」

 僕と美月は並んで並木道を歩く。朝の澄んだ空気と緩やかな風が吹いていて気持ち良い。

 ご機嫌な美月の横顔を見ながら手紙のことを思い出す。本当に美月は交通事故に遭うのだろうか。そんな不吉なことを考えてしまう。

「どうかした?」

 不審に思ったのか、こちらに顔を向けてくる美月に僕は首を横に振る。

「なんでもない」

「そっか」

 それだけで特に追求されず僕たちは学校に着いた。

 二年A組の教室に入るとすぐ僕は勢い良く抱きつかれた。女子ではなく、男子に。

「優也、久しぶりだな!」

 抱きついてきたのはバスケ部の掛橋翔太だった。彼とは一年の時から同じクラスだったのでよく話す仲ではいる。ただ、抱きつかれたのは初めてなので驚いた。

「久しぶりって、土日挟んだだけだろ」

 掛橋は一瞬だけ目を丸くする。

「あ、そっか。そうだったな」

「バスケの練習をし過ぎて頭まで筋肉になっているんじゃないか?」

 四葉北高校のバスケ部は県大会に出場する強豪で放課後以外にも朝練と昼練を行っている。何かに熱中できるのは凄いことだけど記憶を失くすのなら僕は熱中できなくて良い。

「そうかもな」

「頑張るのは良いけど、頑張り過ぎるなよ」

 僕がそう言うと掛橋は苦笑する。

「相変わらず、優也は優しいな」

「大袈裟だな」

 鐘が鳴り、教室に先生がやってきて皆、慌てて自分の席に着く。

僕も席に着く。僕の席は窓側の一番後ろだ。この席は気に入っているので席替えしたくないなと思っている。そして、ホームルームが始まった。


 昼休み、机をくっつけて僕は美月と一緒に弁当を食べる。周りの視線がこちらに向くのは恥ずかしいが美月が望んでいることなので仕方ない。

「優也、朝、翔太に思いっきりハグされてたね」

「いきなりで驚いたよ」

「惚れた?」

「惚れないよ。無理矢理、僕をボーイズラブの世界に引き摺り込むな」

「翔太、人気あるから女子は勿論、男子でも好きな人がいると思うよ」

 確かに掛橋は背が高く、バスケ部のエースで運動神経抜群。勉強もできる。顔だって良い。美月が言うように女子だけでなく男子でも好きな人がいる可能性はある。それより気になったのは美月も掛橋に好意を持っているのかどうか。

「やっぱり、カッコいいよな」

「そうだね。でも私は、優也の方が好きだな」

 そんなことを幼馴染にサラリと言われ、不覚にもドキッとする。

「幼馴染だしね」

 悪戯が成功したかのように美月は笑う。

「同情票かよ」

「不満?」

「いや、ありがたいよ」

「本当に思ってる?」

「ああ」

「それなら良いけど」

 そう言って美月は玉子焼きを箸で摘む。それを僕に向けてくる。

「アーン」

「ここ学校だぞ」

「だから?」

「だからって……」

「優也は私が作った玉子焼き、食べたくないの?」

「それは」

 食べたいに決まっている。料理上手な美月の玉子焼きを口にしたい。ただ、周りの目が気になるから食べたいと口にすることはできない。葛藤している僕を見て美月はクスッと笑う。

「時間切れ」

 美月は僕に向けていた玉子焼きを自分の口の中に放り込む。

「あー、美味しい。こんなに美味しい玉子焼きを食べられるチャンスだったのに残念でした」

「べ、別に食べたくなかったし」

 強がってみるが美月の弁当箱に残っているもう一個の玉子焼きに視線が吸い込まれる。

「あ、やっぱり……」

 欲しいと言おうとしたら教室の後ろの扉がガラガラと音を立てて開く。昼練終わりのバスケ部が帰ってきたようだ。掛橋が僕たちの方に歩いてくる。

「あー、疲れた。お、美月。美味しそうなのがあるじゃん。貰うぜ」

「え、ちょっと」

 掛橋は美月の弁当箱に入った玉子焼きを手で摘む。そして、食べた。

「うめえ」

 本当に美味しそうに顔を綻ばせる掛橋に美月はため息を吐く。

「ちょっと翔太。私の玉子焼き、勝手に食べないでよ」

「仕方ないだろ。昼練終わりでお腹が空いてたんだから」

「アンタ、自分のバカデカい弁当あったでしょ」

「そんなのすぐ食べたよ」

「まったく、どんだけ食べるのよ!」

 頬を膨らませる美月を見て掛橋は満足気に笑っている。僕はそんな光景を側から見て、お似合いだなと思った。


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