【短編】百合崎という女

夏目くちびる

第1話

「……つまり、あなたは『恋人サブスク』なるサービスから派遣されてきたサブスクガールフレンドであると」

「うん」

「なんの前触れもなく、関連サイトの情報から偶然モニターに抜擢されたから頼んでもいないのに遊びに来たと」

「酷い言い方だね」

「それって、個人情報保護法とかどうなってるの? あなた、アンドロイドとかじゃなくて生身の人間でしょうに。直接人材派遣って、明らかにイリーガルなことやってる気がするけど」

「ピザ屋や不動産だって、頼んでもないのにダイレクトメール送ってくるじゃん。現物支給を伴ってるだけで、あれと同じだよ」

「なるほど、実に迷惑な話だ」



 異世界に迷い込んで来てしまったのかと思うような非人道的な出来事が、目を覚ました日曜日の朝っぱらに巻き起こっているワケだが。なんてことはない。多少大人びているが、彼女は確か、高校時代に友人だった百合崎だ。



 大方、昨日か一昨日に僕の知らないところで同窓会でもやっていて、そこで当時の仲間連中と話が盛り上がり、悪ノリで陰キャな僕の家凸を思い付き実行した、と言ったところだろう。



 ……それにしても、なんちゅう理由付けだ。仮にレンタル彼女の押し売り業者が現れたら、僕は真っ先にデモ隊を派遣することだろう。



「ということで、ガールフレンドだよ。モニター期間が終わっても、手続きしなければ継続されるから気をつけてね」

「そういう企業の悪しき部分を踏襲するのはやめた方がいいと思います」



 一般人ならば通報を考えるだろうが、ボッチの独身というのは案外心が広目に出来ている。というか、いつもどおりの何も無い休日に、当時の知り合いが遊びに来るというのは中々に嬉しいモノなのだ。



 だから、受け入れることにした。



 それに、見知った人間を不法侵入でブタ箱へ送り込むというのも寝覚めが悪い。特に眠るのが好きな僕だから、起きるたびに思い出して罪悪感に苛まれるのも厄介なことこの上ないしな。



 ……ところで、どうして正体を明かさないのだろう。六年近く経ってるとは言え当時は割と会話をしていたし、忘れるような間柄でもないような気がするけど。



「それで、ガールフレンドって何してくれるのかしら」

「そりゃ、ガールフレンドなんだから色々だよ。朝ごはん作ってあげてもいいよ」

「じゃあ、シャワー浴びてくるからその間にお願い」

「も、もうエッチしたいの? ヤラシイよ?」

「朝シャン派なんだよ、変態」



 シャワーを浴びて部屋に戻ると、百合崎はベーコンエッグとサラダ、パックご飯を茶碗に移したモノを二人前用意して待っていた。泥棒してドロンという線を疑ったが、そういうことではないらしい。



 尤も、この家に盗む価値のあるようなモノなんてないけど。



「キミも食べるのね」

「そりゃ食べるよ、家政婦じゃなくてガールフレンドだもん」

「ふぅん。じゃあ、食べながら昔話でもしようか」

「昔話?」

「百合崎、結構モテてたでしょ。時効だろうし、当時のモテエピソードでも聞かせてよ」

「……いや、私は別にモテてないよ。高校時代、カレシも出来なかったし」



 名前を呼んでも特に反応が無いあたり、やっぱりサブスクサービスなんてのは嘘っぱちらしい。知ってたけど、騙すならもう少しくらい巧みに騙して欲しかったところだと思った。



「そういうのいいから。今更、あなたに得があるのさ」

「得っていうか、本当にいなかったんだもん」



 なるほど。強情になるのなら、こちらも虚心坦懐に直らなければなるまい。僕は百合崎の焼いてくれたベーコンエッグを半分に切って茶碗の上に乗せると、更に黄身を半分に裂いて白飯と一緒に口の中へ放り込んだ。



