大野叶 その4

 わたしは、デパートのイルミネーションが一望できるベンチで一人光を眺めていた。

 今日は散々な一日だ。どうも、妹に聖夜は向いていないらしい。

 お兄ちゃんは今どこにいるのかな。

 多分わたしを探してあちこちを走り回っているんだろうけど、携帯を置いてきちゃったから合流することもできない。

 あたりには雪が降り積もっている。一面の銀世界だ。

 淡く光り輝くイルミネーションの光を受けて、雪景色も淡く輝いている。

 お兄ちゃんと一緒に見たかったな。

 寒さで感覚が無くなって来たけど、動く気もしない。

 心も体もすっかり凍り付いていた。

 白い息を吐きながら、私は飽きもせずに景色を眺めていた。


 だけど、不意にイルミネーションはその光を失ってしまう。

 ……デパートの営業時間が終わったんだろうか。

 けちんぼだなぁ、こういうのって普通一晩中つけておくでしょ。

 お兄ちゃんに見せたいもの、消えちゃった。


 ここいる意味はもうない。

 寒さも酷いし、これ以上ここに居ると凍傷になってしまいそうだ。

 だけど、なぜか私の体は動いてくれない。


 ……多分、わたしはお兄ちゃんに見つけて欲しいのだ。

 どこに居ても、お兄ちゃんがきっと私を見つけてくれると信じたいのだ。

 明かりの消え去った静かな町で、わたしはお兄ちゃんを待っていた。

 クリスマスソングはもう聞こえない。

わたしは眠気に襲われて、目を閉じた。お兄ちゃんの声が聴きたかった。


「会いたいよ、お兄ちゃん……」


「そんなら家から逃げ出すな、アホ。どんだけ心配したと思ってんだ!」


 こつんと、私の頭を誰かが叩く。

 ゆっくりと目を開けると、そこには荒い息を上げるお兄ちゃんが立っていた。


 信じられない。

 ほんとに、見つけてくれたんだ。


 星が瞬く静かな夜に、お兄ちゃんとわたしは月明かりに照らされている。

 いつの間にか空は晴れ、雪は止んでいた。

「帰るぞ、ここに居たら凍え死ぬ」

 コートを私に着せたお兄ちゃんの言葉に、わたしは首を振る。

「ごめん、足が冷えて上手く動かない……」

「お、おい、大丈夫かよ……。急いで戻るぞ」

 お兄ちゃんは身を屈めて、わたしを振り返った。

「ほれ、おぶってやるから来い」

 普段なら恥ずかしいと思ったんだろうけど、すっかり凍えてしまっているから抵抗する気にもならない。私はお兄ちゃんの首に手を掛けた。

「重くない?」

「まぁ、これくらいなら」

「そこは軽いって言ってよ」

「……俺に細かな気遣いは無理だ」

 お兄ちゃんの背中は暖かかった。心臓の鼓動が心地いい。

「ずるいよ、お兄ちゃん」

「何がだよ」

 お兄ちゃんは休みもせずに歩き続けている。

一人分の足跡で、わたしたちは聖夜を歩いていく。

「全然ヒントとかも無かったのに、わたしの事見つけちゃうんだもん。

 こんなの惚れ直しちゃうよ」

「叶が珍しく行きたいって言ってた場所だからな。

 行きそうな場所片っ端から探したけど居なかったら、ここかなと思った」

「わたし、愛されてるねぇ」

 お兄ちゃんは、馬鹿、とだけ言って黙った。

「ね、お兄ちゃん、二人で逃げよっか」

 わたしは、ずっと秘めていた思いをお兄ちゃんに囁いた。

「実はわたし、中学から隠れてずっとバイトしてたんだ。

 今まで一銭も使ってないから、結構な額貯金してあるし、暫くはそれで暮らしてさ。

 今はどこも人手不足なんでしょ、二人で助け合えば大丈夫だよ」

 私がバイトを続けてきたのは、いずれ来るこの日の為だった。

 もとよりお兄ちゃんとの時間以外に欲しいものなんてないのだ。

 お兄ちゃんは足を止めずに、呆れたようなため息をつく。

「お前なぁ……もっと自分のために時間使えよ」

「自分の為だし」

「どっちにせよ、駆け落ちなんてしてどうする。

 辛い毎日のせいでお前を好きだって気持ちを忘れるほうが俺は怖いよ。

 俺達、やっぱまだまだ子供だぜ。今逃げ出したって食い物にしかならねぇよ」

 お兄ちゃんの言葉にガッカリして、私はさらっと好きだと言われたことに気が付く。

 ……そうか、もう好きだって隠さなくてもよくなったのか。

 わたしはお兄ちゃんに抱き着く手に力を込めた。

「……苦しい」

「あ、ごめん。

 好きだって言ってくれたからつい」

 お兄ちゃんはまたため息をついた。

「でも、お母さんが私達が好きで居るのを許してくれるはずないし」

 お兄ちゃんは少し肩に力を入れたけど、すぐに元の様子に戻る。

「多分、大丈夫。

 だって、母さんは俺達を手放さなかった。

 色々間違えたとは思うけど……ちゃんと俺達の事大切に思ってるよ。

 俺達がお互いが居ないと生きていけないってのも、ちゃんとわかってるはずだ」

「ふ~ん」

 わたしはちょっと拗ねたような声を出した。

「なんだよ」

「お兄ちゃんって、シスコンだけじゃなくってマザコンなんだ」

「理不尽に拗ねるな。叶と母さんじゃ好きの種類も度合いも違うだろ」

「お兄ちゃんはファミコンだ」

「……それだとゲーム機みたいだな」

 わたしはお兄ちゃんの背中に全てを委ねて、ただ揺られることにした。

 お兄ちゃんが大丈夫というのなら、きっと大丈夫だから。

 見たくないものも、お兄ちゃんと一緒に見つめていこう。

 わたしの世界はお兄ちゃんでできているのだ。

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