大野幸太郎 その8

 俺の好きな人は随分と呑気らしい。

 俺の背中で寝息を立て始めた妹をゆすり起して、声をかける。

「おーい、もうついたぞ」

「んぇ……、眠い……」

「起きろ~!俺の腕が持たん!」

 強めに揺さぶると、ようやく叶は目が覚めたようだった。

 俺の背中から降りると、家の扉を見て喉を鳴らす。

「……今日はやっぱりやめとかない?」

「ここにきて粘るなよ」

 正直俺もビビっていたけど、今ので気がほぐれた。

 勢いよく扉を開くと、ずんずん中に進んでいく。

「ちょっとまってよ……」

 俺を追いかけてきた叶が、驚いたように声を上げた。

 テーブルには料理が並び、湯気を立てている。

 椅子に座っていた母さんは、俺達を一目して「ご飯にしましょうか」とだけ言った。


「お母さん、もっとチキン食べなくていいの?」

「年を取ると脂っこいものを受け付けなくなるのよ。これだけでいいわ」

「叶はもっと野菜食えよ、サラダ用意したの叶だろ」

「え~。だって見栄え的にはサラダも欲しいじゃん」

「……あなた達、普段からちゃんと栄養素のバランスは取りなさいよ」

 何年振りかの家族での食事を終えて、母さんがケーキを冷蔵庫から取り出す。

 そのデコレーション内容に俺は目を疑った。

 ケーキの表面にはでかでかと「お兄ちゃん大好き♡」の文字が躍っている。

 俺は目を覆った。

 なんで叶が母さんを上手くごまかせなかったのか疑問には思っていたのだ。

 俺の妹、ちょっとバカかもしれない……。

 母さんは俺の様子を見て、肩を竦めただけだった。

「ほら、ケーキ食べましょ。お皿出して」

 平然とケーキを切り始める母さんに、俺と叶は顔を見合わせる。

「……ノーコメントは流石におかしくない?」

「そ、そうだよお母さん。結局どうするのかまだ聞いてないし!」

 母さんは苦悶の表情を浮かべていたが、暫くして口を開いた。

「だから、私は何も見ていないことにするわ。

 私が気が付かない所で好き合って居たって、怒りようがない。

 ……普通の家族じゃないんだもの、そういった偶然もあり得るわよね」

 叶はちょっと考えた後、ポンと手を打った。

「黙認するってコト!?」

「せっかくぼかしたのに言葉にしないの!まったくもう……早くケーキ食べるわよ」

 俺はまるっきり現実感のないまま、叶の焼いたケーキを食べる。

 流石に洋菓子店でバイトしているだけあって、既製品にも劣らない味だった。

 ……だって、中学校合わせたらもう4年ぐらいバイトしてるわけだし。

「叶さえよければ来年も手作りが良いなぁ」

「ほんと!?いや~、頑張った甲斐があったよ。

 来年と言わず毎年作ったげるからね!」

「にしても、これだけ作れるんなら将来はパティシエとか目指せるんじゃないのか」

 俺の発言に「それは身内びいきすぎ」と笑って、叶はこちらに体重を預けてきた。

「パティシエってすっごく労働時間長いわりに給料は少ないらしいよ。

 ふつーに公務員志望です」

 母さんは距離の近すぎる俺達にため息をついて、席を立った。

「皿洗うから、ケーキ食べ終わったら食器持って来なさい」

「ありがと」

 母さんが更を洗い始めてから、叶はそっと俺の手に自分の手を添えた。

 ……背徳感あるなぁ、これ。

 でも、母さんがいる前であからさまに恋人っぽいことをするわけにもいかない。俺は平静を保って話を続ける。

「なんか夢がねぇな。

 子供の頃の夢とかあるだろ。叶がやりたいってんなら俺、協力するぜ」

 叶は顎に指をあてた後、悪戯っぽく笑う。

「私の夢、叶っちゃったからな」

 次の瞬間、叶は俺の唇を奪った。

 ついばむようなキスを何度か繰り返した後、叶は微笑む。

「だって、私の夢はお兄ちゃんの恋人だもん」

 俺は言葉を失って、口を馬鹿みたいに開けるしかなかった。

 妹ではなく、一人の女の子としての叶は、ずっと肉食系なのかもしれない。

「ね、大好きだよ、お兄ちゃん」

「俺も、俺も好きだ」

 再び俺達の顔が近づく――


「み え な い と こ ろ で や り な さ い ! !」


 いつの間にか振り返っていた母さんの声で、俺達は弾かれたように距離を取った。

「言っておきますけど、節度を持った関係を守れないようなら発言を撤回しますからね!」

「あ、あはは……わかってますよ……」

「そ、そうそう、私達ピュアッピュアだから!」

 冷や汗を滝のように流して、俺達は愛想笑いを浮かべた。

 ぶつぶつと文句を言いながら皿洗いに戻る母さんの様子を確認して、叶は頬を緩めた。

「幸せだね、お兄ちゃん」

 それはきっと、母さんがここに居ることもあるんだろう。

「だな」

 照れくさそうに叶が笑う。

 雪乃が居なければ、俺はこの笑顔を見られなかったのではないだろうか。

 叶だけが俺の幸せではなかったように、叶の幸福も、きっと俺だけではないのだ。

 きっと俺達は気が付かないようにしていただけなんだろう。

 俺達二人の幸せは、叶と見つけていこう。

 俺はにやけそうになる顔を、コーヒーの苦味で誤魔化した。

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妹は聖夜に向いてない 渡貫 真琴 @watanuki123

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