「おいしい?」

「おいしいよ」



 不味く作るほうが難しいだろうに。僕は、彼女の箸に妙な違和感を覚えながらもう一口ご飯を食べた。



「百合崎のモテエピソードと言えば、やっぱりミスコンだろうね。学校で一番かわいい女子に認定される気分って、一体どんなモンなのさ」

「み、ミスコンかぁ。あの時は、まぁ、うん。クラスの子に勝手に登録されて、当日に逃げられなくなって、気が付いたら一位になってて。そんな感じだったかなぁ」

「まるで、勝手に事務所へ履歴書を送られた金の卵みたいだ。やっぱり、そういう星の下に生まれてるんじゃないの?」

「そんなことないよ。だって、私は自分の見た目ってあんまり好きじゃないもん」



 ……おや。



 僕の知っている百合崎という女は、もっと活発で自信に満ち溢れている人間だったハズだ。自信無さげに話す仕草もさることながら、最も気になったのはサブスクなどを謳う割に見た目批判をしたところ。



 どう考えたって、そういうサービスをやる以上見た目で売っていく必要があるだろうに。役を演じるなら、もっとディテールに凝って欲しいと考えて嘆息。



 その時、ふと高校時代に話したことを思い出した。あれは確か、僕が放課後の文芸部室で一人で本を読み耽っていた時のことだ。



 ――人を待ってるの。もう少し、ここにいていいかな。



「あのさ、百合崎」

「なぁに?」

「ひょっとして、会社で嫌なことでもあった?」



 すると、彼女は味噌汁の中へ箸で摘んでいた卵の黄身をポチャリと落とした。個人的に、卵入りの味噌汁はありだと思っているのでこの食卓じゃ無作法には当たらない。



「僕と話すようになったきっかけって、確かそんなんだった気がしてさ。七年越しに愚痴でも溢しに来たんじゃないかと思って」

「……まぁ、そんなところかも」



 嘘をついている。



 彼女は、あくまでサブスクサービス(という設定)の一環でここに来ている。その理由は何なのかは定かではないが、わざわざ早朝に昔の友人の家まで押しかけて、その上でどうでもいい相談事をしようなどとイカれたことを考えるほど彼女の頭はおかしくない。



 それとも、社会の荒波に揉まれたせいでこうなるほどにイカれた?



 ……ないない。



 そういう人間は、もっと露骨に人生に絶望した色が表情に出る。目の奥は暗がり、背中が丸まって言葉に覇気が無くなってくる。僕はそういう人間を嫌というほど見てきたし、何よりそんな人間は昔の友人の家に約束もなく遊びに来たり、サブスクサービスなどという荒唐無稽なジョークを言ったりなどしない。



 そして、彼女は真相を語らない。原因も理由も、何一つとして語っていないのだ。



 つまり、帰納的な推理ではあるが、以上のことから、百合崎は何らかの隠し事をしていると直感した。急に始まったミステリーに、お題目や被害者が居ないというのは何とも奇妙で物足りない様相であるが――。



 仕方ない。どうせ、今日の休みだって暇なのだ。せっかくパズルを用意してくれると言うのだから、時間をたっぷり使って旧友のエクスキューズを暴いてやろうじゃないか。



「そもそも、どうしてサブスクだなんて妙な言い訳をするのさ。僕は別に、久しぶりに会ったからとか、誰かと結婚してるからとか、そういう理由で女を邪険に扱うような性格はしてないよ」

「知ってるよ! そんなの、私が誰より知ってる!」



 誰よりってなんだよ。まるで、僕の交友関係(無いに等しい)をすべからく把握しているかのような物言いじゃないか。



「だったら、少しくらいヒントをくれたっていいだろう。刑罰モノの悩みじゃなければ、力は貸してあげられると思うけど」

「……お、覚えてないの?」

「覚えてないって、何を」



 どちらかと言えば、僕はあまり記憶力のいい方ではない。青春の真っ只中、何気ない日常の一幕にあったさり気ない会話の一小節なら、申し訳ないがきっと忘れてしまっているだろう。



「先週のことだよ」

「せ、先週?」



 はて、これはどういうことか。先週といえば、月曜には自宅と職場を往復し、火曜にも自宅と職場を往復し、水曜も木曜も金曜も同じように往復して、土曜に映画を見に行って日曜には家に引き籠もっていたが(というか、毎月毎年が同じ内容だ)。



 そんな中の、一体どこで旧友との新たな思い出を育む暇があったというのだろう。もしも意味のない嘘で情報の錯綜を狙っているのなら、ミステリーとしてはあまりにもフェアじゃないやり方だ。



 ……つまり、このクソみたいなルーティンの中に百合崎と出会うキッカケがあったというワケだ。にも関わらず、「完全に忘れていました」なんてすっとぼけようモノならジュウゼロで僕が悪者になってしまうから、この残された僅かな逡巡を必死に考えて何とか回答を用意しよう。



