第6話 ヒーラーを選ぶやつは、だいたいチヤホヤされたい

 街に帰ったのは、グラティカを倒してから五日後だった。疲労困憊なうえ実力以上に戦ったフラウとカイルが、村の宿で熱を出したからだ。アルナはしかたなく、ティダと共にふたりを看護した。フラウが早く街に戻ると提案したが、アルナは叱りつけて却下した。こんな病人を街まで引きずって帰っては、どんな陰口を言われるか分かったものではない。アルナはふたりを宿から出さず、熱が下がるまで丁寧に看護しつづけた。



「……面目ない。契約期間を過ぎてしまって」


 熱が下がり、街に着いたあと。フラウが土下座しそうな勢いでアルナに謝ってきた。

 アルナは慌ててフラウの手を取り、首を横に振った。


「私の治癒が不足していたせいです。こちらこそ申し訳なく……」


「いえ、アルナさんには十分にお世話になってしまいました」


「自分にできることをやっただけです」


「ご謙遜を。あとで追加の報酬をお渡しします」


「追加、ですか? それは……グラティカの分、ですか?」


「そうです。それ以外も少し」


 フラウがにかりと笑った。

 しかしアルナは首を横に振った。


「そのお金は貯めておいたほうがいいです」


「……どういうことです?」


「もうすぐ、青鉄章の試験がありますからね。準備にお金が必要になりますよ」


「それは……そうですけど」


 フラウが微かに顔を歪めた。

 その表情を見て、アルナは少し呆れ顔をみせた。


 フラウたちはお人好しが過ぎると、アルナは思っていた。お人好しが行き過ぎて、貧しい人々を多く助けられるような低報酬の依頼ばかりを受けているのだ。そのため、実力があるのにお金を稼げていない。青鉄章の試験を受ける資金も貯められない。冒険者としてあるべき姿なのかもしれないが、不器用に過ぎる。フラウたちとの短い冒険で、アルナはそう確信したのだった。



「青鉄章になれば、もっと多くの依頼を請けられます。今よりもっと、多く人を助けることができますよ」


「多くの人を」


「ええ。そうすればいつかは勇者さまみたいになれるかもしれませんよ」


 アルナは小さく笑い、顔をしかめているフラウの胸をとんと突いた。

 フラウが少し慌てて、アルナから半歩距離を取った。アルナは揶揄うようにして半歩フラウへ詰め寄った。するとフラウの後方、はるか先にほうに見覚えのある人影が揺れた。


 ファザロだった。


 ファザロは、フラウとアルナに気付いたようだった。

 またこちらへ来て罵声を浴びせてくるのではないか。アルナは警戒した。しかし杞憂で終わった。ファザロがアルナたちのほうへ近付いてくることはなかった。むしろばつの悪そうな顔をして、早々に離れていった。


 フラウはファザロに背を向けていたので、気付いていなかった。

 アルナはフラウとファザロを交互に見たあと、再び小さく笑った。


「……アルナさん? どうかしました?」


 フラウが首を傾げて言った。

 アルナは「なんでもありません」と首を横に振り、頭を深々と下げた。



「それでは、これで失礼しますね」


「え? あ、はい……そうですね」


「また機会があれば、一緒に冒険しましょう」


 できれば芋虫退治以外で。

 アルナはそう言いたかったが、言葉をぐっと飲みこんだ。


 そんなアルナの思いなど知らず、フラウが眩しそうな笑顔を見せた。


「ボクたちも、……いつか必ず銀章になってみせます」


「……え、……あー、私の冒険者証のことは……見なかったことに」


「もちろん、胸にしまっておきます。アルナさんのような冒険者になれるまでは」


「え、え、あ……は、はい」


 慌て恥ずかしがる振りをして、アルナは内心ニヤリとした。

 どうやら今回の自らの宣伝は、上手くいったようである。間違いなく聖女へ一歩近づいただろう。


「……ほ、本当に、銀章のことは言わないでくださいね」


「剣に懸けて」


「ふふ。それなら安心ですね」


「ええ。それではまた、アルナさん」


「ええ、また」


 アルナはフラウに手を振る。

 フラウが再び眩しそうな笑顔を見せ、手を振り返した。




 ◇ ◇ ◇




 フラウたちと別れて、夜。

 アルナは久しぶりに我が家へ帰った。



「つっかれたあああ」


 家に入って戸を閉じるや、アルナは気の抜けた声を絞りだした。


「もうダメ、癒してよおお」


「帰って早々うるさいな!」


 家の奥から、女性の声がひびいてきた。

 間を置いて、声の主がアルナのところまでやってきた。彼女はアルナの幼馴染だった。冒険者ではないが、同居している。アルナの素の姿を知る、数少ない人物でもあった。


「神聖術士なら、自分で自分を癒しなさいよ」


 幼馴染がアルナの頭を叩きながら言った。

 アルナはむすっとして、叩かれた頭を両手でおさえた。


「いったあ! ……無理だよおお、心が疲れてるんだもおおん」


「……あんた、そんなんでよく聖女さまになるって言えるわね」


「なれるもん!」


「今日まで一緒にいた冒険者仲間に見せてやりたいわ」


「やめてよおお」


「やめてよって言いたいのは私のほうなんだよなあ」


 幼馴染が、アルナの頭を再び叩いた。

 アルナは頬を膨らませたが、すぐに幼馴染に擦り寄り、しがみついた。幼馴染が振りほどこうとした。しかしアルナは離さなかった。今離せば、アルナへの今夜の癒しは、露と消えてしまう。


「ううう、今度ご飯おごるからあ」


「……えええ、めんどくさいなあ……じゃあ、デザート付きなら考えてやろう」


「えええ……、じゃあ……アルカナルケーキを付けるからああ」


「よおし、アルナ! お姉さんが寝る時間までヨシヨシしちゃうぞ!」


「マジチョロ、よろしくたのむうう」


「……アルナ。……あんた、聖女さまどころか、恋愛すらもできそうにないわね?」


 ため息を吐いた幼馴染の手が、アルナの頭に乗った。


 心配せずにいられるだろうか。聖女はともかく、恋愛もしたいと宣わっているこのアルナを。

 初対面の相手であれば、最初の三日は大恋愛を演出できるかもしれない。しかし十日も維持できるだろうか。アルナの素の性格を知って、好意を持ちつづけられる男性がいるだろうか。


「――いないだろうなあ」


「なにがよ?」


「いや、こっちの話」


「そんなことより、ヨシヨシしてくれよおお」


「……はいはい」


 幼馴染がアルナの頭を撫で回した。

 アルナは幼馴染の手の下で、ぐにゃりと全身の力を抜いた。



 神聖術士アルナは、こうして冒険者家業をつづけていた。

 聖女を目指して、昼は猫をかぶり、夜は堕落する日々を送っていた。

 こんなアルナでも、いつかは本物の聖女となり、チヤホヤされる日が来るのだろうか。

 それとも化けの皮がはがされ、悪女と誹られる日が来るのだろうか。


 それはまた、後に。

 望まれた時、語ることにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神聖術士(ヒーラー)は大切に(チヤホヤ)されたい 遠野月 @tonotsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