 ――十年後の私たちって、なにしてるんだろうね。



 ふと思い出したのは、当時の印象的だった会話の一つだ。



 あの日は、クリスマス・イヴの前日だった。イヴだろうがイヴイヴだろうが、特に予定の無かった僕はいつも通りに文芸部室で文庫本片手にストーブの温かみでまどろんでいると、突然やって来た百合崎がのべつ幕なしに愚痴をまくし立てて、シンと降る雪に目をやったかと思うと先の言葉を呟いたのだ。



 確か、僕は「学生の肩書が社会人になるだけで、今と大して変わらないと思う」だなんて、引くほど面白味のない言葉で茶を濁したハズだ。すると、百合崎は「じゃあ、十年後もこうして私の悩み事を聞いてるってこと?」と返した。それに対して、今度は「その頃には、キミはいい男でも捕まえているだろう」と反応した。



 ……だからなんだよ。



 そう考えたとき、僕は一つの可能性に行き当たった。



 百合崎は言った。会社で何か、嫌なことがあったのだと。



「言っとくけど、僕は新人歓迎会には招待されてないよ」

「え!? そうだったの!?」

「百合崎とはチームが違うし、僕のいる電気設備部はあまり飲み会に活発じゃないんだよ」

「なんだ! てっきり、私のことなんて忘れちゃったのかと思ったよ!」



 確かに、あの頃、今と変わらないでいるだろうと宣った僕が彼女の入社になんの反応も示さなければ頭にくるかもしれない(百歩譲ってだが)。ハッキリ言って、僕は会社に新人が入ったことなんて把握すらしていなかったが、彼女が僕の家を知っている点から考えて同じ会社、恐らく総務か人事に入ったことは予想出来る。



 しかしながら、その程度のことで朝っぱらに押しかけてくるとは。僕が知らないだけで、女ってそういう生き物なのか?



 ――なら、もしも私がいい男を捕まえてなかったら?



 あの時、僕はなんと答えたっけか。ダメだ、モヤが掛かっていて思い出せない。今の僕なら「知らん」と言うだろうけど、当時は高校生で、しかも他人にカッコつけたいと思う気持ちもあっただろうし。けれど、らしくないスカシた答えを出したなら覚えているハズだしで。



 ……とりあえず、ここは保留しておこう。もしかしたら会話の中で思い出せるかもしれないから。



「けど、だったらどうして恋人サブスクなんて意味の分からん嘘をつくのさ」

「嘘って、あなたが先に言ったジョークじゃん」

「……は?」

「友達サブスク。忘れたの? 文芸部室に入るためにサブスクに加入して、嫌になったら勝手に解約して消えればいいんだって。それくらいフランクな関係の方が楽だって、そう言ってたじゃない」



 ……そういえば、そんなことを言ったような気がする。



「なんて酷いことを言うんだって思ったけどね、確かにそういう気構えでいれば言い寄られても楽だなって。あなたが言ってくれたから、人付き合いが苦手な私が変に囲まれても正気を保っていられたんだよ」



 また、僕の記憶と齟齬がある。



 確か、そのジョークを言ったのは文芸部室の中で、周りには野郎共しかいなかったハズだ。



「どうして、そんな昔のジョークを持ち出すんだ」

「だって、あなたは会社でも一人で設備を弄ってるだけの変人なんだって聞いたもん。昔と同じで、仲の良い人間を作りたくないのかなって。それに――」

「僕は昔から一人が好きなだけだよ、百合崎。それでも、寂しい時や誰かと分かち合いたい時もあるから、こうしてキミの来訪を許してる」

「だったら、どうして私と付き合ってくれなかったの?」



 ……甲論乙駁を繰り広げるのは望むところじゃない。



 僕は、黙ってコーヒーを啜ると席を立って流し場へ。洗い物を済ませてから、ベッドへ座って文庫本を捲った。



「教えてくれないんだね」

「期間限定ながら、結果的にキミはガールフレンドになった。それでいいでしょ」

「そんなワケないじゃん。私がここに来るまでに、どれだけ悩んだと思ってるのよ」

「僕の疑問はそこだよ、百合崎。どうして、高校時代の知人に対してそこまで真摯に向き合おうとするんだ。どう考えたって、忘れた方がいい記憶だろうに」

「それはあなたの考え方でしょ。私は違うってだけだよ」

「なら、本当は何をしに来たのさ」

「……復讐、なのかもしれないね」



 なるほど。



 例えば、百合崎のモテ人生に唯一泥をつけた陰キャに対する逆恨みによって、彼女がここへ来たと言うなら納得がいく。鎮火していたと思っていた炎が、実は燻っていて僕の存在を知ったことで再び燃え上がった。だから、出かけていないであろう早朝にやって来てこの場所へ僕を閉じ込めた。



 ひょっとすると、さっきのベーコンエッグか味噌汁に一服盛られているかもしれない。すぐにゲロをブチ撒けてしまいたい衝動に駆られたが、そうしなかったのは彼女が実に無邪気に、そしてイタズラに笑っていたからだった。



「どれくらいジョークなんだ?」

「ふふ、半分くらいかな」



 流石に、半分程度の邪悪で人を殺したりはしないだろう。僕はグラスのコーヒーを飲み干して、さらに水道水でゴクリと喉を鳴らした。



「……まぁ、いいや。遊びに来てくれたこと自体は、僕にとってプレシャスだ。理由なんて、本当はどうでもよかったのかも」

「じゃあ、それでも聞いた理由ってなに?」

「下心」

「……あっははっ! なに!? あなた、少しはイヤらしいことしたかったの!? 高校生の時は、あんなに嫌がってたのに!?」

「歳を取れば、誰だって性欲は増すモノじゃないかな」

「えぇ? 普通、大学生くらいがピークなんじゃなの?」

「だったら、僕の感覚が狂ってるってことでいいよ。とにかく、僕にだってそういう気持ちは残ってるってこと」



 すると、百合崎は突如としてを触った。我ながら、大人になってもぺったんこで大した魅力のないそれに触れられても、ちょっとしたイラつきがあるだけだった。



「最初からそのつもりで来ている私に、そういう発言をするところがあなたのいけないところなんだよ」

「ただのジョークでしょ。やめてよ、変態」



 その時、僕は気が付いた。



「半分の復讐の理由、知りたいでしょ?」



 初めてここへ来たハズの百合崎が、何故か皿やコップやパックご飯の場所を完璧に把握していたことに。



「あなたに言われたから、頑張って別の相手を探そうとしたのに、あまりにも理想的なあなたが女の子だったせいで私の人生は狂っちゃったの。そのクセに、約束も守らないで、まるで私を過去の人間みたいに扱ってさぁ」



 無意識的に、棚の上やコンセントを見てしまう。この殺風景な部屋にカメラや盗聴器がついていればすぐに分かりそうなモノだが。僕が思う以上に高性能で小型のモノが設置されているならどうしようもない。



 一人で生きている人間は、得てして自分が危機に陥っていることに気付かないモノなのだろう。特に僕のような女は、自分が誰かに襲われる可能性など微塵も考えたりしないから。



「おまけに、そんな誘うようなこと言ってさぁ。なんな、ズルいんだよねぇ。まるで、私が本気じゃなかったって疑われてるような気がして悔しいんだよねぇ」



 思い出した。



 あの頃の未来、彼女がいい男を捕まえていなかった時、僕は――。



「……知ったことじゃない」

「え?」

「知ったことじゃないよ、百合崎。というか、過去の失恋を持ち出して勝手に逆恨みして、それで復讐なんてタチが悪過ぎるでしょ」

「あなたが私の心の拠り所になっていたのは、あなた自身も分かっていたことでしょ? それなのに、大学も勝手に決めて、就職先だって教えてくれなくて、そんなのって酷いよ」

「まったく、嫌な女らしさというか、特有の社会というか。とにかく、そういう関係が死ぬほど嫌いだから、僕は友だちを作らないで生きてるのに」

「でも、私は友達じゃないよ。ガールフレンド」



 百合崎が女で、本当に良かったと思う。もしも、こんな執念深い恨みを晴らそうと家まで押しかけてくるのが僕よりも体の大きな男だったら、きっと泣いて縋って悪くもないのに謝っていただろうから。



 僕は、決して強くなんてない。ただ、本当に一人が好きなだけの普通の人間なのだ。



「ようやく、キミがここに来た理由が分かったよ」

「なに?」

「キミから男への興味を奪ったお返しに、僕から一人の時間を奪ってしまおうというワケだ。半分だけの復讐というなら、これくらいが妥当だろうし」

「もしも、全部が復讐だったらどうするつもりだったと思う?」

「さぁね。ただ、僕を殺して自分も死ぬとか、そういうレベルに追い詰められていなきゃカメラや盗聴器を仕掛けたりしないでしょ」

「……そこまで分かってて、通報とかしないんだね」



 カマ掛けにはしっかり引っかかってくれる。サイコキラーというには、些かクレバーさが足りていないんじゃないかと思った。



「僕の存在を知って想いが爆発したのなら、たった一週間の話だ。ならば、被害らしい被害と言えばひとりエッチを見られたことくらいだし、一応は情の湧く旧友をブタ箱へブチ込むほど腹を立てるようなモノでもない」

「やっぱり、あなたって変な人だよ。私のおかしさって、あなたに比べれば全然普通だって安心出来る」

「歪だね」

「お互い様でしょ」



 言って、百合崎は左手でコーヒーの入ったマグカップを持った。



 僕の記憶の中の百合崎は、右利きのハズだった。



「……なるほど、そういうことか」

「なにが?」

「キミ、百合崎の弟なんだろ。どうやら、本当に女の子になっちゃったみたいだけど」



 ――文芸部室に入るためにサブスクに加入して、嫌になったら勝手に解約して消えればいいんだって。それくらいフランクな関係の方が楽だって、そう言ってたじゃない。



「あれは、僕が僕に向けて言った言葉だ。男ばかりの文芸部に、女の僕が入ることへ疑問を感じた部員が問うたクエスチョンへのアンサーだ。あの時、キミがあの場所にいたのなら、必然的にキミは男だったということになる。そして、文芸部には先輩はいなかったから弟だ。もちろん、どうせ顔を隠していたキミのことなんて、記憶力の悪い僕は覚えちゃいないけどね」

「……うん」

「ミスコンに出たのは、友達が勝手にやったこと。つまり、男のキミが自分でミスコンへ応募することなんてあり得ず、そしてその美人な自分の容姿が嫌いなことにも納得がいく。キミは嘘なんてついておらず、すべてフェアに情報を開示してくれていたんだ」



 更に、俺の記憶している百合崎と出会った理由も理解出来る。あれは、姉が彼に会いに来ていたということなのだろう。



「体は男で、心は女。それなのに女が好きになってしまうというのは、実に複雑で面倒な話だ。つまり、キミが女になったのは、体は変えられても心は変えられないと知ってしまったが故だったんだろう。少し乱暴な言い方になるけれど、悩みなんてのはシンプルな方が楽だからね」

「……どうして、驚かないの?」

「驚くことでもないし、恥ずかしがるような話じゃないし、僕は別に興味もない。ただ、僕よりも綺麗な男が女になって、美貌に対する憂鬱の一つが消えてくれたってだけ」



 ようやく、突如として訪れたパズルを解き終えて、僕は深くベッドに腰掛けた。



「カッコいいよ、本当に。まさか、お姉さんにまで告白されてるとは予想外だったけど」

「姉妹揃って変な女が趣味なんだろうけど。あいにく、僕はかわいいと言われた方が嬉しい」

「ふふ。本当に、昔から変わらないね。あなたは女の子なのに、私たちの憧れだった。文芸部員は、みんなあなたのことが好きだったんだよ」

「だろうね。狭い空間に、女が一人だけ紛れ込んできたんだ。どれだけ気味の悪い変な奴でも、気になるに決まってる」

「なら、どうして一人が好きなあなたが文芸部に入ったの?」

「さっきも言ったでしょ。女が嫌いだから、女のいない部活に入った。僕たちの高校は、必ず部活に所属しなきゃいけないからね」



 僕は、彼女に嘘をついた。



「……私、帰るね。警察にも行かなきゃ」

「訴える気はないよ」

「冷静になったら、自分が気持ち悪くなってきちゃって。だから、ごめんなさい」



 そういう部分は、随分と男っぽいんだね。



 ……。



「十年後、いい男を捕まえてなかったら。あの会話をしたのがキミならば、なぜ姉のフリをしたのさ」

「女の子になってみたかった、それだけだよ」



 どうして、僕は嘘をついたのだろう。



 その理由が分からない以上、僕が再び百合崎と会わなければならないことは確かだった。

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